31話 街の外れの風車にて
風祭りの村で最も高い建物──大きな風車小屋。その止まった羽根の上に、私は立っていた。
村の外れに近い場所だが、高所からは熱気の渦巻く広場がよく見える。
ただし距離があるため、群衆は豆粒のように小さい。声も、風にちぎれて断片しか届かない。
私の隣で腰を下ろし、広場の喧騒を眺めていた少女がけらけらと笑う。
「あはは!凄いねあの子!最後のやつ、全然動きが見えないや!」
足を伸ばしながら座っている少女が、広場の武闘大会で活躍していた人間――”勇者”の動きを賞賛する。
私は片眼鏡へ指を添え、ため息を漏らす。
「お戯れを。貴女ほどの方が……」
「いやいや本当に。あんな人間初めてみたかも! この辺だと一番”良い”のって誰だったかなぁ~? あ~、王都の騎士団長だっけ? あれより全然強いんじゃない? ルフスちゃん的にはどう?」
「“ちゃん”付けはおやめくださいと何度も……しかしながら申し上げさせていただきますと、あの程度の動きなら脅威にもなりませんね。それは騎士団長……”コクエン”にも言えた事です。いつ、何時でも、攻めろと仰られれば私達が勝ちます。――恐れる事などございませんね」
真面目に、自信満々に、気圧される事などなく答える。
が、その返答を聞いた主人は腹を抑えて大笑いした。
「あーはははは!あは!面白い!!回りくどっ!大体こんなお遊びバトルで実力なんかわかる訳ないじゃん!真面目な顔して!何言ってんの!恐れる事などございませんねって!あははは!」
風車の羽根の端にまで転がりそうな勢い。
いつも通り、いつも通りだ。私はこれくらいでは何とも思わない。
「じゃあ最初から変な質問しないでください」
再びの深いため息が、風へ紛れた。
この僅かなやりとりだけで、少女に毎日振り回される私の心労が伺い知れるだろう。
「……して、あの子供がヴァルナ様を倒した勇者である、と? 確かに実力者には見えましたが、俄には信じがたいですね」
「って、シュレンちゃんが言ってたんだから本当なんじゃない? 昨日近くで見て、少し話したんだけど……ふふ、うふふ……あっはは!」
思い出し笑いからはじまり、また大きく笑う。
私はというと、標的と接触を図ったと宣う主人に(また勝手な真似を……)と、眉を顰めつつも冷静に問いかける。
「……何かお気に召した事でも?」
「あぁうん、面白い人達だったよ。私としてはあの勇者の子よりも、そのお兄ちゃんの方が気になったかな」
お兄ちゃん?
私が目の前の主人から聞いていたのは勇者シクロの存在のみだった。
勇者の同行者の情報が共有されていなかったのは、非常に気になる。
お兄ちゃん……兄、だろうか。勇者の。
親族である、というだけならばそう気に掛ける程でも無いとは思うが……。
「どのような者だったので?」
「ん~~~……よくわかんないや」
「……はぁ」
よくわかんない???
よくわかんない存在を面白がるな。話題に出すな。
この会話の流れだったら絶対に一番警戒しなければならない相手だろうが。
瞬間的に噴出しそうになった怒りをグッッと飲み込んだ。
この方はこういう方なのだ、いつもこうなのだから諦めよう。
……頭痛がしてしまいそうだ。
「そういえば昨日はヴァルナいなかったなー? まだ帰ってきてなかったなら、今日はもういそうだけど。またお兄ちゃんのとこに遊びに行こうかな」
「絶対にやめてください」
標的へ自ら接触──愚策だ。
警戒させれば裏へ潜られる。戦略の基本。
……だが、この方に理屈は通用しない。
九割九分、好奇心で行動する。そして、全て力で捻じ伏せる。
強大な力を、振るいたい場所で、振るえるだけ振るう。
正しく、嵐の王。
「セフィーラ様」
「なあに、ルフスちゃん」
「今すぐ奇襲をしかければ確実に仕留められますが、如何いたしますか」
「も〜。ルナちゃんがダメつってたじゃ〜ん。今回は見るだけ!」
ルナちゃん、とはルナリア様の事だろう。
魔王に対してちゃん付けをしているのは、このセフィーラ様くらいだ。
側に付く様になってから一度だけ魔王城にて、幹部クラスが集合する機会について行ったことがあった。
その時も今と同じ態度で大層驚いてしまい、他の四天王であるシュレン様とネクリオーネ様に諌められていた。
が、当のルナリア様は「気にしないで」と表情を変えることなく話を進められていた。
その話し合い後、ヴァルナ様と喧嘩?じゃれあい?だかをして魔王城を半壊させ、何故か私と、ヴァルナ様付きのイーサーン様まで含め、四人でルナリア様に大説教をくらった。
嫌なこと思い出しちゃった。
「とりあえずは様子見、でしたか? 随分と悠長に物を考えているというのが率直な意見です。何か目論見があるのでしょうか」
「さぁてね。ルナちゃん頑張り屋さんなんだけど、ちょーっと神経質で心配性なとこあるからなあ」
「先代、イグニス様であれば速戦即決、見つけ次第、周りを巻き込んででも始末させていたでしょうに」
その瞬間だった。
風が凍り付いた。
髪が逆立ち、空気の流れが止まる。
世界が一拍、無音になる。
私は瞬時に自身の失言を悟る。
「えっ?ルナちゃんの判断が間違ってるって言いたいの?」
気圧が変わった。耳が少し痛い。
声が響かない。
ただ、沈む。
セフィーラ様の視線は眼下の村へ注がれており、私の方を見てもいない。
「先代の方がルナちゃんより優れてるから、先代の方が良かった?」
「ねぇルフス」
セフィーラ様が、首を傾け、私を見る。
奈落の果てを想起させる瞳で、私を見る。
「何黙ってるの?」
その恐ろしい瞳と目を合わせる事も出来ず、恐怖から私は即座に跪いた。
「……いえ……いえッ!! 口が過ぎました……お許しを……!!」
空気が薄くなっていたのか、呼吸を忘れていたのか、過呼吸気味に息をする。
全身をズタズタに裂かれ、自分自身がこの高所からばら撒かれるビジョンすら見えた。
汗が全身を伝い、抑える事も出来ないくらいに身体が震えている。
「ぷっ、あははは! ビビり過ぎだってぇ! そんなのでいちいち怒んないよ! 何だと思ってるの!」
何だと思っている、だと。
魔王直属の配下、四天王。その一角である嵐王セフィーラ。
見た目こそあどけない少女だが、その本質は――。
許しを得たかのように、また風が緩やかに流れ始める。
私は口を閉ざし、村へと視線を落とす。
セフィーラ様は遠くの群衆を楽しげに眺めた。
勇者と戦っていた槍使いの戦士が何か騒いでいるようだったが、私達には関係の無い事だろう。
「ま、遅かれ早かれ次はあたし達だからさ。時が来るのを待ってようじゃないの」
「……仰せのままに」
風が、鳴った。
ゴオッ、と突風が吹き付け、止まっていた風車が軋む。
羽根がわずかに傾く。
セフィーラの髪が緑の稲光のように揺らぐと、次の瞬間には二つの影は消えていた。




