30話 武闘大会の終わりに
「ふざけんじゃねえぞバカヤロー!!」
「ちょっとくらい良いだろバカヤロー!!」
「クソハゲ野郎がバカヤロー!!」
「金払いたくねえだけだろバカヤロー!!」
「てめーんとこの犬が毎朝うるせえんだよバカヤロー!!」
爽やかな結末から一転、一帯は観客達からの罵詈雑言で埋め尽くされる。
大人も子供も男も女も、審判の判定への不服を思い思いにぶつけ散らした。
「何を言われても覆りません!覆りませんよ!一回でも許したら今後取り返しのつかない程に危険な事故が起きかねませんからね!」
罵倒の嵐に決して負けまいと怯む様子を見せない司会者。
言ってることは真っ当の極み。「盛り上がるならちょっとくらい良いだろ」を一度でも許すと、来年、再来年の大会で武具の殴り合いでは済まないような大怪我を負う者が現れる。必ず。
「いやぁ、参ったね、こりゃ」
素知らぬ顔でガレンは大会スタッフから、預けていた自身の槍を受け取って肩に担いだ。まだ腹に痛みが響いているが、ほっとけば収まるだろう。
盛大に負けてもガレンは一流の冒険者。この程度で動けなくなるなんて事は無かった。
ちらり、とシクロの方を見ると「ちぇ」といった表情で両手を頭の後ろに組んでいた。彼女も同じく自前の武器であろう剣を受け取り。手早く腰に取り付けた。
「じゃあもういいよ!ばーか!べっ!!」
司会者に向かって舌を出し、行儀の悪い言葉を投げ付ける。
未だ混迷を極める観客からの口撃を、一身に受け続ける困り顔の司会者を尻目に、立ち去ろうと歩き出した。
どうしたもんか。ガレンは少しばかり考えたが、すぐに妙案を思いつく。
「んんっ」と喉を鳴らし、手をパン、パン、パンと鳴らしながら大きく声を出して注目を集めんとする。
「やあやあやあ、観客の皆さんが納得いかないのはよぉくわかった!だがこればっかりは仕方ねえ、ちょーっと嬢ちゃんとバトるのが楽しくて止めに入らなかった俺もよくなかった!」
ガレンが急に大きな声を出すものだから、びくりとしてシクロは足を止めて向き直った。
その動きを予想してたかのように、ガレンは笑い、続ける。
「ただ、やっぱ勝者にはそれなりの報酬ってもんが必要だろう。嬢ちゃん!ギルド登録はしてないんだったか!?」
突飛もないことを聞かれ、びっくりした表情がムッと、やや不機嫌っぽいモードへと変わる。
「してないけど。それが何?お兄さんと関係あるの?」
おーこわ。だがシクロが本気で怒った時の顔をついさっき見たばかりのガレンは気にも留めない。
「俺がギルドに推薦してやるよ、冒険者シクロ。これでも結構顔が効くんだぜ、俺」
推薦───。
冒険者ランク上位に位置する者が、下位の冒険者、又は未登録冒険者の能力をギルド協会へ薦め、割りのいい依頼を回してもらったり、ランク昇級を有利に進めてもらう事ができる制度。
上位のランク、つまり"赤灼"以上でなければ利用できず、推薦状という書類に、推薦人が直筆で被推薦者の能力やプロフィールを記入する必要がある。
「え、いやいいよ別に」
何となくそういうとは思っていた。
あのロランドのツレだ、素直によくわからない提案に乗るとは思っていない。
提供品の価値を知らなければ尚更だ。
迷わずシクロへと歩み寄る。いきなり蹴られたらどうしよう。いよいよカッコつかねえな、という不安は一抹にあったが、そこまで暴力的では無かった様である。
ムスッとした表情のまま近付くのを待っていてくれた。
「まぁそう言うな。ここでお前が素直に受け入れてくれたらこの騒動も綺麗に収まるんだからよ」
「知らないよ。賞金も貰えないしどうでもいーよ」
綺麗な顔していやに生意気だ。ていうか、一目会った時から大会で戦ってる時も思ってたけど、多分嫌われている。それも結構なレベルで。
態度からありありと「とりつかせるシマも与えません」感が出ている。
嫌われる覚えなんざ無いが、多分何となく、直感的に嫌われているだけだろう。そんなのでいちいち落ち込むほど俺も子供では無い。
「それに絶対悪い話じゃねえぜ?ロランドもきっと喜んでくれるだろうさ」
「師匠が?」
ぴくり、とシクロが目に見えて反応する。
...なるほど。
あれだけ凶暴な強さを見せつけていたのに、ロランドの話をするだけで年相応の少女の、いや、乙女の顔を見せてくれる。
まだ子供とは言え、ここまで好かれているとロランドのやつが少し羨ましい。
「ああ。冒険者ってのは実力の世界だし、ギルドってのは強いやつを大切に扱ってくれるもんだ。嬢ちゃんくらい強けりゃ仕事もたくさん入ってロランドに毎日プレゼントとかも買ってあげられるだろうよ。俺の推薦を受けてくれたらその時が早く来るぜ。保証する」
あの男がプレゼントで一喜一憂するとは到底思えないが、それは勝手な思い込みかもしれない。もしかすると見えないところからでシクロにはゲロ甘な可能性だってあるし、プレゼント一つで感動で大泣きするかもしれない。
いや、それは流石に無いか。
「本当?師匠喜ぶかな?」
「本当本当」
シクロの瞳がキラキラとした輝きを灯らせる。
いやあ、胸が痛む。ロランドの事に関しては結構適当な事を言っている自覚はある。
が、ギルドへの推薦に関しては、必ず彼女なら有効活用できるだろう。
「受けてくれるなら後で準備するから少し付き合ってもらう事になるけどな。どうする?」
シクロは顎に手を当てて少しだけうーん、と悩む素振りを見せた。が、すぐにこちらをゆっくりと見据える。
「うん、じゃあそれでいいよ」
ガレンが胸を撫で下ろす。
思ったよりは上手くいった。
バッ、と観客の方へ顔を向け、シクロへ手を向け、わざとらしく、大袈裟なアクションで群衆に呼び掛けた。
「交渉成立!!
今ここに冒険者シクロの誕生が約束された!こいつはいずれ間違いなく伝説の冒険者となる!!いや、それどころか"勇者"にだってなるかもしれねぇ!!
ここにいるあんたたちは歴史的瞬間の目撃者って訳だ!そして、これをもってこの大会の優勝者への賞品とする!!
これでどうだお前らァ!!」
ウオオオ、と雄叫びにも似た歓声と拍手喝采が巻き起こる。
ガレンが後ろをチラリと見てニヤリと笑むと、そこにいた司会者は両手を合わせて感謝の意を示していた。
一方シクロは、柔らかな表情で観客達に笑い返してはいたものの...。
(ほんとに勇者なんだけどな〜、ボク)
絶妙にやるせない心境で人々に手を振る。
(ボクは、ほんとに、勇者だよ)
(多分ね)




