29話 槍兵ガレン5
“サンディガー”
中位雷魔法。分類としては“武具強化”の一種。
武器に雷の性質を宿し、感電を誘発する。
あるいは、水棲モンスターとの戦闘で優位を取るのが本来の使い方だ。
――ガレンの認識では、“それだけ”のはずだった。
雷属性付与以上の効果など聞いたこともない。
これは、サンディガーに限らず、他の属性強化魔法にも共通している。
「花」
金色の魔力光を眼から放ちながらシクロがそう唱えると、
ガレンの斜め後ろ――彼女の視線の延長上で、バチン、と空気が裂けるような音が弾けた。
何かが起きている。だが振り返えって確認できる状況にない。
「花」なる名称の魔法に、聞き覚えも無い。
ガレンは普段は軽口を叩くが、その実、誰よりも堅実な努力家だ。
槍兵としての鍛錬を怠ったことは一度もなく、戦士として、そして冒険者として知識も貪欲に蓄えてきた。
戦闘時において使用される魔法の大半、子供が扱える物から”神位”と呼ばれる物まで――名称も、性質も、大概は頭に叩き込んである。
今シクロが使っているサンディガーのような属性付与魔法など、基礎中の基礎知識である。効果を失念する筈も無い。
それなのに、知らない事が起きている。
未知。なんと恐ろしい言葉か。
(猶予は……数秒もねぇな)
武闘大会で魔法は反則だ、やめろとでも言うか?ひょっとしたら聞き入れてくれるかもしれない。
これだけの戦闘力を持つ者の魔法攻撃だ、下手したら命に関わる可能性もある。止めるなら今だ。
――できるものかよ。
そもそも彼女の力量に興味を持って手合わせを申し出た。
そして彼女は、武器の打ち合い以上の選択肢をお出ししてくれるのだ。
なら、全力で受け止めなければ無作法!!
ガレンは地を踏み締め、木槍を構え直した。
(来い。全力で来い。受けてやる……!)
観客達の声はもう耳に届かない。
司会者の熱の入った実況もノイズにすらならない。
全神経を集中してシクロの動作を目に刻む。
「裂」
シクロの唇がわずかに動く。
すると、その直線上、ガレンの斜め後ろ――先ほど生まれた雷花に向けて、シクロの木刀と雷花が線で結ばれる様に、電流がパチッと走った。
来――――。
「は」
と言う間も無く、眼下にシクロの身体があった。
ガァンッッ!!!
いつの間にか飛び込んできたシクロを確認した瞬間、一瞬、刹那、いや、それよりも速かった。
落雷の如き打音。両腕に痺れを伴う衝撃、腹部に鋭い痛み。
それは順を追って、しかしほぼ同時に襲いかかってくる。
ガレンの身体は横向きにぶっ飛び、観客の一団へと突っ込む。
幸いにも観客であった屈強な男たちが受け止めてくれて、派手なドミノ倒しにはならなかった。
「……仕返し完了!!」
シクロがびしっと指を突きつけ、勝ち誇った笑顔を見せる。
(い……痛ッッッてぇ〜〜〜〜〜!!)
男たちに支えられたまま、ガレンは身じろぎもできない。
動けば胃の内容物が逆流しそうで、呼吸も満足にできない。
全身から汗が噴き出しているのが分かる。
(何が起きた!? 気ィ張ってねえと、今すぐにでも失神しちまいそうだ…!!)
か細い呼吸をハイペースに繰り返しながら、何とか視線をシクロへ向ける。
木刀は――刃に当たる部分が粉々に粉砕し、持ち手だけが転がっていた。木片が足元に散乱している。
自分の木槍は中央から折れ、同じく砕けていた。
雷の残滓がシクロの足元に揺らぎを作り、バチッ、パチッと弾ける音を立てている。
「おい兄ちゃん、大丈夫か!」
「汗すげぇぞ! 吐くなよ!?」
「……はぁ……だいじょ……ぶ……っ……」
自身を受け止めた男達、それと複数の観客達に声をかけられながら呼吸を整え直し、思考を、たった今起きた光景をゆっくり紐解いていく。
まず、サンディガーは従来通り、武器に雷属性を付与する魔法だ。
「花」――これはシクロの視線の先に“ターゲット”を発生させていた。
ガレンの斜め後ろで鳴っていた電気音は、その標的生成の合図だったのだ。
そして「裂」。
サンディガーによって雷を宿した武器がターゲットへと“飛ぶ”――あるいはターゲットに“引き寄せられる”。他の呼称を付けるとするなら、電磁砲とでも呼ぶべきか。
シクロが木刀を一閃すると同時、雷花へ目掛けて木刀がたばしる。
雷と同じ速度で動く武器を持ったまま、その流れに身を任せて相手に突進してきた訳だ。人間砲丸かよ。
その様な状態の武器など、普通持っていられる気はしない。正気の技ではない。
...そしてガレンの木槍と、シクロの木刀が正面から噛み合い、武器同士が悲鳴を上げるように震え、叩き合った衝撃が一気に集中し、ガレンの木槍は中心から裂けるように粉砕された。
シクロの木刀も、刃にあたる部分が耐えきれずに弾け飛んだのだろう。
――いや、それ“だけ”なら、まだガレンの身体まで吹き飛ばされはしない。
そうだ。
互いの武器が砕け散った瞬間、尚もターゲットに向かおうとする木刀を手放し、シクロは武器同士の衝撃を"軸"として身体を捻じらせ、一回転させて、回し蹴りを放ってきた。
先ほど、ガレンが小石を空中で蹴った時みたく。
それがガレンの腹部にクリティカルヒットし、小石よろしく吹っ飛ばされたのだ。
あの速度だ、自分の身体が何かに接触すれば、常人なら骨が砕け散り自滅している。
シクロが如何に優秀な戦士といえど、肉体は少女である。普通に考えて蹴った脚が無事であろうはずがない。だがシクロはピンピンしてる。脚を気にかけている様子もない。
その脚には淡い光がまとわり付いていた。
(身体強化……?いや、シールド魔法の局所展開か……? 同時発動? 魔法名の宣言はサンディガーだけ……いや、そもそも無詠唱……? 無宣言……? はぁ!?)
ガレンはシクロがサンディガーを使用した時点で口元を注視していた。彼女は間違いなく詠唱を一つも行っていない。
無詠唱による魔法の発動、これができる時点で魔法使いとしては相当の手だれである。
魔法名の無宣言での発動――これは更に高難易度。脳内で魔術式を正確に構築できなければ成立しない。
例えるなら、何桁もあるような複雑な暗算を連続処理し続けるような所業。
詠唱や宣言という行為は、その“桁数”を減らす補助輪だ。
そして“魔法の同時展開”。これが出来るのは手だれだとか、実力とかで無く才能の世界だ。
先に例えた複雑な暗算をしながら両手で別々の絵を、どちらも脳内のイメージ通りに描く様なもの。曲芸に近い。
現役冒険者でこれが出来た者など、ガレンの知る限り皆無だ。
勿論、極めて上位の冒険者連中なら話は別だろうが。
これはガレンが知る由もない事だが、これらの「魔法発動工程のショートカット」を、シクロは大の得意としていた。
普段から空を蹴って走る魔法"空踏み"を常時使用する戦法を主に取ってきていた為、そういった高速戦術を無意識に先鋭化させていたのだ。
先程の脚にかけていたものは超位防御魔法"ルミナスバリア"。
脚部のみの局所展開、これを無詠唱・無宣言で「裂」の直前に発動させていた。
本来、きちんとした工程をとれば十二層のバリアが張られる最硬の結界であるが、今回の発動工程だと五層が限度。因みに蹴りの衝撃で三層破損した。
一層毎の硬度も決して脆いものではないので、それなりの威力の蹴りだった。
それでもガレンの身体は致命的なダメージを受けてはいない(大ダメージは確実に入ってはいるが)。
これは、ひとえにガレンの肉体が一流冒険者に相応しく頑強だからである。拍手。
(つーか……花と裂は1セットだとして、サンディガーと地続きの魔法か? そうじゃなかったら脚のガードと合わせて三つ同時に発動させてる事になるわけだけど。いやもうわけわかんねぇ……)
何が起きたかの回想を脳内で噛み砕いていたら、随分と落ち着いてきた。
しかし、遅れて、蹴られる寸前の事を思い出した。
あの瞬間の、最も近くまで寄った時に近付いたシクロの“顔”が鮮明に蘇る。
無表情。
怒りでも喜びでもない。感情の底が抜けたような――静謐。
あれは、戦いや魔法の使用による極限の集中でも高揚でもない。
怒りと暴威の、向こう側。
昔、地元の子供向けの御伽噺で読んだ魔王の挿絵にあった。
破壊と殺戮の果てに感情を失った、哀しき王の顔。
今、勝ち誇って笑う少女の影に――その面影が重なった。
(……なんて、考えすぎか。……あーくそ、マジで痛ぇ……)
魔王だの魔獣だの、こんな事を考えているのがバレたらまた蹴り飛ばされてしまいそうだ。
支えてくれている男たちの腕を借りて何とか自分の足で立ち上がる。
武器はどちらも粉砕、あちらは元気ピンピン。俺は指先一つでダウンできそうなふらつき具合。勝負の結果なんぞ語るまでもなかった。
「降参だ」
ガレンは両腕を上げて降伏のポーズをとった。
戦士として、自分の腕には自信があった。悔しくない訳ではない。だがどうしてか、負の感情だとかそういうものは一切無かった。
この可愛らしくて恐ろしく格上にいるお嬢ちゃんの、本気の顔を一瞬でも拝めたのだ。まだまだ自分も捨てたもんじゃないと思えた。
潔く負けを認めたガレンの姿に合わせ、一斉に湧き上がる歓声、巻き起こる拍手。
シクロを賞賛する声、ガレンを労う言葉が飛び交い、会場はこの日一番の大歓声に包まれた。
「ん〜〜〜〜......ボクの勝ち!!」
シクロが腕を上げて勝利を宣言すると、更に拍手が大きくなった。
少しすると、司会者の男が申し訳なさそうな顔と姿勢でシクロに近付いてきた。
「あの...」
「あ、審判のおじさん!ボクの優勝だよ!賞金早くちょうだい!賞金!」
ウキウキを隠そうともせず、声を弾ませて優勝賞金を司会者に要求するシクロ。
しかし、男は眉毛をハの字に下げ、極限まで眉間に皺を寄せて苦しそうな表情で答えた。
「いやその……失格です。シクロさん。魔法を使ったので。一番最初に言いましたよね。魔法禁止です、この大会」
「えっ」
「「「えっ」」」
「あ~~~……」
シクロが、観客達が凍り付いた。
ガレンは内心(やっぱ止めるべきだったか……)と思いながら頭を掻いた。




