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神魔の隷王  作者: 地下渓谷


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28話 いっぽうそのころ

「平和じゃの~~~」


露天商通り。

村の中央から少し外れた場所に、香草やら古びた壺やら、妙なガラクタを売る屋台がずらりと並んでいる。

その一角で、ロランドと――小竜と化したヴァルナが、まったりと露店を広げていた。


「んで、暇じゃの~~~。 シクロの方について行ってた方が絶対マシじゃったわ」

「うるせぇ。喋んな」


ロランドは肘をついて頬杖をつき、半分寝ているような顔で答える。

目の前の机には、謎の石片やら壊れた魔具の部品やら、正体不明の品々が並んでいた。

ロランドの目から見ても、明らかに値段が付きそうな物は昨日の内にさっさと売れてしまっていた。

残りは正真正銘のガラクタが殆どだった。

緑の少女が興味を示していたオーブは、今日も表に出していない。

アレが昨日の厄介を引き寄せたと思うと出す気にはなれなかった。


「客、来んのう」

「来ねぇな」

「値段が高いのでは?」

「安くしても買わねえやつは買わねぇよ」

「それ商売として終わっておるじゃろ……」

「何となく欲しいってやつが見たらこれくらいの値段でも買われるもんなんだよ。口出すな」

「そのやり方でよく生きてこれたのう」


ヴァルナが机の上をうろうろしながら、時々売り物を鼻先でつつく。

そのたびに、ロランドが無言でその頭を指先で弾いた。


「いたい! やめんかご主人!」

「商品に触るな。そして喋るな」


甲高い声でピーピーと鳴いてる様にも聞こえるが、確かに人の言葉で喋っている。

ドラゴンというのは人の尺度で計ると極めて知能が高い種族である。

そして、本当に珍しいが、言葉を介し、発する小竜というのも存在する。

故にこの光景も、物珍しさで脚を止める通行人がいるくらいで、異常な光景という訳では無い。

それでも目立つことを嫌うロランドにとっては鬱陶しい。


「儂が触る事で価値が上がるぞ!竜王ブランドじゃぞ!」

「“竜王に触られた割れた石”如きにブランドもクソもつくかよ。商売舐めんな」

「ご主人のやり方よりよっぽど利益が見込めると思うがのう」


ロランドが半眼で突っ込むと、ヴァルナはしょんぼりと肩――もとい、翼を落とした。


「……ほれ、バッグの中にもうちょっと使えそうなもん色々入っとったじゃろ?変な薬とか石とか!巻物とか刃物とか!」

「バカ言え。売れるもんは全部もう売った。雑嚢ん中にあるのは普通に俺が使うもんだけだ。」

「じゃあ何で開いとるんじゃこんな店」

「……惰性」


売れると見込んでいるものが無いにも関わらず、時間いっぱいまで店を開けておくつもりなのは、確かに惰性という他ないだろう。


「……は~~~っ。若いもんはこれだから!」

「いや、てめぇ何なら俺より年下だろ……」


惰性と言っても、人の足の流れが多い状況で無ければ、もう店じまいを考えている所ではある。

祭り最終日の活気がその決断を緩ませる。

ロランドは足元の小石を靴で踏み、転がして気怠げにため息をつく。

口数だけは多い、このドラゴン娘と適当な会話をして、昨晩手入れをしたガラクタ共を売っていたら陽も一番高くまで昇ってしまい、良い時間になっていた。

興味は無かったが、その間ヴァルナと話をした。

……正確に言えば、一方的に話された。


無論、周りに聞かれて面倒な話題は避けさせたが。

魔王だの四天王だのという単語は、一度も出させない。関係の無い者に聞かれたところで与太話に過ぎないと聞き流されるだろうが、面倒は避けるに越したことはない。

代わりに、竜人族や、自身のことを延々と語っていた。


曰く、竜人は成人までは人間と同じ速度で成長するが、

そこから先――肉体の成熟期が異常に長いという。

百年どころか五百年も“全盛”を保つ者がざらにいるらしい。

つまり、人間の視点で言えば二十代近くの肉体をそのまま百年以上維持できるというわけだ。


その種族の中で、ヴァルナはまだ若輩らしい。

齢は二十。足しかに若い。三十を越えたロランドからしてみれば若造も良いところだ。

人間形態のヴァルナの姿は、人の目で見れば十代の娘にしか見えない。


それでいて、兄弟姉妹が十数人いるとかなんとか。

数が多すぎて、本人すら名前を全員覚えていないという。

“母上の顔もよう思い出せんのじゃ”と笑っていたが、

ロランドとしては返す言葉も無い。

父親はまぁ、嫌いでは無いけども、嫌いでは無いだけ、だそう。微妙な間柄の様子。


好きなタイプは“自分より弱いのに頑張ってる奴”。

嫌いなタイプは“自分より強くて偉そうな奴、全員”。

これはまぁ聞き流した。


生まれは東の国、竜人族の里。

香辛料の生産が盛んな土地で、

肉に粉を塗ると“舌が燃えて涙が出るほど幸せになる粉”が特に有名らしく、これを使って売るだけで種族の安寧が確保されているようなものとか。なんとか。

商人の端くれの身ながら、そこだけはほんの少し興味を惹かれた。


……まぁ、全体的にはどうでもいい話ばかりだった。

寝て起きれば綺麗さっぱり忘れる類の内容だ。

竜人族。神秘とさえ言って良い存在。

だが神秘であるが故、自分には到底縁の無い存在。

目の前の竜人族代表を見て尚、そう感じている。そんなお話の向こうの存在には興味が出なかった。


通りを吹く風が、干した香草の香りを運んでくる。

どこかで笛の音がして、子供たちの笑い声が響いた。

それが祭りの昼下がりのBGMだ。


「のうご主人、腹減ったのじゃが。」

「飯はさっき食ったろ」

「え・・・塩ッ辛いチーズの塊にカッサカサのパンで飯って、本気で言っとるんか」

「俺はいつもあれだが」

「泥みたいな苦い水もあったのう。コーヒー、とやらじゃったか?マジで不味かったのぉ~あれ。」

「・・・・・・・・・・・・」


無言でヴァルナの首筋を引っ掴み、上下に揺らした。


「あばばばばばばばばばばば!! やめっ! やめるのじゃ!! 」


確かに朝の眠気覚ましが主な目的とはいえ、苦みが強烈な味付けにしてある。

しかし数年間それで通している以上、ロランドの口にはなじみ深いコーヒーの味。

その味を侮辱される事はロランドにとって戦争開始のゴングを鳴らされたのと同義であった。


「ぐえっ!」


掴んでいた手を離し、地面にヴァルナを叩きつける。

一応生き物なので強い力で叩く事は無いにしても、傍から見れば立派な動物虐待の構図だった。


「うう・・・で、でも、この儂より圧倒的に弱い男から好き勝手に生死を握られてる感じは思いのほか悪く無いというか興奮するというか・・・♡」

「きもちわる・・・」


ヴァルナと合流して、暫く会話を重ねて感じていた事があるが、こいつ、もしかしなくても性癖が歪んだ変態なのかもしれない。

あまりにも強過ぎて負けなしのまま四天王に抜擢されたから、その責務から解き放たれて恋愛観とか性欲が暴走してるんじゃないだろうか。


「お前さ、恋人とかいないのか?」

「えっ・・・儂ルートに入ったサインかのうそれ・・・?」

「いや・・・なんだよルートって・・・単純に気になっただけだよ・・・立場的にそういう相手がいてもおかしくねえだろ」

「ん~~~、おらんのう。求婚だの求愛だのされた数は多過ぎて覚えとらんが、儂に勝ったら考えてやるって言うと大体諦めよる。たまに挑んで来るやつもおったが勢い余って半数以上は殺してしまったわ。あれ、全員じゃっけ・・・」


想定以上の狂犬ぶりだ。

ドミナスレイヴという首輪を付けられて心底良かったと思う。

てか求婚とかされるんだ。何が良いんだこいつの。


いや、見た目は贔屓目に見なくても相当良い女の部類だ。悔しいがそこは認めざるを得ない。

竜人の女を見る基準が人間と同じかどうかは判らないが。

それを言うとシクロも将来的にかなり良い女になるのは間違いない。見た目だけでの話だが。

どこぞの国のお姫様として生まれていれば、交際相手なんぞ自分で決められるくらいのポテンシャルを持っている。


ここで一応触れておくが、ロランドは「評価」というものに対しては極めて正直である。

世間的な視点から、自分自身の視点から、会話相手の視点から、私的な感情を廃して万物を評する様に心がけている。

シクロとヴァルナは世間的に見れば美少女、美女で間違いなかった。それは認める。

だが、それとこいつらに対する態度は全くの別物だ。

甘やかすとつけ上がりそうな連中に優しくしてやるつもりも無いし、顔がいいからと甘い態度をとる行為自体も気色が悪くてやってられない。

外見の美醜で態度を変える事は、少なくともロランドはしない。

不細工にはブスと言うし、顔が良くても頭が足りてねえと思ったらバカというだけだ。

誰にも縛られない、流浪人としての矜持にも似た思想。


だからロランドはシクロにもヴァルナにも、いや、商売の取引相手でもなければ基本的に誰にでもつっけんどんとした態度しかとらない。


「のう~~~ご主人~~~儂、退屈すぎて干からびそうじゃ」


ヴァルナが尻尾をぷるぷるとさせながら訴えてきた。


「そうか。そしたら少しは静かになるかもな」

「うえ~~~酷いのじゃ~~~。とんでもないモラハラ職場に飛ばされてしまったかのう儂・・・」

「トカゲ如きに適応される人権は当商店にございませんだよバカヤロー」

「トカゲ違うわッ!!!!」

(うっさ。 トカゲ扱いするとすげぇキレるなこいつ・・・)


その声がやたらと通るせいで、通行人が数人、驚いて振り返っていた。

子供達が「喋るトカゲだ!」とクスクスと笑っている。


「……うるせぇ。声がでけぇんだよ。目立つだろ」

「なにを言う、ご主人は静かすぎる。儂の国の商人はな、笑顔を絶やさず、声は元気に――生き方そのもの、常に“商売人たれ”と教えられておってじゃな」

「自分の生まれた国の事も知らねえのに、よその国の格言なんざ微塵も響かねえな」

「む、ご主人は故郷の事を覚えておらんのか?」


口が滑った、とロランドは思った。


眉ひとつ動かさず、表情も変わらない。

けれど、視線だけが少し逸れる。


……いや、別に話しても構わない。隠すようなことでもない。

どうにも躊躇いの感情が先に出てきてしまう。本能的に忌避しているのだろうか。

それはそれで気に入らない感情だ。


「両親が商隊――キャラバンのリーダーだった。

 物心ついた頃から馬車の荷台が自分の部屋でな。

 あちこちの国を転々としてたから、どこが故郷なのかも分からねぇままだったな、そういや」


「ほぉ~ん……親御さんは、今はどうしとるんじゃ?」


「死んだよ。魔族に襲われて、あっさりとな」


「そりゃあ災難じゃったの」


――死んだ。目の前で。

商隊はその時に全滅。偶然にも死を免れた自分だけが、色々あって今も生きている。


だが、それももう二十年近く前の話だ。

当時、襲ってきた魔族がどんな奴らだったのか、

その姿すら曖昧になりつつある。

憎しみも、いつの間にか薄れた。

無差別に怨嗟を撒き散らすような気も、もう起きなかった。


「……まぁ、“魔族に殺された”って言い方は、少し当てつけがましかったかもな」


「は? ……あぁ、儂のことを気にしとるんか。

 なんじゃ、殊勝な気遣いもできるとは――意外と可愛いとこもあるんじゃのう、ご主人♡」


「…………」


「まっ、まっ!? 待つのじゃ!! 頭を鷲掴みにするな!! 出ちゃう出ちゃう!! いろんなもんが出ちゃうのじゃああ!!!」


ロランドが無言でヴァルナの頭をわし掴みにし、ぐりぐりと押し潰す。

変な声を上げてじたばた暴れるその様子は、露店通りの客の何人かにくすくす笑われていた。


やがて手を放すと、ヴァルナは地面にぺたんと突っ伏した。

そして、肩――もとい翼をだらんと垂らしながら、

「ひどい……どめすてぃっくじゃ……ばいおれんすじゃ……」などと小声でぶつぶつ言っている。


うなだれる小竜から目を離し、頬杖をついて街道を眺める。

ひっきりなしに人々が通り過ぎ、時折笑い声が混ざる。

祭りの昼下がりは、どこまでも平穏だ。


遠くの中央広場では何か催しがあるらしく、賑やかな声が風に乗って微かに届いてくる。喧騒に紛れて何をしているのかは定かでは無いが。

もしかしたらシクロも、あの辺りにいるのかもしれない。

夕飯の時には、どうせ聞いてもいないのに、今日の出来事を早口で全部話してくるに違いない。


そんなことをぼんやり考えていた、その時――


「広場の武闘大会、すげーやつが出てるらしいぜ」

「ケリーもキングスも一発でやられたって。王都の騎士団長でも来てんのか?」

「それがさ、なんでも女の子らしいよ。それも子供!でもめーっちゃ可愛いらしい!」

「マジ?有名人なんかなぁ?早く見に行こうぜ」


と、会話をしながら広場の方へ歩いている若者達が丁度前を通り過ぎていった。

暫しの沈黙。


ヴァルナが恐る恐る、そっとロランドの顔を見上げると、表情に変わりはなかったが両手のひらで口元を覆い、眉を少しだけ眉間側に傾かせて遠い目をしている。

ああ、良かった。怒髪天をついていそうなものだったが、ギリギリ耐えた様だ...いや...いや!違う!

脚が!脚が少し縦に揺れている!つま先を震動させ、僅かに膝がカクカクと上下に動いている!

みっともないのを自覚しているから理性で押さえ込んではいるが、抑えきれないといった怒りの貧乏ゆすり!!


(いや、こいつキレ方が怖過ぎるじゃろ...)


宿屋の時も少しからかったら変なキレ方してたし。


若者達の会話を聞いて、ロランドに「やっぱりシクロについていきたかったの〜...ちらっ」とちょっかいをかけるつもりだったが、飲み込んでおいた。

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