27話 槍兵ガレン4
ダンッ!
大きく地を踏み鳴らす音が響いた。
ガレンが木槍を改めて構えたかと思う間もなく――その身体が爆ぜるように前へ。
シクロとの距離が一気に詰まり、噴水前の広場に砂煙が立ち上る。
その“間”の動きを目で追えた者は、一人もいなかった。
観客たちは息を呑む。
「うわー……お兄さんすごいね? 当たるかと思っちゃった」
「ははっ……いや、何で当たってねぇんだよ……」
木槍の切っ先とシクロの胴との距離はわずか一寸。
ほとんど掠めているようにしか見えない。
リーチを活かした完璧な突き――それを、シクロはほんの半歩、体を傾けただけで避けていた。
寸止めにも見える避け方。
まるで「長いだけじゃ届かない」と言わんばかりの、憎らしいほど冷静な動きだった。
「んじゃ、次ボクね!」
軽やかな声とともに、少女が弾けた。
その小さな体が一息にガレンへと肉薄し、木刀が閃く。
左――いや、右!?
「その速度でフェイント入れてくるのかよ!!」
雷のような斬撃。
通りすがりの一閃を、ガレンは反射的に縦に構えた槍で受け止める。
「カァン!」という高い音が響き、二人の姿が一瞬だけ交錯した。
その機を逃すまいと、ガレンは木槍を数回振るった。
だが次の瞬間には、シクロの姿はもう数歩先。
軽やかに距離を取って、再び構えを整えている。
(――やりづらい)
槍の長所である間合いを無視され、射程外から一瞬で飛び込まれる。
攻撃を受けてもすぐに離脱される上に射程内の攻撃は、ことごとく避けられる。
そして極めつけは、シクロの剣の軌道が正確に見えない。
攻撃を防いだのも、単純に戦士としての勘と持ち前の反射神経に頼った物だ。
才能と身体技能には確かな開きを感じるが、経験の差でかろうじて足掻けているに過ぎない。
この数手でガレンは理解した。多分、勝てない。
というか、相当泥臭い勝負に持ち込まなければ分が悪い。
それは武闘大会でやるべき戦いでは無い。
ではどうするか?
――分が悪い勝負に、真っ向から挑む。
嗚呼、なんと馬鹿馬鹿しい事か。
それなのに、笑みが漏れる。
(嫌んなるねぇ……ちょっとした好奇心のつもりが、どんどんマジになっちまう)
一方、シクロは――――
数日前にヴァルナと街中を駆け抜け、ロランドと協力してなんとか討ち倒した時と比べれば、大した相手ではない。
だが、シクロの胸の内には、確かな熱があった。
“楽しい”――それに近い感情。
正確に言えば、
「池を眺めていたら偶然渦ができたのを見つけて、少しだけ心が躍った」
そのくらいの、その程度の高揚感。
(……師匠と関係無いとこでこんな感じになるのってすごい久々? いや、初めてかも)
ガレンの表情には、戦士が本気になる時の、あの独特の輝きがあった。
シクロはほんの少しだけ頬を緩め、木刀を前に突き出す。
空いた手の指先で、軽く手招き。
「どうぞ」と言わんばかりのアクション。
無邪気な笑み。
だがその仕草は――挑発以外の何物でもない。
広場の空気が張り詰める。
観客たちは息を止め、誰もが次の瞬間を見逃すまいと身を乗り出した。
(……挑発ってつもりじゃねぇんだろうな)
ガレンは苦笑した。
ただの悪戯みたいな笑顔。
けれど、その笑顔の裏には確かな実力の差がある。そう感じている。
「───ありがたく胸を借りるとするかね」
ガレンは低く構え、木槍の切っ先をシクロへ向けた。
深く息を吸い込み、重心を限界まで落とす。
「シャアッッ!!!」
放たれた弾丸のような勢いで、地を裂く。
木槍がうなりを上げ、突き、薙ぎ、払い――まさに嵐の連撃。
その一撃一撃が、舞台の板を砕きかねないほどの鋭さと重みを帯びていた。
しかし、そのどれもが――当たらない。
観客のどよめきが追いつかない。
ガレンの突きが空を裂き、木槍が地面をえぐる。
だが銀髪の少女はほんのわずかに身を傾けるだけ。
すべてが“寸”で避けられていた。
(反射じゃねぇ……攻撃の軌道を“見切ってやがる”!?)
理解できても、真似できるものではない。
やはり正攻法では当てられない。つまり勝てない。
そう悟ったガレンは、攻撃の合間――視界の隅に転がる小石を見つける。
槍先でそれを弾き上げ、宙に浮かせると、同時に跳躍。
体を大きく捻り、一回転させて――石を蹴り飛ばした!
観客が息を呑む。
だが、シクロはまるでそれを予期していたかのように、軽く木刀を振り抜いた。
カン、と小気味よい音。石が打ち返される。
――そして、その石よりも速く、シクロが迫ってきた。
「なんじゃそりゃ!?」
驚愕が口をつく。
小細工で意識を揺らそうとしたはずが、逆に懐へ飛び込まれている。
木刀と木槍が正面で激突した。
ガレンは目を見開く。
「重い……!?」
見た目に反して、シクロの一撃は確かな圧を持っていた。
ただ力が強いわけではない――芯が通っている。
まるで剣そのものが“生きている”ような重さだった。
「ふふっ、それじゃボクの攻撃も、ちゃ~んと受けきってね」
鍔迫り合いの様に武器を押し合う体勢で、シクロがそう言った。
なんて明るい声だろう。
次の瞬間、木刀が木槍から離れた――が、間髪を入れずに衝撃が襲う。
「くっ……!!」
木と木がぶつかる乾いた音が、会場に響く。
カァン! カァン! カァン!
リズムを刻むような打音に合わせ、観客の歓声が高まる。
だが――ガレンの腕には、たった一度の音に対して三度の衝撃が走っていた。
速すぎて、複数の打撃が“ひとつの音”に重なっている。
(……一撃で三回!? なにが起きてやがる!)
速すぎる。
音が「カカカン」ではなく「カァン」と間延びして聞こえるのは、ほぼ同じタイミング、同じ速度で一点に三回攻撃しているから。
人智も法則も超えている速度の斬撃に、ガレンは反撃の芽を掴めずに焦りを生じさせる。
そうしてる内に、腕に伝わる衝撃の数が、増える。
「次!」
三つから、五つに。
カァーン!!カァーン!!カァーン!!と、打音の間延びが少しずつ長くなっていく。
「次ィ!!」
五つから、七つに。
衝撃の数が増える分、明らかに打点は少しずつバラけているし、目に見える一振りのモーション間の隙は大きくなる。
(じゃあもう、そこに付け入るしかねぇだろ!!)
カァーーン、と音が響く一瞬。
ガレンの腕に衝撃が来る。
一、二、三、四、五、六……。
七。
そのタイミングで、ガレンが武器から片手を離す。
衝撃に任せて木槍が弾き跳びそうになるが、堪えて地面に突き刺した。
攻撃を受けていたポイントが急にズレた反動でシクロが僅かに姿勢を崩す。
突き刺した木槍を軸にしてガレンが身体の全体重を預け、脚を前に突き出し、一回転して蹴りをシクロに見舞う。
「らぁッ!!」
「んぐっ……!」
僅かにシクロの身体が浮き、数歩ほど後退させた。
この大会、初のシクロへのダメージ。
とはいえ、ガレンにとってはアドリブ色の強い蹴り攻撃。決定打でも何でも無い。
「へへっ、どうだオラぁ!」
だが、確かな達成感に気分が高揚する。
そして目の前で、蹴られたところを抑える少女を見て、ふと我に帰った。
観客からは驚きの声と、児童虐待を訴えるブーイングが飛んできていたが、気にしている余裕は無い。
(やべ……女の子に一撃当てただけで俺は何を浮かれてるんだ……いやいや、この子は普通の子とは全く違う。 ……わかっちゃいるが……。)
眉を顰め、蹴られた部分をさするシクロを見て急速に冷静になってしまう脳内。
一瞬だけ気が緩んだのを自覚したのも束の間。
目の前の少女の瞳が、金色に光ったのを確認してしまった。
「――サンディガー」
シクロがそう呟くと、木刀に薄紫色の魔法術式が刻印され、雷が走る。
(おいおいおいおい、魔法は禁止だろ!?)
村の武闘大会に魔法なんて持ち出しては収集がつかなくなる。
当たり前に禁止事項である。
しかし、子供のキレやすさまで考慮していない、出来る訳が無い。
咄嗟に木槍で身を守る構えを取と、シクロは視線をガレンの”向こう”側に移して、唇を僅かに動かす。
「花」
シクロの視線の先、ガレンの斜め後ろのポイントに雷の結晶が出現した。
何かが来る。




