26話 槍兵ガレン3
人混みを掻き分けてガレンが広場の中央へ進み、なんとか抜けて来た。
司会とシクロの方へヒラヒラと手を振りながら声をかける。
その顔を見て司会もシクロも、両方とも「うわ」と明らかに迷惑そうな顔付になる。
司会者が駆け寄り、ガレンと小声で話し始めた。
「よう、俺にやらせてくんねえか? ...いや、んな露骨に嫌そうな顔すんなよ」
「ちょっとちょっと、あんた何言ってんですか! 一応まだ仕事中でしょ? パトロール中に武闘大会に飛び入りしてくる奴がいますかって!」
「別に良いじゃねえか。それにオーディエンスの皆さんも見てえと思うぜ?"赤灼"ランクの戦いってやつをさ。
───多分あの嬢ちゃん、俺と良い勝負するぜ」
「...マジですか?」
「大マジ。 何なら俺の冒険者タグ、観客に見せつけてやっていいからさ。 勝負させてくれたら結果は何であれ、盛り上がる試合を演じてやるよ。」
「あんたが一瞬で負けたらどうすんですか」
「ははっ、そしたらそれはそれで大盛り上がりじゃね? ベテラン冒険者も一撃で倒す未来の勇者がこんなとこに!? みたいな」
「...はぁ。 エンターテイナーですなあ。 ほんじゃま、勝つなら出来るだけ長引かせて。負けるなら一瞬か、劇的に負けてくださいね。こっちだってつまんない試合で盛り上がるの難しいんですからね。 よろしくお願いしますよ。」
「あいあい」
「あと槍はこっちの用意した木製の物があるんでそれ使ってくださいね」
「わぁーってるよ。バカにしてんのか」
「あとあと、ちゃんとこっちが用意した防具も付けてくださいよ」
「わぁーってるって! うるせえなぁ!」
一連の会話は、シクロにはよく聞こえていなかったが余りにも暇だったのか、屈んで「まだー?」と頬を膨らませていた。
風祭りの村の武闘大会。
祭りの最終日、朝から開始して希望者から順に一対一で戦わせる。
十連勝する者が現れる、挑戦者が居なくなる、などの条件が成立しない限り終わらないハードな大会だ。
普通は連勝を重ねたとて、体力の消耗が激しい筈なのだが、全ての試合を一瞬で終わらせていたシクロは汗一つ無く、息切れもしておらず、万全のコンディション。元気いっぱいだった。
決勝直前というのに欠伸すらする始末。
スタッフから渡された木の槍...といっても、先は尖っていないし、実質木の棒だが。
を、受け取って、確認がてら構えを取る。
その乱れの無い立ち姿に「おお」と観客から感嘆の声が上がる。
その声に応じて、槍を突き、振り、回す動作を素早く行う。
武闘では無く舞踏。歴戦の戦士でありながらも、パフォーマンス能力の高さを見せつける。
「こんなもんか。 当たり前だけど軽くてやりにくいな...」
当の本人にすれば、パフォーマンスよりも準備運動の意識が強いが。
それでも観客達の目には珍しく映る様で、歓声が大きく上がった。
「いいぞーにいちゃーん!」「すぐやられんなよー!!」
好き勝手言ってくれる、とは思わない。
目の前の少女は、自身より体格が上の者たちから立て続けに勝利した立派な戦士だ。
「...で、そろそろいい?ボクあんまり待たされるの好きじゃないんだよね」
屈んでいた膝をまっすぐ伸ばし、立ち上がって木刀を二、三度ほど振るう。
そんな何気ない動作すら、常人には目に見えない速度と思わされる。
見た目で人を判断してはいけないとは言うが、この子供の姿の向こうに、かつて苦戦した強靭かつ強力な魔獣の影が見えた。
「あぁ、すまねえな。んじゃ、いっちょやるとしますか」
ガレンが目配せをすると、司会が頷いて腕を振り上げ、叫んだ。
「さぁさぁ!今日の対戦カードでこれ以上は無いに違いない!! 大会常連のケリーとキングスを一撃でノした天才少女シクロ!! 対する最後の相手は...」
司会者が言葉を切って、ガレンの方をちらりと見やる。
へいへい、とそれに合わせて首元から赤色のタグ───冒険者の証明書を観客に見せつけた。
「な、な、なんと!! "赤灼"クラスの冒険者、ガレン!! ご存知の方は多いとは思われますが、冒険者のランクは駆け出しである"白燈"から、伝説と言われる"虹彩"までの十一ランクあります!! "赤灼"はその内の七段階目となります!
おっと、おいおい、十一個ある内の七段階目なんてまだまだ上が居るじゃん、たいした事ないんじゃないの?とお思いの皆さん...それは世間を知らなすぎる!
"赤灼"より上の"銀翼"からは、依頼主が国やら何やらと、面倒くさいしがらみが多く付き纏う様になってしまうのです!
そう! 例えば村の警備の仕事をほっぽり出してこの様な催しに遊び半分で参加するなどもっての外! 何やってんですかあんた!」
観客達からどっと笑いが漏れる。
「仕事しろー!!」という声もどこからか飛んでくる。
余計な事を...とガレンは眉を顰めた。
「"銀翼"より上には"なる気のある者しかならない"! これはつまり、"赤灼"ランクには、ランク以上の実力を持つ可能性の有る者達の吹き溜まりなのです!」
「おおー?」と、観客からの反応はイマイチ。
どうやらランクの価値が上手い事伝わってなさそうだった。
人をネタにするならちゃんとしろよ、とガレンが司会者を睨みつける。
「ひえっ! ...まぁとどのつまりは、皆さんがこうして間近で見られる戦士としては最高峰と言って良い、ということです! この大会の歴史に残るベストバウトになる事間違いなし!! さぁ両者構えて!!」
勢いに任せて司会が腕を振り下ろした。
「開始ィッッッ!!」
ガレンが木槍を、シクロが木刀をそれぞれ構える。
じり、じり、とお互いの距離を測る様に足を動かし始めた。
これまでの試合の相手は全員、確実に自分より格下と踏んでいたシクロは、長引かせるだけ無駄だと判断して速攻を決めていた。
しかし、目の前の冒険者ランク"赤灼"の者の様に、確かな称号を持った人間と対峙するのはこれが初めてであり、その腕前に単純に興味を抱き、この試合は"少し楽しもう"と思い、速攻を控えた。
暫しの静寂。
その扉を最初に叩いたのはガレンだった。
「銀髪の嬢ちゃん、ロランドとはどんな関係で?」
「...それ今話す事かな」
「いいじゃねえの。こう言う場だからこそってやつさ。...あの気難しい友人が君みたいなかわい子ちゃんを連れて旅してるなんて、どうにも理由が思いつかなくてね。」
「...ただの師匠だよ。ボクは弟子として旅にお供させてもらってるのだー」
予想外の返答にガレンは怪訝な顔をする。
師匠?この戦闘力を持ちながら、あの男の?
あいつは自分でも言っていたが、そんなに強くない。知恵が回る以上、冒険者としては弱いとも言い切れないが...。
「───余計に気になってきちまったな。もっと聞かせてくれよ」
「ん〜〜〜...やだ!」
瞬間、僅かな砂埃が舞い、シクロが姿を消した。
ガレンが反射的に身を大きく屈めると、ガレンの頭上で、高速の突きが空を裂いた。
「げ、避けられちゃった」
瞬時に、背後に回ったシクロを狙って振り向きざまに木槍で足払いを仕掛けるが、当たり前の様にかわされ、二、三歩程跳んで距離を空けられてしまう。
(あっっっぶねぇ!! 目の前で跳んだ筈なのに、その瞬間を見逃した!?)
先のキングスの戦いにて、背後からの一撃を見ていたお陰か、直感でどこから来るかを予想できた。
速さだけなら上位ランクのアサシンやモンクより上かもしれない。少なくとも、自身の戦った相手の中ではダントツの速さだ。
こんな調子ではとてもじゃないが、良い試合なんて見せられないし、目の前の少女から何の印象も持たれずに終わってしまいかねない。
「ちっとは真剣にやりますかね...」
「え〜〜〜、あんまりめんどくさくなくしてね〜?」
「へっ、吠え面かくなよ?」
マジになって負けるのはダサいが、適当にやって負けるのは尚ダサい。そうはなりたくないものだ、と木槍を構え、ガレンは闘気を剥き出しにした。
その気迫を受け、シクロの眉が僅かながらに動く。
「んじゃ、改めて───。
武闘家として手合わせ願う」




