25話 槍兵ガレン2
「さぁさぁ、今年のこの大会も佳境が近付いてきたかもしれません! 順調に七連勝していた大会常連のケリーを一瞬で撃破した超・新・星! 更にそこから八連勝の快進撃! その剣技はまさしく神速! 天才少女シクロ!!」
司会者の声に合わせて、観客席が一斉に沸いた。
地鳴りのような歓声が広場を包み、紙吹雪のような花びらが風に舞う。
シクロは少し照れたように笑い、木刀を片手に軽くピースをしてみせた。
その愛嬌に、客席の子供たちが一段と大きな声を上げる。
だが、次の瞬間――司会者の声色がやや低く、緊張を孕んだものに変わった。
「しかし! その連勝もここで打ち止めとなるかもしれません!
今回の相手は、一昨年と昨年の大会二連覇王者! 村一番の喧嘩自慢! 剛腕の巨人――キングス!!」
その名が呼ばれると同時に、地面がどすん、と揺れたような錯覚を覚えた。
キングスと呼ばれた男が歩み出てくる。
肩に木刀を担ぎ、身の丈は二メートルを優に超える。
丸太のような腕、岩のような胸板――見る者に“壁”を連想させる巨躯だった。
その巨体がシクロの正面で止まると、鋭い眼光が少女を射抜いた。
「ふん……おい、嬢ちゃん。棄権するなら今のうちだぜ」
低く唸るような声。
「お前みたいなガキに勝っても、自慢にもならねぇ」
周囲がざわつく。
一部の観客からは笑いが漏れ、他の者たちは「やべぇな」「勝てるわけないだろ」と囁き合う。
だが当のシクロは、どこ吹く風といった顔。
「あはははっ! すご! これまでの人達もみんな同じ事言ってたよ! 大会優勝者ってならもう少し面白い事言ってよ~」
悪気は一切無い天然煽り――その言葉に、キングスの眉間に皺が寄る。
「・・・泣かしてやるよ」
肩に担いだ木刀を下ろし、キングスが構えた。
シクロもそれに応じ、木刀を前に突き出した構えをとる。
その緊迫感に観客たちの熱気も徐々に静まり、司会者もそれを察知し、腕を振り上げ――下ろした。
「開始ィッッ!!」
そのコールと同時、再び歓声が上がるが、喧騒とは裏腹にキングスとシクロの間には冷たい緊張が張りつめている。
大会二連覇経験者のキングスには喧嘩自慢としてのプライドがある。
十人勝ち抜けすれば優勝という、雑で単純なルールの剣技大会。年に一度の祭りが少し有名な村の中の、しょぼい大会だという認識ではあるものの、どこの馬の骨とも知らない子供に華を持たせるなんて、八百長めいた事に協力してやるつもりは毛頭無かった。
(ちょっと腕の良い子供を担ぎ上げて大会を有名にしようって魂胆か? つまらねぇ運営だぜ)
しょぼい大会であっても、自身が二度優勝をしたという事実をそんな八百長に塗りつぶされるのは侮辱以外の何物でも無い。
子供相手であろうがさっさと終わらせて、爆速で十人蹴散らして今年も俺の優勝でしめる!!
「ドラァァァァ!!」
キングスが目をくわっと見開いた。
地を蹴ると同時に、その巨体は弾丸のように距離を詰め――木刀を大きく振り下ろした。
狙いはシクロの肩。
そこに容赦ない一撃が叩き込まれる――はずだった。
だが、軌道は空を裂く。
「!? どこにッ――!」
確かに捉えた感触があったはずの視界から、銀髪の姿が掻き消えていた。
反射的に振り返った瞬間、視界の端で光が跳ねる。
風を裂く音とともに、シクロが宙にいた。
背後へと飛び跳ねた彼女は、空中で体を捻りながら木刀を抜くように構える。
「ほ・ほ・ほいっ!☆」
シクロの戦闘能力は八百長ではない。
それがキングスにとって、決定的な思い違いであった。
とはいえ、まともに仕掛けてもキングスに勝ち筋は無かったが───。
軽快な掛け声と同時に、三度の衝撃音がほぼ同時に響いた。
心臓、鳩尾、腹部――人の急所を正確に撃ち抜く三連撃。
キングスの巨体が僅かに浮き、そのまま膝から崩れ落ちる。
シクロは音もなく着地し、ひらりと木刀を収めた。
風が追いつくように彼女の銀髪を揺らした時には、すでに勝負は終わっていた。
その華麗な技に、姿に、会場の時が止まった。
「――す」
だが、直ぐに。
「すげぇぇぇぇぇーーーッッッ!!!」
「キングスがやられたぁー!!」
「マジで強いじゃんあの子!? 何だよあの動き!」
熱狂が爆発した。
歓声が渦となり、風となって広場を包む。
子供が叫び、屋台の親父が手を叩き、酔っ払いが口笛を鳴らす。
祭りの最終日、その中心に立つのは小柄な銀髪の少女――まるで英雄そのものだった。
「ふっふん。たまにはこういうのも気持ちいいもんだね」
普段はロランドから変に目立つような事はするなよと言われているが、シクロは時折その言いつけを無視する。
この様な多数のギャラリーが集まる武闘大会なんて、ロランドには絶対に止められていただろうが、幸い彼は露天商に出ているので監視の目も届く事は無い。
優勝賞金は金貨十枚、連続で勝ち抜けば時間もそんなに取られない。最高だ。
今倒した相手が優勝経験者だというのであれば、これ以上に強い者はもう出て来ない。
あと一勝・・・つまり優勝は確定しているようなものだ。
誰が来ても負ける気はしていないが。
「ふんふ~ん♪ 優勝したら師匠に褒めてもらうぞ~~~」
無邪気に鼻歌を歌い、もう一仕事終えた気になっている。
観客たちの「よっ!天才少女!」などという声が飛び交う中、本人は(今日の夕食は一緒に出店回りたいな~)などと考えていた。
そんな彼女の思考を遮るように、司会者が叫ぶ。
「お、お見事ッ!! 圧倒的な勝利!! これにてシクロ選手の九戦目は終了!!」
スタッフ達に気絶したキングスが引きずられ、退場させられているのに目を向ける。
「これ倒したの? やばいでしょ・・・」等と呆れた声を出しながら巨漢を引きずるスタッフに笑顔で手をひらひらと振りながら見送り、シクロは次の対戦相手を待った。
* * *
「なんだありゃ」
一瞬で決着のついた試合を見たガレンは呆然としていた。
キングスは確実に本気で打ち込んでいたし、シクロの動きもイカサマなどしようもない、自前の力量だった。
そして、その動きですら”遊び程度”だったのも見て取れた。
一瞬で相手の背後まで跳んで回り込み、着地するまでに三連撃を急所にぶち当てる芸当で、だ。
ガレン――”赤灼”のランクを携えた冒険者としての視点から見ても、少しばかり信じられないモノを見たという心持ちである。
あの動きが出来る戦士など、そうはいない。
まぐれでも何でもない、確固たる実力者の戦い方。
”あの”気難しいロランドが連れて旅をしているというのも気がかりな要因の一つではあるが、それよりも今この時は、シクロに対して、戦士としての興味が勝っていた。
願わくは一度手合わせを願いたいが、ロランドの目もある。
特に意味も無く、いや、意味が有っても彼女と手合わせをする事に良い顔はしないだろう。絶対に。断言できる。こちらの提案を、あまり表情を変えず拒絶オーラ全快で断ってくる。
それこそ大義名分でも無ければ。
そう都合のいい舞台が用意される機会など───いや。
「さぁさぁ! シクロ選手、優勝に王手をかける! 最後のチャレンジャーはどいつだ!? というか、キングスを倒した怪物に挑戦したがる物好きは残っているのかー!?」
「怪物って...」とシクロは苦笑しながら頬を掻く。
暫く待っても、優勝候補の戦士を軽々と倒したシクロに挑戦しようとする者は出てこない。
いや、この場には確かにそれなりの喧嘩自慢や冒険者も何人かいる事はいるのだが、シクロの戦いを見て、そもそも勝てる気がしなくなっていたり、勝てたとしても「年端もいかない少女と真剣にやり合って勝ってもな...」という者しかいなかった。
(ま、情けねえとかは思わねえけどな)
ガレンも同じ事を思った。
勝負の舞台に立つにしても旨みが無さすぎる。それこそ、先程敗退したキングスの様に、ここから余裕の十連勝をして優勝する事しか見えていない者でなければ、シクロと戦うメリットは無い。
だから、これは。
「あー...すまん、ちょっと通してくれ」
何にもならない、好奇心からくる行動であった。




