23話 ドラゴン危機一髪3
「……もういい。俺は露店を開きに行ってくる」
「じゃあボク遊びに行ってくる! お小遣いちょうだい!」
ロランドは無言で貨幣を数枚、小さな布袋に移してシクロへ放り投げた。
シクロは慌ててそれをキャッチし、「もう! 乱暴だなぁ!」と頬を膨らませる。
「ヴァルナは……布でも被って、ここで留守番してろ」
「なっ!? なんでじゃ! 儂も人間共の祭りが見たいのじゃが!」
「いや……駄目に決まってるだろ……」
こいつ、自分が魔族の頂点の一角であることを忘れてないか?
「お願いじゃ〜〜〜! 儂、そんなに顔も広まってないと思うのじゃ〜〜〜!」
街に単騎で強襲を仕掛けるような奴が、その言い分は通らないと思うが……。
しかし食い下がられても面倒だ。
「じゃあせめてその角と羽と尻尾と、無駄に派手な服を何とかしろ。竜人族は基本的に“魔王側”って認識なんだよ、俺達にとって。目立つんだよ」
青い艶やかな髪に金色の瞳。尖った耳、青鉛のような鱗を纏う角、羽、尾。
黒いファーのついたマントに、脚を惜しげもなく晒すスリット入りの東洋風ドレス。
ヴァルナが人間であったとしても――いや、人間であればなおさら――目立ちすぎる見た目だった。
「できん! そもそも角やらを引っ込める術は持ってないし、この衣服も儂にとっては武装じゃ。超一級の魔術武装じゃぞ? 炎は効かんし、水は儂の魔力に変換してくれるのじゃ。すごかろ!」
こちらの提案を一つも受け入れない上に、聞いてもいないことを語り出す。
いや、それよりも――。
ヴァルナのドレスの説明を聞いて、ロランドは思わず腰を浮かせた。
それは確かに凄まじい。魔術武装というのはそもそも高価な代物だが、特定の属性を無効化するか、魔力として吸収するだけでも法外な効果だというのに、両方を備えているとは。
売り飛ばせば、都に一軒家を建て、質実剛健な暮らしを一生送れるレベルだ。
「今すぐ脱げ」
「なっ!? こ、子供もいるというのに大胆なのじゃ……あぁっ! 身体が勝手に……!」
ドミナスレイヴの効果とは恐ろしいもので、抵抗の意志すら見せず、ヴァルナは自ら衣服を外し始めた。
それを見ていたシクロが、ロランドへ猛抗議する。
「ちょっと師匠!? ボクの目の前で何するつもりなの!? ボクのいないとこでやられるのも嫌だけど!!」
「いや……こいつの服、売ったらすげぇ金になると思って……」
「「……は?」」
シクロとヴァルナが、同時に固まった。
「……そういう人だったよね、師匠は」
安心したような、呆れたような。
歳に似つかわしくない諦観の表情で、シクロはロランドを見つめた。
ヴァルナは、今の言葉で逆に抵抗心が芽生えたのか、衣服を脱ぐ手を止める。
「じょ、冗談じゃよなご主人。これは竜人族の中でも最高の職人が、何年もかけて儂のために術を編んで仕立てたもので……」
「で?」
「儂以外の者には扱えんと思うぞ! 装備には相性というものが……」
「じゃあ切るなり魔力分解するなりして使われるんじゃねぇの? 俺は売るだけだからどうでもいいよ」
ヴァルナの顔がみるみる青ざめていく。
衣服をすべて脱ぎ捨てるも、胸と下半身だけは必死に隠し、顔を恐怖に滲ませた。
ちらりとロランドの目をうかがう。これで少しでも情欲の色でも見えれば――最悪、交渉の余地があると思った──。
──無い!!!
まるで養豚場の豚でも見るような、冷たい瞳で見られている。
過去に魔王城で暴れて、現魔王ルナリアに長時間説教された時のことを思い出す。
あの時と同じ、氷のような視線だった。
今思えば、なぜあんな小娘に怒られねばならなかったのかとも思うが……当時は恐ろしくて、身動き一つ取れなかったのを覚えている。
「綺麗に畳め。服は買ってきてやるから、当初の予定どおり布にでも包まって部屋にいろよ」
「あ……あの……」
「んだよ」
やがて、売られる運命にある自分の衣服を畳まされた後、ヴァルナは膝をつき、三つ指をついて頭を下げた。
竜娘の、見事な形の全裸土下座だった。
「ど、どうか勘弁してほしいのじゃ……その、これ結構大切な物で……困るというか……ちょっと本当に落ち込むというか……」
数日前まで、曲がりなりにも高貴な身分だったはずなのに――今日までの間に二度も土下座する羽目になっている。
シクロはそれを見て、少し引いていた。
「し、師匠……教育に悪いよこれ……」
「誰の」
「ボクの……?」
「じゃあ黙って出てけ」
怖い時の師匠の顔だ、とシクロは思った。
こういう顔をしている時のロランドは、何かを試したり、駆け引きしている時が多い。
それは理解しているのだが、シクロにとってはまだ慣れきれない。
だから、いつものような軽口を挟んで場をかき回すことができず、声はやや遠慮がちになる。
「あ、あのさ、ヴァルナってドラゴンになれるんだよね? 師匠としては今の見た目で外に出るのが許されないってだけで、例えば……小さいドラゴンになったらどうかな? 肩の上に乗るくらいの。ほら、昔どこかでそういう人いたじゃん」
ロランドがぎろりとシクロの顔に視線を移す。
シクロは内心びくりとしたが、ロランドはすぐに目を閉じ、少し考え込んだ。
「……できるか? できるなら外に出てもいいし、服も売らないでいてやる」
ヴァルナに問いかける。おそるおそる頭を上げ、ロランドの顔を見上げた。
「で、できる! 見ておれ!」
言うが早いか、ヴァルナの身体を淡い光が包む。
次の瞬間、その場に子猫ほどのサイズのドラゴンが鎮座していた。
肩に乗っても負担にならないほどの大きさだ。
「どどど、どうじゃ!? これなら文句ないじゃろ!」
「げ……ボクと戦った時と同じ見た目だ……でもこれくらいのサイズだったら可愛いかも……」
その言葉に反応して、ヴァルナが小さく「ふん!」と鼻を鳴らす。
青銀の翼をぱたつかせ、ふわりと宙に浮くと――次の瞬間、勢いよくシクロの肩へ飛び乗った。
「うわっ!? ちょ、近い近い!」
ヴァルナはシクロの頭に半分隠れるようにして、ちらりとロランドの方を睨む。
金の瞳が、抗議の光を宿していた。
声も今は少し高く、どこか幼い響きを帯びている。
「これなら誰にも怪しまれんじゃろ!」
シクロの頭の上で小さく胸を張るその姿は、もはや竜王というよりペットの小動物だ。
そのコントラストに、ロランドは一拍だけ無言になり――やがて鼻から乾いた笑いを漏らした。
「……はっ。まぁ、仕方ねぇか。服も返してやるから勝手にしろ」
そう言って肩をすくめると、小竜ヴァルナは勝ち誇ったように尻尾をパタパタと揺らした。
シクロは困ったように笑いながら、その頭をそっと撫でてやる。
「よかったね」
「ぬううう・・・今回ばかりは礼を言うぞ小娘・・・」
「仲良くしてやれよ、クソバカドラゴン。」
「誰がクソバカじゃーっ!!」




