22話 ドラゴン危機一髪2
「え〜、という訳で。今日から仲間になる、クソバカドラゴンことヴァルナさんだ。仲良くするように。」
「いや意味わかんないんだけど!? 起きたら部屋に大穴空いてるし! 隣でヴァルナが寝てるし!」
「誰がクソバカドラゴンじゃ! 竜王じゃぞ儂! 幾らご主人と言えども不敬じゃ不敬!」
「ご主人って何!? ボクの知らない間に何かしたの!?」
「うるせぇ!! 何もしてねぇ!!」
朝である。
結局昨夜は女将と向かいの部屋の宿泊者に平謝りして乗り切ったが、部屋の惨状については「大型の鳥モンスターが入って来てすぐにどこかへ去って行った」と苦しい言い訳をする羽目になった。
幸いにも、宿の自室に向かって空から何かが突っ込んだ現場を目撃したという証言を複数得られたので大した咎めはなかったが……実際はヴァルナが部屋を破壊したという事実がある。
自責の念と疲労が入り混じり、ロランドは散らかった部屋の掃除を始めた。
手を動かしていないと、余計な思考に飲まれそうだった。
気がつけば、一晩経っていた。
窓の外では鳥が鳴いている。寝不足の目が焼けるように重い。
ちなみにヴァルナは言いつけ通りどこかに隠れていたのだが、ロランドが掃除をしていたら、いつのまにかシクロの隣で寝ていた。「積もる話がある」などと抜かしていた気がするが??
ムカついたが、起こすのが面倒くさいと思ったのでそのままにした。
「ボク、数日前に命懸けで戦った相手と一緒にいるの嫌なんだけど……それに、言いづらいんだけど……」
「なんだよ」
シクロが珍しくもごもごと、本当に言いづらそうに言い淀む。
「けっこう、その……人を殺してるのも、目の前で見ちゃったし……」
ミューレの街の話か。
ごもっともな意見ではある。
「俺も快楽殺人鬼みたいなやばい奴だったら連れて行かねえし、そもそも生かしておくつもりもねぇよ」
「いやー……傍から見ても、けっこう快楽殺人鬼だったと思うけど……」
笑いながら街の兵士や冒険者を一人ずつ始末していく姿は、確かに猟奇的だった。
だが――。
「確かにヴァルナは急に街を襲うという暴挙をしでかしたが、そもそも魔王軍の幹部という立場上、それ自体は“間違った行動”じゃない。あいつにとっては職務の一環だ。
それに、戦って殺した相手も、全部が武装した兵士や冒険者――つまり“戦うためにそこにいた人間”だ。
無抵抗な住民を狙ったわけじゃねぇ。戦士としての筋は、一応、通ってる」
ロランドは淡々とした口調で言い切った。
そこに擁護の色はない。ただ事実を並べただけの声。
ヴァルナが血塗れの戦士であることも、狂気と紙一重の存在であることも理解している。
けれど、ロランドにとって魔族だとか人間だとか、どちらが善でどちらが悪かなんてどうでもよかった。
あの場で果敢にヴァルナへと立ち向かった戦士達は、自らの意志でそう動いた。その結果、殺された。
それだけだ。
今回はたまたま“そうなった”だけの話だが。
ヴァルナの性格からすりゃ、無抵抗の人間を虐殺することに抵抗も躊躇もないだろう。
でも――それは“起きていない”し、“見てもいない”。
ロランドからすれば、ヴァルナは仕事に失敗しただけの奴に過ぎないのだ。
「つまり……どういうこと?」
「手元に置けないほどの極悪人じゃないってことだ。俺達から見た視点だけでの話になるがな」
「ほんとかなぁ……」
シクロはやや懐疑的な面持ちで眉をひそめる。
(ほんとは勇者の小娘を空から叩き落とした時にブレスで街ごと吹っ飛ばすとこだったんじゃがの)
あの時、シクロの挑発に乗らなければこの現状も招かずに済んでいたのは確かであるが、今更過ぎた事を悔恨の念に駆られるつもりなどヴァルナには無い。
「儂はご主人の采配には逆らえんしの。好きにしてくりゃれ。というか、結局儂を引き込むって事前に伝えてなかったんか?」
「いちいち相談なんかして、こいつに決定権があるなんて思われたくないからな。改めて言っておくが、この旅は俺の為の旅だ。こいつは付き纏ってるだけだ」
「またそんなこと言って! ボク泣いちゃうよ!」
「泣くなら外でやってこい」
「徹底しとるのお~」
「ガキは図に乗ると面倒だからな」
ヴァルナがへらへらとロランドと会話しているのが、何か楽しげに見えたのか、シクロが唇を尖らせた。
「あと、師匠と二人きりじゃなくなるのが嫌!!」
「なんじゃ。勇者殿は随分と狭量なんじゃのう」
「きょうりょ……? 難しい言葉使わないで! バカのくせに!」
「誰がバカじゃ!!」
うるさ。
やいのやいのとシクロがヴァルナと言い争いを始めると、宿の一室が、まるで酒場の昼下がりみたいな喧噪で満たされる。
ロランドは両耳を塞ぎたくなった。
この二人の相性は、想定を遥かに超えて悪い。
というか、この二人の掛け合いがロランドにとって相性が悪い。見ているだけで頭痛がする。
「ぶっちゃけ俺は出来れば一人が良いから、お前ら二人とも消えてくれた方がありがたいんだが……」
喧々諤々と騒ぐ二人から目を逸らし、ロランドは呟くように本音を吐き捨てた。
(そういう訳にもいかなくなったしな……)
思い出すのは、昨日の“緑の少女”。
あの存在がヴァルナの件を知っていた時点で、魔王側の者だと判断している。
だからこそ、戦力としても人質としても、ヴァルナを手元に置いておく価値がある。
──そう考えていた。
だが同時に、胸の奥に鈍い不安が沈殿している。
「おい、ヴァルナ」
「なんじゃ?」
「竜王軍の拠点に戻って、四天王を抜けて俺達に付くって宣言したって言ってたよな」
「言ったぞ! それ以外余計な事は言っておらん! 偉かろ!」
そもそもロランドは「四天王を抜ける」とか何とか適当に言って、陣地を壊滅させろ、としか指示してなかった。軍の長がいきなり職務放棄して自分達の拠点をぶっ壊し始めたら、確実に部隊は混乱を極めるだろうから。
万が一、魔王軍に追われる事にでもなるとしたら、その先兵は竜王軍になる事を見越しており、少なくとも追っ手の初動は鈍ると踏んでの指示だったのだが。
(余計なことの極みだな……)
"壊滅させろ"という指示にしても、ヴァルナは部隊を「呪縛の咆哮」で全員動けなくしただけで帰って来やがった。
これはヴァルナが"これでこの拠点は機能不全になった"と判断したからだ。
だが、そこまで明確な指示を出さなかったのは自分の落ち度だ。
ドミナスレイヴの効果が正しく働いているなら、ヴァルナは「命令の範囲内」で行動している。
「余計なこと」と彼女が思っていなければ、「これで壊滅させた」と彼女が思っていれば、それは命令違反ではない。
……まぁ、今回は「そういったことが起こりうる」と判っただけ収穫だと思うようにしよう。
冷静に、現状を整理することだけに集中する。
「で、だ。魔王はお前を取り返しに来ると思うか?」
「いや〜、普通にぶっ殺しに来るじゃろうな。生け捕りにして魔王の下まで連れてかれて、直々に処刑されると思うのじゃ。嫌じゃの〜〜〜」
何で自分の立場とか命の話をしてるのに、こんなにノリが軽いんだ、こいつは。
軽く眩暈がしそうになるのを堪えて、もう少し話を掘り下げることを試みる。
「それはお前が俺の力で操られていると判明したとしてもか?」
「操られていい様にされるような無能を助ける義務は無いと思うのう。儂でもいらんな、そんな奴」
「今のお前がその無能そのものだって判って言ってんのか……」
「ふははは! 誰が無能じゃ!!!!」
情緒がおかしいよこいつ。
ロランドは思考を止めた。
もう、ツッコミを入れる気力もない。
だが一つだけ確定した。
ヴァルナは人質として機能しない。
もし魔族の追手が来たら、このバカを含めて一緒に殺しに来るだろう。
「つーか何で魔王軍相手とコトを構える前程になってんだよ……」
「どしたの師匠?」
顔を覗き込んできたシクロの瞳が、悪びれもなく澄んでいた。
この状況を招いた原因の一角であることを、彼女は多分一ミリも自覚していない。
ロランドは眉間を押さえた。
──こうなったのも、ヴァルナを倒そうなどと言い出したこいつのせい。
最終的に乗った俺も悪いが……突き詰めれば、街を襲ったヴァルナが悪い。
責任の連鎖は、ぐるぐると回って戻ってくる。
結局、どこかに必ず自分の顔が混ざってしまうのだ。
だからもう、考えるのをやめた。




