表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神魔の隷王  作者: 地下渓谷


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/35

20話 緑の少女

(このペースなら、予定より多く捌けるかもな……)


表情は相変わらず無愛想だが、上機嫌で次の品物を荷台から取り出して並べていると、いつの間にか少女がひとり、店の前に立って品物を物色していた。


緑色の髪にワンピース姿。素朴でありながら、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。

背丈はシクロと同じくらいか、それより少し小さい程度だった。


一応、子供向けのおもちゃなども置いてはいるため、ロランドは特に気に留めずに作業を続けた。

だが、手に取った背嚢がつい滑り落ち、中の物が少し転がり出てしまう。


「おっと、いけねぇ……」


飛び出した物を拾おうとした瞬間、少女が声をかけてきた。


「ねぇお兄ちゃん」


「……あ?」


「その水晶玉、手に取って見てみてもいい?」


盗掘団から奪ったアイテムのひとつ。

詳細不明のオーブ――遺跡の宝には違いないが、未鑑定であり値もつけられない。

どこか大きな街に寄った際に鑑定してもらうつもりでいた。


(試しに並べてみて、物好きな貴族が白金貨でも出せば即売りだが……)


「あー……ダメだな。売りもんじゃねえ」


「えーっ! いいじゃんいいじゃん!」


「ダメなもんはダメだ。ガキと遊んでる暇はねぇ。何も買わねぇならどっか行け」


「お願いお願い! お金払うから! ほら!」


少女は銀貨を一枚取り出し、ずいとロランドに突き出した。

銅貨十枚で銀貨一枚、それが十枚で金貨、さらに十枚で白金貨。

銀貨一枚あれば、ロランドの朝食が一週間分は賄える。


珍しいものを触るためだけにそんな金を出す無鉄砲さに、ロランドは過去に見た身内の“浪費家”を思い出して気が滅入った。


「……いらねぇよ。はぁ、見ていいから早くしまえ。ったく、金出せば何でも片付くと思ってんじゃねぇぞ」


ロランドはため息をつき、渋々オーブを手渡した。


「あはっ♪ ありがとう!」


少女は嬉しそうに笑い、光を放つオーブを掌の上で転がした。

風に揺れる淡い緑髪。ひらひらとした服装。

どこかの令嬢だろうが、付き人の姿は見えない。見えぬ位置に控えているのか、それとも――。


「わぁ……ふふっ。とても綺麗」


目を細め、掌の上でころころと転がして輝きを眺めている。

ロランドは呆れ気味に思う。

(ガキってのは、何が楽しいのか分からねぇ行動ばかりする。シクロもそうだ……いや、あいつはもっとタチが悪い)


「……はいっ、楽しかったよ!」


「そいつはどーも……」


ロランドは無愛想に受け取り、背嚢へと放り込んだ。


「ねぇ、お兄ちゃんはどこから来たの? 旅の人? 前はどこにいたの?」


「あぁ? ……どこでもいいだろ。旅のもんにはそういうの軽々しく聞かねぇほうがいい。答えたくねぇヤツも多いからな」


「わ! これも面白い! ねぇねぇ、これはどこで拾ったの? 買ったもの?」


「聞けよ……」


少女はすでに次の興味へ移っていた。

外側に並べた工芸品を弄び、さっきの会話などもう忘れた様子だ。


(……これだからガキは嫌いだ。ペースが乱れる)


ため息を吐き、頭を抱える。

シクロと旅している時も、結局こうだった。

単純に、ロランドは子供という生き物が苦手なのだ。


そんなことを考えていた時、ふと少女と目が合う。

貼り付けたような薄い笑顔。だがその瞳は、明らかにロランドの内側を覗いていた。

一瞬、ぞくりとする。


「ねえ、ヴァルナを倒したのって、お兄ちゃん?」


きゅっ、と。


心臓が縮んだ音が鳴った気がした。

思わず目を見開く。


少女は屈んだ姿勢で頬杖をつき、穏やかに笑っている。

だが、その奥の意図までは読み取れない。

ただひとつだけ確信できる。

もしこいつが“やる気”なら――自分は一瞬で殺される。


「……何のことだ?」


乾いた喉で声を絞り出す。

しらを切ったつもりだが、無意味だと直感する。

空気が冷たくなった。嫌な風が、背中を撫でる。


「風がね、教えてくれたんだ。ヴァルナを――あの子を倒した人が、ここに来てるって」


幼い笑みの裏に潜む、ぞっとするほどの妖艶。

その瞳の奥には、人間とは違う何かが蠢いていた。

あの時――竜王ヴァルナが目を光らせた直前の、あの“異形の器官”が、彼女の奥に重なって見える。


この少女は、間違いなく“同じ側”の存在だ。


少女は笑みを絶やさぬまま、ゆっくりと立ち上がった。

その動作ひとつひとつが、村のざわめきから切り離されたように静かだ。


「ねぇ、気付いてる? 感じてる? 今、とても素敵な風が吹こうとしてるの。

あたしの立場としては、その風は堰き止めなきゃいけないんだぁ。虫をね、こう……ぷちって潰すみたいに」


地面を這っていた小虫を、言葉通り踏み潰す。

ただそれだけの仕草が、ロランドの背筋を凍らせた。


「ふふ……でもね、あたしは風が好きだから。もう少し眺めてようかなって思ってるの」


少女はロランドの露店の品を踏みつけながら、まっすぐに歩み寄る。

世界が止まる。息が詰まり、身体が動かない。


「そうだなぁ……私が死んじゃうくらいに大きくて激しい嵐になってほしいな。だって、その方が楽しそうでしょ?」


至近距離で、エメラルドグリーンの瞳が覗き込む。

その奥に、確かに“無間の闇”があった。


今、目の前にいるのは――


「コラーーーッ!!」


耳を裂くような大声が響き、ロランドの身体が後ろへ引き戻される。

闇に呑まれそうだった意識が、一瞬で現実に叩き戻された。


背後から抱きつくようにロランドを引っ張るのは――顔を真っ赤にしたシクロ。


「ひ、ひ、人の師匠に何しようとしてんだクソガキー!!

ボクもまだシてないのに勝手なことは許さーん!!」


あまりに唐突で、あまりに馬鹿馬鹿しい声だった。

だがその無遠慮な音が、完全に“異界の空気”を吹き飛ばした。


周囲の露店の人々も何事かと振り向く中、

緑の少女は耳を塞ぎ、眉をひそめた。


「おい……落ち着け、少しは静かにしろバカ……」


「師匠は黙ってて! やいやいやい!!

ボクの目の黒いうちは師匠にえっちなイタズラは許さないぞ!

わかったら早くどっか行っちゃえクソガキ! べぇー!!」


「ク、クソガキはテメェだ! ……くっ、力強っ……!」


ロランドは引き剥がそうとするが、全くびくともしない。

この子供の腕のどこに、こんな力が隠れているのか――存在自体が理不尽だった。


その様子を見ていた少女は耳から手を離し、一拍おいて笑い出した。


「……っふ、あはは! やっぱり面白いあなたたち! うん、いいよ! すごくいい!」


さっきまでの不気味さが嘘のように、無邪気な笑い声を上げる。

しかしロランドは、その笑いを見ても警戒を解かなかった。

(……単にシクロの腕が苦しいってのもあるが)


「……で、誰だよテメェはよ」


「あはっ」


ロランドの低い声に、少女は小さく息を吐くと――


「ひ・み・つ❤」


小悪魔のような笑みを浮かべた瞬間、爆ぜるような突風が走った。


「ぐぅっ……!」


「わわっ! べーっぺっぺ! 口に砂入っちゃった!」


風が渦を巻き、砂埃と紙屑、木屑が乱れ飛ぶ。

露店の品々が吹き上げられ、混沌の一瞬が過ぎ去る。


風が止んだ時には、少女の姿はもういない。

しかし───。


「今は、ね」


確かに耳元で、消えた少女の声色でそう囁かれたのが聞こえた。


「……なんだってんだ、クソが」


その悪態だけが、風の余韻に混ざり、流れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ