20話 緑の少女
(このペースなら、予定より多く捌けるかもな……)
表情は相変わらず無愛想だが、上機嫌で次の品物を荷台から取り出して並べていると、いつの間にか少女がひとり、店の前に立って品物を物色していた。
緑色の髪にワンピース姿。素朴でありながら、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
背丈はシクロと同じくらいか、それより少し小さい程度だった。
一応、子供向けのおもちゃなども置いてはいるため、ロランドは特に気に留めずに作業を続けた。
だが、手に取った背嚢がつい滑り落ち、中の物が少し転がり出てしまう。
「おっと、いけねぇ……」
飛び出した物を拾おうとした瞬間、少女が声をかけてきた。
「ねぇお兄ちゃん」
「……あ?」
「その水晶玉、手に取って見てみてもいい?」
盗掘団から奪ったアイテムのひとつ。
詳細不明のオーブ――遺跡の宝には違いないが、未鑑定であり値もつけられない。
どこか大きな街に寄った際に鑑定してもらうつもりでいた。
(試しに並べてみて、物好きな貴族が白金貨でも出せば即売りだが……)
「あー……ダメだな。売りもんじゃねえ」
「えーっ! いいじゃんいいじゃん!」
「ダメなもんはダメだ。ガキと遊んでる暇はねぇ。何も買わねぇならどっか行け」
「お願いお願い! お金払うから! ほら!」
少女は銀貨を一枚取り出し、ずいとロランドに突き出した。
銅貨十枚で銀貨一枚、それが十枚で金貨、さらに十枚で白金貨。
銀貨一枚あれば、ロランドの朝食が一週間分は賄える。
珍しいものを触るためだけにそんな金を出す無鉄砲さに、ロランドは過去に見た身内の“浪費家”を思い出して気が滅入った。
「……いらねぇよ。はぁ、見ていいから早くしまえ。ったく、金出せば何でも片付くと思ってんじゃねぇぞ」
ロランドはため息をつき、渋々オーブを手渡した。
「あはっ♪ ありがとう!」
少女は嬉しそうに笑い、光を放つオーブを掌の上で転がした。
風に揺れる淡い緑髪。ひらひらとした服装。
どこかの令嬢だろうが、付き人の姿は見えない。見えぬ位置に控えているのか、それとも――。
「わぁ……ふふっ。とても綺麗」
目を細め、掌の上でころころと転がして輝きを眺めている。
ロランドは呆れ気味に思う。
(ガキってのは、何が楽しいのか分からねぇ行動ばかりする。シクロもそうだ……いや、あいつはもっとタチが悪い)
「……はいっ、楽しかったよ!」
「そいつはどーも……」
ロランドは無愛想に受け取り、背嚢へと放り込んだ。
「ねぇ、お兄ちゃんはどこから来たの? 旅の人? 前はどこにいたの?」
「あぁ? ……どこでもいいだろ。旅のもんにはそういうの軽々しく聞かねぇほうがいい。答えたくねぇヤツも多いからな」
「わ! これも面白い! ねぇねぇ、これはどこで拾ったの? 買ったもの?」
「聞けよ……」
少女はすでに次の興味へ移っていた。
外側に並べた工芸品を弄び、さっきの会話などもう忘れた様子だ。
(……これだからガキは嫌いだ。ペースが乱れる)
ため息を吐き、頭を抱える。
シクロと旅している時も、結局こうだった。
単純に、ロランドは子供という生き物が苦手なのだ。
そんなことを考えていた時、ふと少女と目が合う。
貼り付けたような薄い笑顔。だがその瞳は、明らかにロランドの内側を覗いていた。
一瞬、ぞくりとする。
「ねえ、ヴァルナを倒したのって、お兄ちゃん?」
きゅっ、と。
心臓が縮んだ音が鳴った気がした。
思わず目を見開く。
少女は屈んだ姿勢で頬杖をつき、穏やかに笑っている。
だが、その奥の意図までは読み取れない。
ただひとつだけ確信できる。
もしこいつが“やる気”なら――自分は一瞬で殺される。
「……何のことだ?」
乾いた喉で声を絞り出す。
しらを切ったつもりだが、無意味だと直感する。
空気が冷たくなった。嫌な風が、背中を撫でる。
「風がね、教えてくれたんだ。ヴァルナを――あの子を倒した人が、ここに来てるって」
幼い笑みの裏に潜む、ぞっとするほどの妖艶。
その瞳の奥には、人間とは違う何かが蠢いていた。
あの時――竜王ヴァルナが目を光らせた直前の、あの“異形の器官”が、彼女の奥に重なって見える。
この少女は、間違いなく“同じ側”の存在だ。
少女は笑みを絶やさぬまま、ゆっくりと立ち上がった。
その動作ひとつひとつが、村のざわめきから切り離されたように静かだ。
「ねぇ、気付いてる? 感じてる? 今、とても素敵な風が吹こうとしてるの。
あたしの立場としては、その風は堰き止めなきゃいけないんだぁ。虫をね、こう……ぷちって潰すみたいに」
地面を這っていた小虫を、言葉通り踏み潰す。
ただそれだけの仕草が、ロランドの背筋を凍らせた。
「ふふ……でもね、あたしは風が好きだから。もう少し眺めてようかなって思ってるの」
少女はロランドの露店の品を踏みつけながら、まっすぐに歩み寄る。
世界が止まる。息が詰まり、身体が動かない。
「そうだなぁ……私が死んじゃうくらいに大きくて激しい嵐になってほしいな。だって、その方が楽しそうでしょ?」
至近距離で、エメラルドグリーンの瞳が覗き込む。
その奥に、確かに“無間の闇”があった。
今、目の前にいるのは――
「コラーーーッ!!」
耳を裂くような大声が響き、ロランドの身体が後ろへ引き戻される。
闇に呑まれそうだった意識が、一瞬で現実に叩き戻された。
背後から抱きつくようにロランドを引っ張るのは――顔を真っ赤にしたシクロ。
「ひ、ひ、人の師匠に何しようとしてんだクソガキー!!
ボクもまだシてないのに勝手なことは許さーん!!」
あまりに唐突で、あまりに馬鹿馬鹿しい声だった。
だがその無遠慮な音が、完全に“異界の空気”を吹き飛ばした。
周囲の露店の人々も何事かと振り向く中、
緑の少女は耳を塞ぎ、眉をひそめた。
「おい……落ち着け、少しは静かにしろバカ……」
「師匠は黙ってて! やいやいやい!!
ボクの目の黒いうちは師匠にえっちなイタズラは許さないぞ!
わかったら早くどっか行っちゃえクソガキ! べぇー!!」
「ク、クソガキはテメェだ! ……くっ、力強っ……!」
ロランドは引き剥がそうとするが、全くびくともしない。
この子供の腕のどこに、こんな力が隠れているのか――存在自体が理不尽だった。
その様子を見ていた少女は耳から手を離し、一拍おいて笑い出した。
「……っふ、あはは! やっぱり面白いあなたたち! うん、いいよ! すごくいい!」
さっきまでの不気味さが嘘のように、無邪気な笑い声を上げる。
しかしロランドは、その笑いを見ても警戒を解かなかった。
(……単にシクロの腕が苦しいってのもあるが)
「……で、誰だよテメェはよ」
「あはっ」
ロランドの低い声に、少女は小さく息を吐くと――
「ひ・み・つ❤」
小悪魔のような笑みを浮かべた瞬間、爆ぜるような突風が走った。
「ぐぅっ……!」
「わわっ! べーっぺっぺ! 口に砂入っちゃった!」
風が渦を巻き、砂埃と紙屑、木屑が乱れ飛ぶ。
露店の品々が吹き上げられ、混沌の一瞬が過ぎ去る。
風が止んだ時には、少女の姿はもういない。
しかし───。
「今は、ね」
確かに耳元で、消えた少女の声色でそう囁かれたのが聞こえた。
「……なんだってんだ、クソが」
その悪態だけが、風の余韻に混ざり、流れていった。




