18.5話 シクロのドキドキ小作戦
あまり飲みすぎたつもりは無かったが、普段酒を嗜まないロランドにとって、足元が危うくなる程度には酔ってしまった。
酒場の喧騒を背に、頭を抱えながら二階への階段を登り、自分の部屋の扉を開けると、シクロが寝間着姿で頬を膨らませてベッドの上で座っていた。
「……おかえり」
「まだ寝て無かったのか……相変わらずジジイやガキ共にはよくしゃべるのに”大人”ってやつにはてんで駄目だな」
「むっ! 急に知らない人が出てきたらびっくりするに決まってるじゃん! そういう所ほんと気を遣ってくれないよね! ぷんぷん!」
「うるせぇ……」
「……? 頭痛いの?」
いつもの調子でシクロがぷりぷりと怒るが、ロランドは頭を押さえて腰を落とした姿勢のまま動かなくなった。
その姿を見てシクロが手早く部屋に置かれたポットからコップへ水をなみなみと注いで渡すと、ロランドはそれを無言でコップを受け取ってゆっくりと水を飲み干した。
「……助かる」
コップから口を離し、一息ついてからロランドが短くそう言ったのを聞いたシクロは、驚くように目を丸くした。
いつも通りのそっけない態度だが、素直に礼を言うなんて! 中々無い! レア!!
隙在らばとばかりに、すすす……と距離を詰め、ぴたりと身体を密着させる。
普段であれば「離れろ」とだけ言って一蹴されるところだが、今なら少しの猶予が……猶予……。
(ノーガード……!?)
酒の力か、判断力が鈍っているロランド。明らかに様子がいつもと違う。
今しかないとばかりに、シクロの頭がフル回転する。
「し……師匠……服……そのままだと良くないから脱いだ方がいいと思うなぁ……」
「ん……あぁ、そうだな」
(ひゃあ~~~~~!!?)
シクロの言葉に素直に従って、その場で身に着けていた装備を外し始め、あっという間にズボンとシャツだけの姿になって朦朧とした面持ちでベッドに腰かけた。
ロランドは正統派な戦士とはかけ離れている故に筋肉隆々といったわけでは無いが、こうやって宿の中で気を抜くでもしない限りは常に様々な道具や武器を携帯している。それらの重量は決して馬鹿にならない。
その為、冒険者として恥じる事のない、鍛えられた体つきをしていた。それはシクロにとって、とても目に毒だった。
(師匠……えっち過ぎる! えっち過ぎるよぉ〜〜〜!)
二人で旅をしている以上、互いの身体を見てしまう事なんて数え切れないほどあったが、この様に至近距離で見るのはシクロにとっては初の事態である。
指の間を全開にした掌で顔を覆い隠してロランドの身体をガン見するシクロだったが、ふと我に返って棚からタオルを取り出し、水道で濡らして絞ると、おずおずと口を開いた。
「か、かか、身体、拭いてあげる、よ! 汗とか、ほら、拭かないまま寝るのは、そう、良くないから!」
「ん……頼む」
流石にこれは攻め過ぎか……? と不安が頭をよぎったが、顔を伏せたまま拒否することも無く返事をするロランドの姿にシクロの脳は爆発寸前となる。
(こ、こんなのもう、"同意"じゃん……!)
何を同意するというのか。
顔を真っ赤に染めながら、シクロはシャツをめくってロランドの背中を拭いていく。そこには点在する細かな傷痕。控えめながら、確かな歴戦を感じさせるその背中を、シクロは無言で見つめ続けた。
「ふぅ……ふぅ……師匠の……おっきくて疲れちゃう……んっ……」
もちろん背中の話である。疲れるのは腕。
なおシクロの体力及び腕力は超人の域なので疲れるのは気のせいだし、このシチュエーションに翻弄されているだけだ。
「まっ、まえ、前! 前もやるねっ」
「ああ……」
そういうとロランドは仰向けになってベッドに倒れ込む。
普段見られない、完全に油断した姿。シクロはギリギリの理性でそれを受け止める。
「しつ、しつっ……失礼しまぁ〜す……」
声が自然と敬語になってしまうほど緊張しながらも、シャツの下にタオルを潜り込ませる。
「はぁ……はぁ……すご……師匠のここ、カチカチでテカテカしてるよ……」
腹筋がね。カチカチしてるね。テカテカしてるのは汗がね。
自分の身体と全然違う、けれど確かな肉体の存在を確かめる様にタオルを滑らせる。やがてその位置は胸の辺りに昇っていき、ある部分を擦ったと同時にロランドの声が漏れた。
「う……」
一瞬シクロの脳内が白くなる。
無意識に自分の体で今どこに触れたのかを確かめた。
胸の、先端。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
この時点でシクロの理性は完全に吹き飛んでいた。
タオルを脇に放り投げ、ロランドに覆いかぶさる。
(ちゅーしたいちゅーしたいちゅーしたいちゅーしたい…………する!! ちゅーを、する!!)
顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせながら今にもロランドに襲い掛からんとする勇者の少女がそこにいた。
唇を尖らせ、身体をぴったりと寄せて破裂しそうな心臓と共に顔をロランドに近付ける……。
「……くさっ!!」
跳ね上がる様にシクロがベッドから転がり落ちた。
どんがらがっしゃーんとでも鳴りそうな勢いで床に転がる。
酒の匂いである。
ロランドの名誉のために補足しておくが、本人の体臭や息の匂いではない。純粋に、酒のにおいだ。
(……ボク、何して……いやほんとに何してんだろ)
床に倒れ込んでしばらく、先ほどの高ぶりが嘘のように引いていた。
心臓のドクドクとした鼓動はまだ残っていたが、それは羞恥と後悔から来るものである。
「……う~~~~!!」
頭を抱えたままジタバタとうずくまり、シクロは全身で悶えた。
それでも、ふと耳を澄ませば、ベッドからはロランドの静かな寝息が聞こえていた。
「寝てる……よね? 今の覚えて無いよね? ね??」
静かに眠るロランドの近くまで寄って、確認する様に聞くが、返ってくるのは寝息のみ。
はぁ~~~、と、安堵と不満がない交ぜになった大きなため息がシクロから漏れ出た。
念のため指先で頬を何度かつつくが、反応は無い。
「……ばか。ばかししょー」
ぶつぶつと小声で呟きながら、ようやく床から立ち上がる。
転げ落ちたときにタオルが床に落ちていたのを拾い、きちんと水洗いしてから棚に戻す。
ロランドの方をもう一度だけちらりと見る。
寝ている。
まるで何事もなかったかのように、静かに寝ていた。
(……よかった)
そう思うと同時に、どこか少しだけ寂しさもあったけれど、いまはそれ以上考えないようにして、シクロは部屋の明かりを消して自分のベッドへと戻り、毛布をめいっぱい引っ張って体に巻きつけ、頭まで潜り込み……また頭を出してロランドの方を向いた。
「――おやすみ」
そう言って目を瞑った。
二人の間には微妙な温度が漂ったまま、静かに夜は更けていった。




