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神魔の隷王  作者: 地下渓谷


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18話 風祭りの村3

「お前、出店で結構食ったんじゃねーのか。晩飯なんか食わなくていいだろ。早く部屋戻って寝ろよ」

「全然足りない! それに出店と食堂じゃ出る食べ物も全然違うんだから!」


 胃に入れば何でもいい......とは言わないが、旅の醍醐味にはやはりその土地ならではの食事も含まれる。これはロランド自身も同意するところで、大半の冒険者にとっても同じような楽しみのひとつだろう。


 時刻は夕暮れ。露店も一通り見て回り、明日の準備も済ませたロランドとシクロは宿の一階にある酒場で夕食を取っていた。

 木造の梁がむき出しになった天井の下、灯りは吊るされたランタンとカウンターの奥で揺れる暖炉の火。ほの暗い照明のなか、酒と料理の匂いに満ちた店内では、冒険者らしき男女や地元の客が談笑し、ところどころで笑い声が上がっている。


 二人の座る丸テーブルには、鳥のから揚げや村の野菜を使ったサラダ、分厚いパンの籠が並んでいた。大人と子供の二人分にしてはやや多い量だったが、ロランドもシクロも手を止める事無く口を動かしていた。


「てか、やった小遣い全部使い切ってんじゃねえよ」

「あれ少なかったんだけど! ボクが活躍して稼いだ分、まだ沢山あるでしょ!?」

「一回でやる金額なんぞ調節してるに決まってるだろ......」


 そう言ってロランドは溜息をついた。

 思い返すのは、シクロがまだロランドに付き纏い始めたばかりの頃。

 シクロが勝手に攻略したクエストの報酬をロランドに寄越してきたことがあった。

 子供相手にそんなものは受け取れない、自分で管理しろと突っぱねた翌日、その金は跡形も無く消えており、飯や菓子に使ったか、或いは落としたか、結局「使ってたら無くなった」と言われて終わった。


 自分の金では無いとは言え、先行きの見えない冒険者達にとって重要な生命線である金を思いのままに使ってしまうのを見せつけられるのは愉快な気持ちでは無い......というか、不安になる。

 それ以来、ロランドはシクロの金銭管理を一手に引き受ける羽目になっていた。


「お前は金遣いが荒い......というか金の使い方を判ってないからな。もうしばらくは俺が財布のひもを握る」

「ぶーっ! いっつも変なガラクタ買ってる師匠の方がお金の使い方おかしいと思います!」

「俺はそこ以外に金使ってねえから良いんだよ......ん、これ旨いな」


 何かの肉を噛みしめるロランドの言葉に、シクロがぴくりと反応する。すかさずフォークを手に取り、肉を刺してロランドの口元へと差し出す。


「はい、あ~ん......」

「......やめろ」


 じゃれつくシクロの顔を手で押しのけていると、入口から扉の開く音が聞こえ、こちらへ向かってくる男の声が響いた。


「おう! 遅くなっちまったな! ......何やってんだ?」

「!?」


 シクロがびくりと肩を跳ねさせてフォークを取り落とす。だがロランドは素早くキャッチし、そのまま肉を口に運んだ。

 やって来たのは、先ほど露店通りで出くわした男、ガレンだった。彼は驚いたようだったが、顔をしかめて小指を立てながら問いかける。


「ロランドお前......いつのまに子供が......いや、妹か? まさかとは思うが”コレ”じゃないよな......いや俺は歳の差も悪くは無いと思うが......」

「くだらん話をするつもりなら付き合わんぞ」

「いやぁははは、冗談だよ。すまねぇな嬢ちゃん、ロランド借りるぜ?」


 シクロはガレンの姿を見るなり、さっとロランドの背中に隠れた。テーブルの脚の影に小さく身を縮め、ひそひそと耳元で囁く。


「......誰? 聞いてないんだけど」

「言ってねえからな」

「言ってよ~~~~!! もう!」


 そう喚くと、テーブルの上の料理を自分の皿に乗せられるだけ乗せ、それを持ってシクロはそそくさと二階へと行ってしまった。階段を登る直前、ちらりとガレンの方を一瞥するも、渋い表情をしたまま去って行く。


「あー......何か悪いな?」

「いいんだよ別に。人見知りみたいなもんだ。それに酒飲む場にガキを置く訳にもいかんだろ......あぁ、すまねぇがエール二杯と食い物の追加を頼む」

「はいよ~!」


 ロランドが店員にそう声掛けすると、すぐに二人分のジョッキが運ばれてきた。

 中には黄金色のエールがたっぷりと注がれ、泡が静かにあふれている。


「へへ、おつかれさん」

「あぁ」


 そう言ってお互いのジョッキをかつん、と交わして口をつける。

 ガレンが豪快に喉を鳴らすのと対照的に、ロランドは少しだけ傾けて静かに飲む。

 酒場のざわめきは相変わらず続いていた。隣のテーブルでは若い冒険者が勝利の報告を大声で語り、奥のカウンターでは地元の老人たちが酒を片手に祭りの昔話を語っている。木製の床が軋むたびに、誰かが立ち上がったり、笑い声が弾けている。

 少ししてから追加の料理が机に並び、ロランドはそれを無言で手に取って口に運んだ。


「ぷはーっ! 護衛の仕事で暫く酒場で飲むなんて出来てなかったから染みわたるな! ......で、さっきのかわい子ちゃんは誰なんだよ。前会った時はいなかったよな?」

「勝手に付き纏って来てるガキさ。ここ二、三年ずっと着いてこられて迷惑してんだよ」

「その割には随分と仲良しに見えたが......」

「てめぇの目が腐ってるだけだろ」


「口悪ぃ~!」と笑いながらガレンがジョッキを大きく傾け、エールを飲み干して早々に二杯目を注文した。

 何がおかしいのか、と思いつつロランドも無言で酒を口に運ぶ。

 二人はそれからも他愛のない話を交わしながら、酒を少しずつ煽った。

 殆どガレンが一方的に喋っており、かつて依頼を共にした時と変わらない調子にロランドは少しうんざりしながらも慣れた様子で相槌を打つなどする。

 ふと、テーブルに新たな料理が運ばれたとき、ガレンがジョッキを弄びながらぽつりと漏らした。


「そういや......お前知ってるか? ここから近い......街......ええと、何て言ったっけ......」

「ミューレの街か?」

「それだ! さっき他所の冒険者の女の子と話してた時に聞いたんだけどよ」

「仕事しろよ......」

「まぁそれは良いじゃねえか。で、あの街に魔王軍が強襲を仕掛けたらしいな。しかも昨日! お前今日の昼くらいにここに着いたんだろ? もしかしてミューレから来たんじゃないか? だったらなんか知ってるか?」


 ロランドは短く、そして迷いなく答える。


「知らんな」


 嘘ではない。語るつもりがないだけだ。

 そう断言し、ジョッキに口をつけるロランドにガレンは「そうか......」とだけ返す。

 エールを軽く喉に流し込んで口を離してからロランドは小さく息を吐いた。昨日の今日だというのに、あの街での戦いが、もうここまで回っているとは。

 ミューレの街では、ヴァルナという魔族――否、四天王の一角と直接対峙し、打倒したばかりである。厳密には、シクロの戦いと言って良いものだったが......一人で強大な魔族と渡り歩いたその姿は”勇者”の称号に相応しい物だっただろう。

 きっとそう遠くない内にシクロの名は世界に広まる。


「......面倒だな」

「ん? なんか言ったか?」

「いや......」


 勿論、自身の能力”ドミナスレイヴ”を見られていないかも気がかりではあったが、騒ぎの絶頂であった時計塔、それも砂埃が舞い視界が不明瞭な中での発動とあれば、人の目など気にしても仕方が無い。

 ロランドはこの能力をシクロ以外には一切教えていない。シクロにも、条件が合えば相手を操れる、といった曖昧な表現で誤魔化している。

 これまで”実験”と称して使用した女は何人もいたが、少なくともこの能力について詳細に語った事は、誰にも無い。


 ロランドは空いた皿を少し脇に寄せた。ガレンが気にも留めず、骨付き肉にかぶりつく音だけが一瞬の静寂を埋める。


(長居は得策では無い......か。明後日の朝には発ちたい。祭りが終わるまでは居るつもりだったが......)

「それにしても、魔王軍が動いてるってのが本当なら、いよいよ世界も騒がしくなってきやがったな」


 ガレンが骨を皿に投げ出して笑った。


「まぁ、俺には関係ないけどよ。依頼が増えるなら、ありがたい話だ」

「お前みたいな単純な奴が一番得する世の中だな」

「おうよ。悪く言われても、得は得だ」


 ガレンの笑い声に、ロランドはわずかに口元を緩めた。


「ま、せいぜい気をつけろよ。魔王軍ってんなら、次にどこが狙われるか分かんねぇからな」

「......忠告、どうも」


 ロランドはそう言って、最後のエールを飲み干す。ジョッキの底から見える灯りが、ゆらりと揺れていた。

 ――シクロという勇者を抱え、魔王軍四天王ヴァルナを隷属してしまった。

 選択肢を誤れば、平穏な旅とはかけ離れた物になってしまう。

 少しの酔いが回る頭で先行きの不安を憂う。


「んじゃ、俺はもう一軒寄ってから寝るとするわ。嬢ちゃんにはよろしくな。どうせ明日ガラクタ露店か何か出してるんだろ? また会いに行ってやるよ」

「冷やかしなら来るんじゃねえよ......じゃあな」


 ガレンは立ち上がり、酒の回ったややおぼつかない足取りで手を軽く振り、代金を置いて酒場から出て行った。

 ロランドは無言でそれを見送り、ガレンの置いていった銅貨に被せるように自分の分の代金を置いて、席を立ってから階段を登る。木の床が静かに軋み、背中に暖かな空気と笑い声が残る。

 二階に戻れば、シクロがやかましく何か言ってくるだろうが、無視して寝てやろうと思った。


(せめて村を出るまでは何も起きないといいが......)


 そんな願いを口に出すことなく、ロランドは階段を上がっていった。

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