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14話 いじめはだめだよ3

 焚火の明かりに照らされて、紅い輝きが青い羽根と細い尾に、この野営の場に似合わない豪奢な東洋風のドレスに混ざる。

 戦場では神々しさすらあったその姿も、今ではただ疲れている小娘にも見えた。

 ロランドは新しい干し肉を取り出し、齧りながら口を開く。


「幾つか聞かせてもらう」

「好きにせい」


 投げ槍に返してくるが、諦めた風の声色だ。先の様な威圧感はもう無い。


「四天王ってのは本当か?」

「嘘や見栄で魔王直属の配下を自称するなんぞ、命知らずにも程があると思わんか? とは言え、儂は新参者じゃがの。故に他の連中の話も大した事は話せんぞ」

「魔王とやらにも四天王にも関わるつもりは無いから必要ない。大体、お前の存在も俺からすればイレギュラーだからな。次だ。お前に部下はいるのか? いるとしたら、今どこにいる?」

「おるぞ。魔王より竜王軍を賜っておる。四天王なんて冠がついてはおるが、所詮は組織じゃから下の者がおるのは当然じゃな。ヌシらと戦った街から見て、西の方角……ヘイズ渓谷と言ったかのぅ。そこに陣を張っとるの」


 ロランドが少し考え込むように顎に手を当て、目を逸らす。

 焚火の火が爆ぜる音が、沈黙をも埋める。

 夜風が撫でるように吹き、ヴァルナの尾を少しだけ揺らした。


「街を襲った理由は? その軍を使って襲うつもりだったのか?」

「んにゃ、あれは本当に儂の暇潰しじゃよ。軍は西の国襲撃の準備じゃ。なんぞ部下共が作業だなんだと構ってくれんでの~、つまらんかったからつい飛び出して来てもうた」


 ……腕に自信のあるだけのバカだったのか……。

 このレベルでバカだったのは想定外だが、おおよそロランドの想像通りの展開になってきた。

 とすれば、()()()()()()()に持って行くのに苦労はしない。


「次だ。お前の配下にお前より強い奴はいるのか?」

「……? 居る訳無いじゃろ」


 そんな奴がいたら、ヴァルナが竜王を名乗る筈も無い。

 当然の回答。


「次だ。お前一人でそいつら全員と戦って勝てるか?」

「……待て」

「次だ」

「待たんか!!」


 焚火の光が、ヴァルナの瞳にギラリと反射した。


「お前一人でそいつら全員を殺すことは可能か?」

「貴様……!」


 押し黙る。

 目の前の人間が、自分より遥かに劣る生物が、底冷えするような恐怖を纏う怪物に見えた。


「道徳の時間だぜ、お姫様。人間の街であれだけ暴れたんだ。相応の報いを受ける時が来ただけと思えよ。最速の最善手で、お前自身の手で部下を皆殺しにする方法を答えろ」

「……儂の咆哮は呪縛の咆哮……ひとたび吼えれば全員動けぬ。耐性のある者なぞ部下にはおらん……動けなくした後、高所から息吹を放てば骨も残らん」


 答えたく無い。想像したくも無い。

 そう思っていても口が動き、否応でも最悪の情景を想像してしまう。

 ヴァルナの息が少しずつ乱れ、冷や汗が肌を伝う。

 お気楽なままに暴れまわった、自らの勝手が招いた現状を今更ながら酷く悔いた。


「ははっ、良いじゃねえか。なぁ、その顔は何だよ」


 言葉を選ぶ。

 言葉を選ぶ。

 言葉を選ぶ。

 このやりとりだけで、時の流れが無限にも感じた。

 ヴァルナの中の天秤が傾くなど、容易かった。


「……頼む、この通りじゃ、それだけは……儂がどうなろうと構わぬ。この身を好きに弄ぶも、気に入らなければ殺しても良い。ヌシの望む通りに辱めるといい。だが、儂の手で彼奴らを手にかけるのだけは……どうか……」


 目をぎゅっと瞑り、地に手を当てて頭を下げる。

 竜王が自らの誇りを捨て、部下の為に土下座をした。

 隷属の力によるものではなく、誇りの放棄を自らの意思で行わせる。

 プライドが高い奴ほどこれがよく()()のを、ロランドは知っていた。

 お仲間さん達の命と、自身(テメェ)の誇りを天秤にかけさせれば大概のやつは言う事を聞くようになる。そこだけ切り取れば、さっきの盗掘団の頭目もその手合いだった。

 悪党と言うのはえてして仲間意識が強い物なのだろうか。

 ――これが効かないとなれば恥辱によって尊厳を陵辱してやるか、スローペースで自傷させて心身共に確実に破壊する等、多少過激にしてやればいい。

 それを、()()()()()()()()と思い込ませる。そういう態度をとる。この辺はハッタリだが、ロランドはそのハッタリを通す演技力に長けていた。

 何故なら、それはドミナスレイヴを発動させる鍵でもあるから。事実、時計塔から飛び降りてヴァルナのレーザーで殺されそうになった直前も決して死を恐れるような振る舞いをしていない。あの場面でヴァルナにビビっていたら、この状況は作れていなかった。


(ま、この辺で良いか。小屋でガキも寝てる事だしな)


 シクロに気を遣ってやるのも癪だと感じたが、もうこれ以上ヴァルナを詰める必要も無い。


 暫しの静寂。


 火の勢いが弱まりつつあった焚き火に、無言で薪を継ぎ足す。すぐに乾いた枝葉に火が伝達し、パチパチと弾けたような音が響いた。


「――いいだろう。だが、少なくともお前には四天王を辞めてもらう」


 抑揚の無い、冷たい声で告げる。

 ゆっくりと、ロランドの表情を確かめるようにヴァルナが顔を上げた。


「四天王の座に元々執着は無いからかまわん。別に心から魔王に忠誠を誓っている訳でも無いしの」


 魔王直属の配下なのに、忠誠心が特に無くてもなれるのか……。

 まぁそれだけヴァルナの実力は魔族の中でも群を抜いているんだろう。ただ少し()()()()所があったというだけだ。

 部下の無事を自分のプライドより優先する辺りは下手な人間より善良だし、扱いやすくて助かった所はあったが。


「それと……部下連中を皆殺しにしろとは言わんが、ちょっとばかりやってもらう事はある」

「……承知した」


 ロランドは目を伏せることもなく、静かに指示を告げた。

 その言葉を聞いたヴァルナが目を丸くする。

 とても信じられないと言いたげな顔でこちらを見て、言葉を詰まらせる。


「何か言いたそうだな」

「いや……どのみち儂はもうヌシに逆らえんから構わんが……それでよいのか? その……勇者の小娘にも確認くらい取った方がいいんじゃないかのぅ」

「何で俺があいつに確認を取らなきゃならねんだよ」

「その、儂を操れるのも、あの小娘おっての事では無いんかの? ヌシらの関係がどういった物かは存じぬが……儂なりに気を遣ったまでじゃ」


 真っ当だ。

 シクロの力が無ければ、ロランドがヴァルナという強大な魔族を相手取る事なんて不可能だ。

 だから、こうやって偉そうにヴァルナを使役しようとしているこの現状は、ロランド自身もずっと気持ちが悪いものであった。

 それを、力で他を押さえつけるのを良しとするのが常である魔族から、直球では無いとはいえ確認させられ、さしものロランドも少し不快な気分になった。


「お前が気にする事かよ。さっさと行け」

「そういうもんかのぅ……」


 納得できていないのだろうが、無駄にロランドを刺激するのも良く無いと思ったのだろう。

 後は黙ったままロランドから、焚火から距離を取る。

 マントを翻して羽を広げ、一度大きく羽ばたくと重力を振り切るようにヴァルナの身体が大地から離れた。

 焚火の火が大きく揺らぐ。

 そのままヴァルナの姿は月明りに照らされながらも、すぐに夜の闇へと溶けて消えていった。

 ロランドはその姿を無言で見届けると視線を焚火の火へと戻す。


 暫くして背後から小さく、遠慮がちな足音が近付いてきたが、ロランドは振り向きもしないまま口を開く。


「寝てろって言っただろ」

「……ごめん」


 シクロが身を包む布を肩からかけたまま、ロランドの横に座る。

 自然な動作でシクロはその身を「ぽすん」とロランドの肩に預けるが、ロランドはそれを押しのけたり、抵抗はしなかった。


「……あの能力を使って何かしてる時の師匠、ちょっと怖いかも」


 歯切れの悪そうなトーンでシクロが言う。

 盗掘団とヴァルナとの間の出来事を、最初からずっと見て、聞いて、こいつなりに言葉を選んで訴えているのだろう。

 決して気分の良い光景では無い。それくらいは自身でも自覚していたが、ロランドはこういう時に言い淀む事はしないし、言う事も決めていた。


「……この旅は俺一人の旅で、お前は付き纏ってるだけだ。さっきので言いてえ事があるならどこへなりと消えろ。いつでも嫌ってくれてかまわん」


 冷淡に返す。

 一切の情を含ませない物言い。

 シクロはロランドに寄せた頭を少しだけすり……と擦るように動かす。


「……嫌いになんて、ならないよ」


 お互いの目に映るのは焚火の火の明かりだけ。

 再び、少しの静寂が訪れる。間が空いてシクロの寝息が聞こえてきた。


「何が良いんだ。こんな男の……」


 吐き捨てるように、誰に言うでも無く、ロランドはそう呟いた。

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