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1話 序幕

 何故、儂が地に伏している?

 何故、斯様な人間風情にこの竜王ヴァルナが見下されている?

 何故、何故、何故――!!


「隷属せよ」


 地に這いつくばり、こちらを睨みつける竜の娘に、男は暗い光で包まれた手をヴァルナに向けて翳し、そう唱える。

 抗い様の無い”呪い”のような何かが竜の娘――竜王ヴァルナの身体を一瞬駆け巡った。


「な……にを……」


 先程まで破壊の限りを尽くし、街を戦火で覆ったヴァルナが声を絞り出す。

 ”呪い”をかけた男は鼻で笑い、言い放った。


「これでお前は俺の物だ」




* * *




「平和だね~~~」


「…………」


 広場のベンチで少女と壮年の男がパンをかじっていた。

 どちらも冒険者の装いだが、その年齢差は兄妹と言うにも躊躇いそうになる。

 少女は脚をぷらぷらさせ、露天で買った焼きたてのパンをサクサクと食べていた。

 ほんのりとした甘みを舌で感じながら上機嫌に鼻歌を鳴らす銀髪の少女が、男に講釈するように話す。


「こんな日はこうやって外に出て、露店で食べ物を買ってさ、のんびりお日様を浴びて過ごすのが一番良いんだよ? 師匠」


 師匠と呼ばれた男は無言のままだ。


「変なガラクタ弄ってばっかりないでさ、ボクとの時間も大切にしてほしいって思うんだよね! ていうかボクをもっと大切にしてほしいんだよね!」

「うるせぇぞバカガキ」


 少女がくどくどと話していると、ようやく男が不機嫌そうなトーンで口を開いた。


「なー!! またガキって言った!! ボクにはシクロって名前があるって何度も言ってるじゃん!!」

「そうか、俺はロランドだ」

「誰も自己紹介をしてなんて言ってないー!!」


 ぷりぷりと怒るシクロには目もくれずに、ロランドはパンを黙々とかじっている。

 食べているから何も喋れませんとでも言いたげな雰囲気で、まだ何か言ってるシクロの話を全て聞き流していた。

 そんな時だった。


「ねーねー、お姉ちゃん!」


 数人の子供がシクロに駆け寄り、話しかけてきた。

 ロランドに唇を尖らせていた表情も一転し、笑顔を子供たちに向ける。


「わわっ、昨日の子? あ、師匠! この子たち昨日子猫を探してたから一緒に探してあげたんだ!」


「知らん」


 何やってんだこいつ。


「昨日手伝ってくれてありがとー」

「猫ちゃん、ちゃんと家に連れて帰れたよ!」

「ねーあそぼー」


 わらわらとシクロに群がる子供たち。

 そんな状況に鼻を鳴らして機嫌良さそうにシクロが胸を張った。


「わははー! 人気者はつらいや! 仕方ないからちょっとだけだぞ~?」


 食べかけのパンを一口でたいらげ、傍らに置いた水筒から水を飲んで流し込み、口を腕で拭きながらベンチから勢いよく立ち上がったシクロは元気よく子供たちの輪に混ざる。

 それを興味無さげに眺めていたロランドが一言ぼそりと「やっぱガキじゃねえか……」とボヤき、空を飛ぶ鳥を眺めていた。

 宿に置いてきた”ガラクタ”をどうやって活用するか、修理して露店で売るか、とか……そういった、いち冒険者らしい事をぼんやりと考えながら。


「『鬼ごっこ』しよっか! ボクが鬼をするからみんな全力で逃げてね! 10秒経ったら追いかけるからね!」


 シクロがそう宣言すると、子供達が蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める。


「わー!」

「絶対捕まらないよー!」

「じゃあスタート! いーち、にー……」


 様々な方向に逃げ始める子供達。

 子供相手と言えど、広場において数人相手に10秒の猶予を与えての鬼ごっこは例え大人でも全員捕まえるのは難しい。


 ……とは、その光景を眺めていたロランドは思わなかった。


「じゅう! よーし一人!」


「えっ」


 両肩を優しくポンと叩かれ、一人捕まった。


「えっ、えっ!?」


 全力で走って距離を離した相手に、カウントダウン終了と同時に捕まるなんて子供にとっては人生で初めての怪奇現象だろう。

 呆気に取られている内に、全然違う方向に逃げた子たちも一人、また一人と捕獲されていく。

 シクロはその距離を2、3歩ほどで走って……いや、ほぼ跳んで、子供達を追いかけていた。

 そして、最初に捕まった子が驚くより先に、全員捕まってしまった。


「やったー! ボクの勝ちぃ!」


 腕を上げて勝利のポーズを取るシクロだが、子供達は勿論納得できるはずもなかった。


「速過ぎだよぉ!!」

「ズルい! お姉ちゃんズルいよぉ! ……う~~~~!」

「うわぁ! 泣かしちゃった!? ごごごごめん!! し、師匠~~~!どうしよ~~~!!?」

「……知らん」


 慌てふためくシクロから視線を逸らし、小さくそう呟いて、無視した。




* * *




「いやー楽しかった~! みんな良い子だったな~」


 空に薄っすらとオレンジ色がかかり始め、人の足が落ち着いた街道を歩くロランドの周りをぴょこぴょこと、落ち着きなくシクロがついて回る。

 それを無言で聞き流していたロランドだったが、暫くしてため息をつきながら口を開く。


「お前さ、いつまで俺についてくるんだ?」

「え?」

「え? じゃねえよ。旅のついでにガキのお守りなんてやってられるか」

「あ! またガキって言った!!」

「うるせえ。とにかくいい加減、俺につき纏ってくるのをやめろ」


 心底うんざりしていると言わんばかりの声色でそう告げる。


「ん~、やだ!」


 即答。


「ボクまだ師匠に教えて貰いたい事沢山あるもん! だから嫌!」


 べーっと舌を突き出される。

 多少変な表情をしても、誰もが目を引く美少女である事は間違いない銀髪の少女。

 だが、一人での落ち着いた旅を所望する男、ロランドにとっては、とにかく憎たらしくてしょうがなかった。

 ……とはいえ。


「……はああああ~~~…………」


 頭を抱えて大きくため息をつく。


「大体その師匠っていうのも俺からすれば意味が……いや、もういい……」


「あっ、ねえねえ! 師匠! あそこの露店の串焼きすっごく美味しいらしいよ! 一緒に食べよ!?」


 これ以上の問答は無駄だと悟ったロランドもどこ吹く風と、シクロはいつも通り気ままに振る舞う。


「……一番小さいサイズな」


「えっ! ケチ!!」


「昼に買ったパン、テメェが一番高いやつを勝手に買ったの忘れてねえか。路銀も無限にある訳じゃねえっていつも言ってんだろ」


「む~~~~!!」


 頬を膨らませて抗議の視線を向けるシクロだったが、急にその目線が上に―――空に向いた。


「……あ?」


 見開いた目で空を見るシクロの目線を追うように、ロランドも空を見上げた。

 そこには茜色の空に不釣り合いな、青く光る何かが在った。

 瞬時に察する。




 何かが、来る。




「―――伏せろ!!」

「わっ!?」


 シクロに覆いかぶり、瞬時に物影へと身を隠す。

 青く光る何かが一直線に堕ちて来て、街を一瞬で地獄へと変えた。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 聞くに堪えない、けたたましい咆哮と共に爆風と衝撃が街を襲う。

 一つだけではなく、流星群が如く、街の各地に複数降りそそぐ。

 そしてロランド達の付近に落ちた其れは、一際大きい衝撃を連れてきた。

 街は一瞬にして青い炎に包まれ、人々の悲鳴、地を蹴り逃げ纏う足音、建物の崩れる音で満たされる。


「も、もう~、師匠ったら大胆だなぁ~。そういうのは宿屋で……」

「誰がテメェなんぞに手を出すかクソバカ!! 周り見てから物言え!」


 ロランドの罵声に、押し倒されながらもくねくねと照れていたシクロが我に返る。

 鼻の奥に焦げた匂いと血の臭いが混じる。

 さっきまで平和そのものだった街が、無惨に青く燃えていた。


「……師匠」

「なんだ」

「敵?」

「だろうな。こんな事をしでかす輩は……」


 爆風と土煙で覆われた視界が徐々に明ける。

 衝撃の中心部には、双角の少女が蒼炎を身に纏い立っていた。


「人であれ、魔族であれ、神であれ……何であろうと、敵だろ」

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