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主人公になれるボタン

作者:
掲載日:2026/02/02

 近所の公園で開かれているフリーマーケットの様子をベンチに座りながらながめていた。

 ビニールシートをいてその上にぬいぐるみを並べている人、カバン類を置いている人、ハンガーラックに古着をかけている人などで賑わっている。

 

 「なにあのテント。怪しい」

 

 「あの人も出店者なのかな?」


 「この季節に全身黒のローブって絶対暑いでしょ」


 女子中学生達が指さしている方向へ視線を向けると、緑いっぱいに葉を付けたクスノキのかげにテントを立てパイプ椅子に座っている男がいた。

 夏真っ盛りの六月にもかかわらず全身をおおうようなローブを着た怪しいかっこうのせいか誰も寄り付ついていない。


 占いでもやっているのなら雰囲気があっていいと思うが、そうでないなら逆効果だろ。

 まぁ、中二病の痛いやつがターゲットってなら、ある程度理解はできるがな。

 ……見るだけ見てみるか。

 俺はベンチから立ち上がり、怪しいテントへ足を向けた。


 「いらっしゃい」


 軽く頭を下げてからテーブルの上を見ると、置かれていたのはクイズ番組なんかでよくみる早押しボタンのようなおもちゃだった。

 ただのおもちゃ屋かよ。そこは、クリスタルだのクォーツといったパワーストーン系が定番だろ。

 しかも、ただのボタンにもかかわらず値札に一万円と書いてあり目をうたがった。


 「あの……さすがに高すぎませんか?」


 「くくく、これでも大バーゲンセール中なんだけどね」


 悪びれる様子もなくほおを持ち上げ歯茎を見せる男。

 あまりに自信満々な様子なので、いい素材が使われてるのかもともう一度商品を見渡してみるが、明らかにプラスチック製のおもちゃだ。


 「まぁ、値段は出品者が決めるものですけど……。誰も買わないと思いますよ」


 「君はその制服から見るに高校生かね」


 「ええ、そうですけど……」


 一瞬、もうじゅうみたいなするどい視線を投げかけられ思わず後ずさる。

 

 「くくく、なら、これをお勧めするよ」


 テーブルの上に置いてある早押しボタンみたいなおもちゃを一つ俺のほうへと動かした。

 この話がみ合ってない感じは詐欺師の相手をしている気分になってくる。いや、よく考えるとただのプラスチック製のおもちゃを一万円で売ろうとするのは詐欺師そのものだ。

 占い師がかぶるような黒いローブで雰囲気を出して、俺みたいな学生をターゲットにしているのだろう。

 断ろうとぜんとした態度で口を開きかけたが、


 「くくく、これは主人公になれるボタンだ」


 その男の言葉に息をんだ。


 「主人公に……?」


 「そう、例えばだ。ギャルゲーの主人公は理由もなく異性にモテるだろ?もしお前がこのボタンを押せば同じことが起こるってことさ」


 ボタンを押すだけで女子にモテるなんてさんくさすぎる。

 だけど、もしそれが本当だったら一万円なんて安すぎるぐらいだ。

 

 「……ありえない。その場でこれが本当だと証明できるのか」


 「くくく、ならクーリングオフ期間をもうけようじゃないか。一週間以内に効果がでなければ返金を受け付けよう」


 健全な男子高校生の俺は女子にモテるという素敵なワードに抵抗できず、まんまと一万円を払ってしまった。


 「毎度あり。くくく……」


 テントを出ると日差しがまぶしく思わず目を手で覆う。

 おかしいな。こんなに外って明るかったか。それとも、さっきまでいたテントの中が相当暗かったのだろうか。

 俺は何気なく後ろを振り返ると、そこにはテントなどなく、一本の大きなクスノキが生えているだけだった。


 「は?」


 まるでまぼろしだったかのようにこんせきすら残さずテントも男も消えていた。手に持っているボタンのおもちゃだけを残して。


★★★


 高校に入学して一年目の六月。

 最初の探るような重苦しいな空気とは異なり、仲良しグループが形成されて話し声であふれていた。

 その中でも自然に上下関係が生まれており、美男美女グループ、部活グループ。そして、オタクグループの順でカーストが形成されている。


 「どぅふふ。今日ももりさん可愛いな。高橋もそう思わないか?」


 朝のホームルーム前の時間。窓際の席で座っていると、同じオタクグループに所属する前の席の松田がクラスの人気者である森屋くるみを見つめながら話を振ってきた。

 森屋くるみはたんせいな顔立ちにすらっと背の高い女子。スタイルもよく、出るところがきっちり出ている。


 美男美女グループに所属している彼女は教室の真ん中で同じくクラスカースト上位の前川将まえかわしょうと話をしている。

 前川は背が高く、髪を茶髪に染めて耳にピアスなんかも付けている男だ。細身の体で女子みたいな長髪をしており、雑誌のモデルをやっている。


 「そりゃ、可愛いけどさ。あいつら幼馴染なんだろ?付き合ってるんじゃねえの?」


 俺はほおづえをつき、気の抜けた声を出した。

 

 「あ、あんなせいな子が、チャラ男と恋人同士なわけないだろ」


 「そうかねぇ」


 はたから見て外見だけならお似合いの二人だ。

 テレビに出ていても違和感がないぐらいの美男美女。

 まさに住んでいる世界が違うとはこのことを言うのだろうな。


 「ぼ、僕がアニメや漫画の主人公だったら森屋さんといちゃいちゃできるんだろうな~。どぅふふ」


 何を妄想しているのか、気色悪い笑みを浮かべる松田。

 主人公ねぇ……。


 『くくく、これは主人公になれるボタンだ』


 俺は怪しい男のセリフを思い出し、かばんから昨日フリーマーケットで買ったおもちゃを取り出した。

 最初は詐欺だと思ったが幻のように消えたテントを見て本物だと思い始めている。

 消えたテントについて近くにいた人に聞いたら、みんなそんなものは最初からなかったと口をそろえて言っていたからだ。

 オカルト商品単体なら怪しいが、そこにオカルト現象まで付属しているのなら信じるに値する。


 それにしも、一体このボタンを押したら何が起きるというのだろうか。

 ドキドキと俺の心がはやる。

 一万円も払ったんだクーリングオフするにしても使ってみないことには始まらない。

 俺は右手の人差し指をボタンの上にのせて押すと、カチッと小さな音と共におもちゃが砂のようにさらさらと崩れて消えた。

 

 「お、おい……。松田。今の見たか?」


 視線を机に釘付けのままふるえた声を出す。


 「どぅふふ、高橋。そんな怖い顔してどうしたんだよ」


 この様子だと気づいていないみたいだ。

 さっきまで持っていたおもちゃが今はどこにもなく、幻でも見ていたかのように跡形もなく消えていた。

 教室を見渡すも変わった様子もなく、それぞれが仲良しグループに分かれて話に花を咲かせている。


 「お、おい。高橋。本当にどうしたんだよ。急に立ち上がって……」


 「いや、驚かせて悪い。なんでもないよ」


 これは、本物だ。

 俺は女子にモテるようになったのか?


 ゆっくりと椅子に座りなおすと、一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 なかひび。百四十センチのがらな女子で、黒髪のショートヘアに童顔も相まって小学生と並んでいても違和感がない。口数は少なく、よくをくすぐられるような子で密かに男子人気が高い。

 休み時間はいつも森屋くるみのそばで静かにしているような女子。


 「おはよう、響香ちゃん」


 「響香!おはよう」


 森屋と前川の挨拶に短く「おはよう」とだけ返して、田中は俺の隣の席へと座った。

 俺と彼女は入学時から席が隣同士。なのだが、まともに会話をしたことはない。

 周囲にバリアをはっているかのように人を寄せ付けない雰囲気を放っており、オタクグループに所属している俺には話しかける難易度が鬼のように高い。

 これは試金石だ、田中の反応しだいで怪しいボタンが実際に機能しているのかどうか確かめることができる。

 

 「お、おはよう」


 俺は下手な愛想笑いを浮かべて挨拶をした。

 前の席の松田が驚いたように口を開けているのが視界に入る。


 そりゃそうだろう。クラスのオタクグループに属する俺がカースト上位の人気がある女子に急に声をかけるなんて普通ありえないからな。

 

 田中は俺をちらりと横目で見て、

 

 「……おはよう」


 頬を少し赤らめて挨拶を返してくれた。

 まじか……あの無口で氷のような田中が俺を見てれただと?

 まるで、好きな男に挨拶をされたみたいに恥ずかしそうにうつむいている。

 これも『主人公になれる』ボタンの効果なのだろうか。

 田中響香は鞄から一冊の本を取り出した。


 「それいつも読んでるよね。確か今度映画化されるんだっけ?」


 「えっ、知ってるの?私この作者の大ファンで!」


 急にじょうぜつになり語りだす彼女に思わず顔がほころんだ。

 仲のいいグループと一緒にいる時ですらもくな彼女がここまで俺に対して感情を表すなんて信じられない。

 

 「あっ、えと、話すぎだかな?」


 自分が興奮していたことに気づいたようで小さい体をちぢこませた。

 一生分の表情を見たのではと思うほどに、ころころと表情が変わって可愛らしい。

 これが、ギャルゲーの主人公が味わっているものか!


 「俺もその本好きだから聞いていて楽しかったよ」


 「それならよかった。あっ、えと、あはは」


 俺と見つめあっていたことに気づき苦笑いを浮かべ視線が外れる。

 だが、次の瞬間に再度表情がひきつるように固まった。

 つられて同じ方向へと顔を向けると、クラス中の生徒から俺たちへと注目が集まっていた。


 まあ、そうなるだろうな。

 俺だってオタクグループの松田がどぅふふとか言いながら、女子と仲良く話していたらなんの冗談だと思うだろう。

 だが、今の俺は物語の主人公。女子におくする理由はない。

 一万円も払ったとはいえ、あのボタンが本物なら大バーゲンセール中というのもうなずける。

 

 「ねぇ、響香。いつのまに高橋君と仲良しになったの?」


 森屋くるみがいつの間にか隣に立っていた。

 びっくりした。

 森屋とは授業での機械的なやり取りしかしたことがない。


 「別にさっき初めて話したけど」


 「それにしては私達といる時より楽しそうだったね」


 「そんなことない」


 俺を挟んで田中響香と森屋くるみが言い合う。

 まるで好きな男子を取り合っているようだ。なんて思うのは自意識過剰だろうか。

 いや、この張り詰めた空気、ピリピリとした視線。間違いなく……しっのそれだ。


 「おい、二人ともどうしたんだよ。そんなオタクどうでもいいじゃないか」


 そんな女の戦場に前川将が丸腰で乱入するも、森屋くるみの肩に手を乗せた瞬間、バシッとすぐに振り払われた。


 「将君は黙ってて」


 田中響香と森屋くるみが声を重ねて前川将をにらむ。

 

 「わ、悪い……」


 居心地が悪くなったのかそそくさと自分の席へと戻って行った。

 女子って怖え。

 というか、前川将は二人と付き合っているといううわさが流れるほどの仲にもかかわらず今のやりとりからはそんなはいじんもなかったな。


 「まぁ、俺としたら二人と仲良くなりたいなってずっと思っていたよ」


 空気を和らげようと、そう発言すると森屋からさつばつとした雰囲気がさんした。


 「ほんと?私も高橋君とお話したいなっていつも考えていたの」

 

 「……くるみから高橋君の話聞いたことないけど」


 「心の内に秘めてたのよ。なんで響香に明かさなきゃいけないのよ」


 「……前川君のこと狙ってるんだと思ってたけど」


 「響香だって、高橋君の隣の席に座りながら今まで話してこなかったじゃない」


 気まずい。

 俺のことを女子が取り合うという夢にまで見た光景だったが、いざ現実になると非常に気まずい。

 どちらかに肩入れすると、俺にまで飛び火しそうだ。


 「まぁまぁ、こんな美人二人と話せて俺は嬉しいよ」


 とうわけで、当たりさわりのないことを言うと、二人はれたように笑ったのだった。

 

 「そうだ、今日、参考書買って帰ろうと思うんだけど、よかったら成績優秀な二人の知恵貸してくれない?」


 めっきりいい気になっていた俺は森屋と田中を帰宅デートに誘った。

 

 「もちろんだよ!」

 「……任せて」

 

 クラス中が見守る中、デートの約束を取り付けた俺に一日中、しっの雨が降りかかったのは言うまでもない。



 そうして、森屋くるみと田中響香の二人と参考書を買うために本屋までやって来た。

 中に入ると、すずしい風でった体が冷やされて気持ちいい。

 両手を広げて涼んでいると二人は先に歩いていった。

 参考書コーナーへと向かう二人の後を急いで追うとこしあたりにたながぶつかって本が落ちる。


 「おっと、戻さないと……。ん?」


 ベストセラーとポップで宣伝され、目立つ場所にんである本のタイトルにはこう書いてあった。


 『ヤンデレ彼女に死ぬほど愛される男』


 「……おっかねえな。戻しとこ」


 背筋に感じた冷たい感覚を店内のエアコンのせいにして、俺は二人を追いかけた。


★★★


 テントに一人の青年が入ってきた。

 

 「うわ、高っか。このブレスレットが一万円もするとかマジ?」


 まゆをひそめて男に問う青年。


 「くくく、これでも大バーゲンセール中なんだけどね」


 悪びれる様子もなく頬を持ち上げ歯茎を見せる男。


 「この安っぽいビーズのブレスレットが?」


 「君は大学生かね」


 「そうだけど?」


 男のがんこうに警戒して後ずさる青年。


 「くくく、なら、これをお勧めするよ」


 テーブルに置いてあるビーズのブレスレットを青年の方に動かす男。


 「くくく、これは主人公になれるブレスレットだ」


 「は?主人公?」


 「そうさ、例えばだ。ギャルゲーの主人公は理由もなく異性にモテるだろ?もしお前がこのブレスレットを付ければ同じことが起こるってことさ」


 「そんな、馬鹿なことあるかよ」


 青年が呆れたような顔でテントから出ようとすると、


 「ちゃんだって、きっと振り向いてくれるさ」

 

 男の声に青年の足が止まった。


 「なんで、俺が果歩を狙ってるって知ってるんだよ」


 「くくく、買うのか買わないのかどっちだい?」


 「……絶対ぼったくりだろうけど、がんけと思えば悪くない」


 そう言って、青年は乱暴に一万円札を置いていった。


 「毎度あり。くくく……」


 テントに再びせいじゃくが訪れる。

 

 「くくく……今度はどんな物語を見せてくれるのか楽しみだ」

 

 男の手には一冊の本が開いていた。

 そのタイトルは、


 『彼女の妹にれた男の末路』

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― 新着の感想 ―
オウ、Nice boat.(良い最終回だったな、の意) 悲しみの~♪ 向こうへと~♪ (テントの中には)誰も居ませんよ。 頑張れ高橋君。「死ぬ『まで』愛される」ではなく「死ぬ『ほど』愛される」なら、…
不思議なお話でした。 買った道具での出来事は本になっていくのかな……?きっと、本の物語の主人公ということですね。 その発想もまた面白いと思います。(*'▽'*) 道具の効果はいつまで続くのか薄れていく…
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