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第3話・澤登高一郎の舌先三寸

 菜緒は、無言で澤登が拘束されているベッドに向かってゆっくりと歩いて行った。風が吹いていない、閉ざされた空間のはずが、菜緒が通ると風がふわっと吹き抜ける。長い髪がなびく。澤登は菜緒をじっと見ていた。次に殺すなら、こんな女がいい、澤登は自分の底から湧き上がる欲求に我を忘れていた。


 菜緒は澤登の右側に立った、明日彌(あすみ)は左側。

「先輩、どうして」

「だって、アスミン、殺しちゃうでしょ。コイツ」

「かもしれないけど」


 明日彌の拷問は残酷だ。菜緒ですら目を背ける。全部、菜緒仕込みだと言うが、明日彌オリジナルが多いと菜緒はいつも愚痴をこぼす。あの残虐性を私のせいにされてはたまったもんじゃない、菜緒は明日彌を警戒していた。仲間になれば頼もしいが、敵になれば厄介だ、それは菜緒だけではなく上司の鷹取(たかとり)も同意見だった。


「お、おでを、どうするきだぁ」

 澤登が突然口を開いた。

「あら、この虫ケラ、自由に口をきくのね」

そう言うと、菜緒は澤登の舌の二分の一・九センチほどを切り取った。叫び声が聞こえる。


「大丈夫よ、死なないし、話せる話せる。頑張ってみ」

 菜緒のやさしい投げかけに、明日彌はうっとりしている。

「ぐぉおお」

 澤登が声にならない声をあげる。


「こいつ、何人誘拐してたのアスミン」

「えっと、三十五人で、神保町の爆破テロで切り取った手を捨てたらしいですね」


 明日彌は澤登の腹を殴りつけた。

「やめなさいって、痛そうじゃない」

「よく言いますよ、先輩。舌切ったくせに」

「これは、DNA鑑定用なの」


 菜緒は切り取った舌を小さな瓶に入れた。

「あのテロで投げ入れた手に、蜘蛛の巣のタトゥ―が入っていたのよね」

「そこまで自白しました。テープも採ってます」

 明日彌はスマホで録音した音声を、菜緒に聞かせた。

「じゃぁ、アスミン、今から本部に行って、その手、きっと焼け切ってないと思うから、この指輪はめといて」


 菜緒は陵介との結婚指輪を外し、明日彌に渡した。(ryosuke&nao/202406)と刻まれていた。

「いいんですか?コレ、結婚指輪でしょ。中学生の私にもわかりますよ」


「いいのいいの。これで、アイツが反応した方が面白いでしょ」

「アイツ?」

 明日彌は菜緒の言うアイツが誰かわからず、苛立ちの表情を見せた。菜緒はそんな明日彌の感情のゆらぎを敢えて無視し、別の小瓶から用意しておいた「舌」を取り出した。切った澤登の舌の断面と縫合した。


「さて、真実の舌を縫い合わせたから、あとは自白するのみよ」

 澤登は気を失っている。明日彌が容赦なく澤登の指をへし折る。

「ねぇ、起きてよ」

「ぐぁぁあ」

 澤登は、痛みで気を失うことすらできない。

「で、さぁ、澤登くん」

 明らかに年下の菜緒が、澤登に訊く。

「爆破テロの首謀者って、この中にいるよね」

 菜緒は五人の男の写真を見せた。


 どれも一般人、どちらかというと教養がありそうで、裕福な服装、明日彌はこの中に本当にテロの首謀者がいるのかと(いぶか)しがった。

「しらねぇよぉ」

 澤登が写真に目も合わせようとしない。

その時、澤登に縫合された舌先九センチ、三寸が自分の意思と関係なく動く。


「ほら。舌先三寸が動き始めた」

「いいなぁ先輩、あれ、私もやりたい」 

明日彌は菜緒が他に持っている道具に流し目をしながら、心底羨ましがった。


「大人になったら、いろいろ教えてあげるから。今は、我慢よ」

 澤登の舌先が語る。

「この、おとごだ。この、ごとこだ」

 澤登の舌先が躍る。自分の意思とは関係なく、激しく口腔内を、一定のリズムで。


「これって」

 明日彌は、写真を見て驚愕(きょうがく)した。

「立木陵介さんじゃないですか。旦那さんでしょ」

「まぁね、やっぱりそうか。証拠にはならないけど、これで確信できたわ。舌先三寸はウソを言わないからさ」

 菜緒はベッドの脚元にセットした録画装置を確認し、データを本部に転送した。


「じゃぁ、これで解散ね」

「この人どうするんですか?」

「あぁ、もう用無しだから、アスミンのしたいようにすれば」

「え~、もう私も興味ないですぅ。お腹も減ったし」

「じゃぁ、とりあえず、本部に連れて行こっか」


 菜緒は指が折られて気絶すらできない澤登を軽々と担いだ。澤登は抵抗することを諦めた。無駄に抵抗すれば、殺されると確信した。潔癖な澤登の口からは血が滴り、両手すべての指は折られた。白くしっかりと糊まで効かした白のオックスフォードシャツは血で染まり、全体が薄茶けた色合いになっていた。ボタンダウンはちぎれ、ベッドには抜けた毛が束になって落ちていた。


 明日彌は他の部屋に誘拐された人がいないか確認した。この前まで二人いたはずだった。男の子と女の子、どちらも明日彌と同い年ぐらいの。

「ねぇ、あの子たちはどうしたのよ?」

「んんん」

 澤登は答えない。


「アスミン、こいつ重いからいったん降ろして聞く?」

「いいよ、すぐ終わるから」

「重いんだけど、ま、車まで連れていくから、それまでに聞いて。なんでも正直に話すはずよ」

「あの子、男の子と女の子、いたよね。一昨日ぐらいまでいたわよ」

「あぁ、あれは、に、逃げた」

 澤登が返事をした。


「逃げた?普通の子たちがあの拘束外せるわけないじゃないのよ」

 明日彌は肩に担がれている澤登をゲンコツで思いっきり殴った。

「いだだだぁ」

「アスミン、舌先三寸はウソをいわないのよ」


 菜緒が制する。もうすぐ、倉庫の前に停めた車の前に着く。

「拉致された男女でしょ。あの子たちは、確かに逃げたわね」

「知ってるの先輩」

「ごめんねー、一応、秘匿(ひとく)事案らしくてぇ」

 菜緒は澤登の四肢に手錠をはめ、後部座席に投げ入れた。隣に明日彌を座らせ、本部へと車を走らせた。

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