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エピローグ:武威裁定Q課って

エピローグ


 実谷は後処理に追われていた。

「ちょっと、音丸・明日彌、手伝って」

 書類の束を整理し、今回の顛末を鷹取に報告せねばならない。

「自業自得っていうんですよ。そんなの」

 音丸は怒り心頭だ。だがどこかホッとしていた。

「これ、残業手当つくんですよね」

 明日彌は実谷のフリーズしっぱなしのパソコンの修復を試みていた。

「あ、動いた」

 明日彌はマウスを実谷に投げ渡した。

「危ないなぁ、電子機器は投げちゃだめです」

「実谷さんって、シリアスな時はカッコいいけど」

「けど?」

「普段は僕たちに丁寧なコトバで話しますよね」

 音丸が実谷に訊いた。


「まぁ、私にも身体のなかにもう一人誰かいるのかもね」

「もう、やめてくださいよ」

 明日彌は実谷から離れて、近くのデスクの下に潜り込んだ。

「わぁ!!!」

 明日彌はデスクの下に先客がいるのに驚いた。

「ゴメン、アスミン」

 明日彌は体重が後ろに移動したせいで、尻もちをついた。が、持ち前の運動神経と反射神経を活かして、デスク下からひょこっと出てくる菜緒に飛びついた。

「菜緒さ~ん!!!」

「え?」

 音丸と実谷が声のする方に振り返った。菜緒の姿に二人も驚いていた。


「えええ?もういいんですか?」

「取り調べはまだ続いているけど、まぁ武威裁定Q課(ブサイク)だからね。武威裁定Q課をまともに取り調べなんて無理だから。諦めてるよ、本部も」

 菜緒はホコリまみれのパンツを手のひらでパンパンと払った。

「あら、来てたんですか?」

 実谷は平静を取り繕っている。

「試してみたんです、取り調べ室からここに瞬間移動。あれから時間経ったのに、意外とできますね」

 俊也にとどめを刺し、陵介と一緒に瞬間移動してきた菜緒は、そのまま集中治療室に運ばれた。武威裁定Q課と枚方の往復、呪現言語師でさえ一日に二回の瞬間移動は困難だ。下半身だけ、右半身だけ移動することだってある。だが菜緒はやってのけた。

「立木陵介は、菜緒さんの中にいるんですか?」

 音丸が核心に素手で触れる。共感性の欠落している音丸らしいと明日彌は思った。

「それが、話しかけても返事もないし、何も感じないのよ」


 『ザ・フライ』の映画のように肉体が混ざるということは基本的にない。ハエが混じり込んで瞬間移動したあの悲劇の博士・ハエ男のように。精神がもう一つ増えるイメージだ、音丸はそう実谷から聞かされていた。だから、海岸ふ頭の事務所で菜緒の手を握り瞬間移動をしようとしたことに、実谷から大目玉を喰らった。音丸は瞬間移動の際両手が他人のものになってしまった。それはそれで怒られ損だと、音丸は蜘蛛の巣のタトゥーの入った両手を見て思う。


 菜緒が手を振りほどき、陵介がいる枚方に瞬間移動したからよかったものを、と何度も叱られた。音丸は菜緒の中になら居ても、居心地は悪くないなぁと妄想に浸っていた。

「立木俊也はいないんですか?」

 明日彌も興味津々で質問した。

「立木俊哉は死んでるから、いないわ。でも陵介もいないのよねぇ。おーい陵介」


 菜緒は自分の胸をトントンと叩く。

 

 と、同時に武威裁定Q課のドアがギィィと開く。音丸がいつまで経っても油をささないから、嫌な音がしっぱなしだ。

「そりゃぁ、そこにはいねぇよ。立木陵介は、俺が別の場所に飛ばしたから」

 千堂寺がジャケットを肩からかけて、腕は通さずバンカラに事務所に入ってきた。

「千堂寺さん!」

「菜緒か、お元気そうでなによりだな」

「なんだか、嫌みっぽいですね。お元気って」

 時間を置いて笑い声が起こる。明日彌と音丸は腹を抱えている。いつもの武威裁定Q課の雰囲気になって来たと実谷が嬉しそうに言った。

「実谷さん、ちょっと長くなるが、顛末書、書いてるなら説明させてもらいますよ」

「はい、待ってました」

 

 千堂寺はキャスターの滑りが悪くなった自分のチェアに座った。長い間誰も座っていなかったせいで、座ると同時に座面から埃が舞った。

「俺と鷲子は、立木陵介の居場所を掴んだ。瞬間移動で俺が先にあの枚方の事務所に行った。瞬殺しちまった。呪現言語で『死ね』と言っちまった。おっと今の言語は大丈夫だ。呪を込めてないからな」

「それで、陵介は死んだんですね?」

「あぁ、菜緒には悪いが殺しちまった。だけどな、どす黒い悪い、あの渦巻みたいなのがまだ漂ってた。そのとき、実谷さんから連絡があってな。鷲子が俺を追って枚方の一階の事務所に飛んだって。そこで一計案じたわけだ」

「一計?」

 菜緒は千堂寺の横顔をまじまじと見た。これが、鷲子が惚れた男なのだと。

「あぁ、立木陵介の中にいた俊也、父親がいるなんて思わなかったが、とにかくドス黒い悪を引きずり出すには、菜緒に立木陵介が死んだって伝えるしかなったってわけだ」

「私を枚方に連れだすためにですね」

「あぁ、鷲子に菜緒を殺させて、音丸が蘇生させて、そしたら立木陵介も生き返るかなってな」

 千堂寺は自信にあふれる表情で語った。

「本当偶然ばかりだけど、回りくどいやり方で陵介を生き返らせたんですね。自分で蘇生すればよかったんじゃないですか」

 菜緒は千堂寺に食ってかかった。

「いやぁな鷲子が菜緒を襲うだろ、そしたら音丸が動くって思ったんだよな。これは自信あった。で、そもそもだなぁ、蘇生系はそう何度も使える呪現言語じゃねぇ。万一のことがあったら鷲子に取っておきたかったしな」

 菜緒も明日彌もここにきて愛を語るなといわんばかりの苦々しい顔をした。


「鷲子に私が殺されるシナリオ。私を蘇生させれば、陵介も巻き添えで蘇生される。やれやれです。でも、そのおかげで陵介は私と一緒になれましたから。結果オーライですね」

 千堂寺は実谷を睨みつけた。

「実谷さん、まだ言ってないんですか?」

「いやぁ、その…」

 実谷は千堂寺の視線を避け目線を逸らした。

「なんですか?実谷さん」

 菜緒は実谷に訊いた。

「あの、菜緒と立木陵介が瞬間移動しようとしたときに、千堂寺さんがその」

 実谷の歯切れが悪い。

「いいや、俺が言うよ。立木陵介は菜緒が瞬間移動を叫ぶ直前に、集中治療室に飛ばした。蘇生に使わなかった呪現言語の力が残ってたのが幸いしてな。ハハハ」

「ということは?」

 音丸が菜緒を見る。

「立木陵介は、菜緒の身体の中にはとりこまれていません」

 実谷は申し訳なさそう言った。

「じゃぁ、今、陵介はどこに?」

 菜緒は不安そうに言った。

「身体の中から父親の俊也の残思を取り除いてね。やっぱりまだ少し生きてたんだよね。しぶとい、俊也の精神ってやつは。それを、あのサイコパス野郎・澤登高一郎に移してやった。で、今澤登は俊也が前面に出てきてるから、取り調べ中」

 実谷は流石に今まで伝えなかったことを悪いと思ったのか、申し訳なさそうに言った。

 

 菜緒はデスクの上を水面の蓮の葉を飛び越えるかのように軽やかに跳ね、実谷の眼のまえに移動した。流石の身体能力だと明日彌はほれぼれしていた。

「実谷さんっ」

 菜緒の表情が怖い、実谷は身構えた。菜緒は力いっぱい実谷を抱きしめた。

「ありがとうございます。陵介生きてるってことですよね」

「う、うん。でもいい、痛い。骨折れる」


 実谷の話では、立木陵介は監視下にあるものの鷹取警視正の計らいで、特別要人管理棟で保護されていた。菜緒は、立木陵介が生きていることに、自分の中ではなく、現実に生きていることに心が震えた。もう一度、やり直したい。今は陵介に会いたい、菜緒は武威裁定Q課を飛びだした。


「いいんですか?行っちゃいましたよ」

 音丸が実谷と千堂寺にニヤニヤ死ながら言った。

「いいんだよ、ガキは黙ってろ」

 実谷と千堂寺は音丸の頭をぺしっとはたいて言った。タイミングがぴったりだった。

「そういえば、鷲子さんは?」

 きっと入院しているんだろうと思っていたが、明日彌は千堂寺に敢えて訊いた。女心を利用した五十前男の狡猾さが露見すれば、鷲子に代わって殴り飛ばしてやろうと決めていた。

「ん?鷲子か。俺んちにいるよ。帰らないんだよアイツ。カミさん気取りというか。ねぇ」

「何が『ねぇ』だ!」

 明日彌は千堂寺の尻を叩いた。

「いてぇ。俺、痔なんだよ。やめてくれよ」

「音丸に引っ込めてもらえば?呪現言語で」

「いやぁ、見ないと言語は使えませんよぉ」

「俺の痔はキレイだ」

 千堂寺がズボンを下げようとしたのを実谷が止めた。

「もう、時代が時代ですから。コンプライアンスといいますか、千堂寺さん」

 実谷が千堂寺を諫める。

「そんなもん、特別潜入課と武威裁定Q課にあるもんか」

 千堂寺が笑う、明日彌が引き笑う、音丸が腹を抱えて笑う、実谷がほほ笑む。


 次の任務に備えて、音丸と明日彌は定時で帰って行った。


「澤登一人に(なす)り付ける形になりましたが良かったんですかね?」

 実谷が両手に持ったコーヒーをひとつ千堂寺に渡す。

「ん、まぁ、武威裁定ってのは、武と威を振るい従わせ、理非・善悪を裁き定めるってことですからね。いいんじゃないですか」

 千堂寺はアツアツのホットコーヒーをすすりながら答えた。

「そういえば、Q課のQってなんですか?私所属は特別潜入課ですから、良く知らずで」

「それ?やっぱ気になります?」

「ええ」

「Qってのは、QUIBBLE」

「クイブル??」

「屁理屈って意味らしいですよ」

「ホントですかね」

「さぁ」

 実谷はコーヒーをグイッと飲み干し、喫煙室を後にした。


(エピローグおわり)

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