海の上の文化祭
今日は、快晴。清々しい空気と空だ。しかし、アユムの心は違っていた。空が青ければ青いほど、空気が澄めば澄むほど、心はどんどん靄がかかる。
分かっている。そんな気持ちでいたところで、自分の運命は変わらないことを。
コンコン、と、ドアをノックする音がした。ノックの仕方で、アユムは「カオルだ」と分かるようになった。幼なじみのカオルはこの1ヶ月、必ず学校帰りに寄り、アユムと何でもない話をしてから帰るのが日課だった。アユムは、この時間だけを楽しみに生きていた。
カオルは、アユムの左側にある椅子に腰掛けた。ここがいつもの場所だ。
「アユム」
「んー?」
アユムは窓の外を見ている。
「あの場所で…踊らない?」
「あの場所?」アユムは、目線を変えずに返事をした。
「うん、あのステージで」
アユムは無反応だ。
「海の上のステージで…アユムがまた、舞うのを観たい」
「…!」
アユムは驚いて、カオルの方を見た。まるで母親のような表情で、アユムを見つめていた。懇願するような、でも押しつけではなく、純粋に想っている瞳で。
「俺は…」
「一度でいいから…!観たい…」
カオルから真っ直ぐに見つめられると、アユムはツラくなった。自分の最期が近づいているのだと、実感する。
「アユムの神楽、観たい」
「カオル…」
この島には、引き潮の時だけ現れる、海の上のステージがある。アユムは過去に、ここで神楽を舞った。地域の神楽を幼い頃から観ていて、団員から誘われて練習に参加したところ、すぐのめり込んだ。舞っている時間は夢中になれた。衣装もメイクも音楽も、全てが「俺はカッコイイ」と思わせてくれた。
「俺の神楽…」
アユムの頬に、一筋の涙がこぼれた。
「踊りたいでしょ?」
「そうだけど…」
「じゃぁ、このままでいいの?このまま…死んでもいいの?」
カオルは涙を流しながら、アユムに訴えた。
「…うっ…死にたくねぇよ…」
後日、担当医に許可を得て外出し、二人は「海の上のステージ」に来た。アユムは1ヶ月ぶりに、高校の制服に袖を通した。
まるで、初めて神楽の練習をした時のような気持ちだった。入院してからは一度も踊っていないのに、魂が踊りたがっているような感覚だった。
アユムは誰のためでもなく、自分のために舞った。その様子を、カオルがスマホで撮影した。
「これが、アユムの最期の舞です」
カオルは、深々とお辞儀をした。高校生活最後の文化祭は、こうして幕を閉じた。