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彼の気持ちは

 レミド・フォビオンには七つ離れた姉がいた。

 フォビオン家は代々、近衛騎士の家系。王族に仕え、盾となるために先祖たちは武芸を磨いてきた。

 その矜持は二十年前に貴族階級が撤廃され、騎士というものが存在しなくなるまで受け継がれてきた。


 レミドの姉マリアは武芸に優れた少女だった。まだ王国の大改革前に生を受けた彼女は、幼い頃から近衛騎士となるために強くならねばならなかった。

 マリアが七つの時に新王が王国の大改革を行った。彼女が目指していた騎士というものが突如王国から無くなってしまった。


 近衛騎士にとって変わる立場としては、グランド王国軍王都防衛兵団あるいは同兵団所属の国王親衛隊だろうか。

 だが、それは世襲の要素がなく、フォビオン家がその役目を負う必要はなかった。


 それでもマリアは修練を続けた。

 もはや人々の想い出にしか存在しなくなった騎士のようになろうと、武芸を磨き、魔力を高め、学問を収めた。

 両親を始めとする親族が、腐り(大改革後、多くの元貴族が堕落し、落ちぶれていった)、酒色に溺れ、無駄なことをする、と彼女をからかっても。

 マリアは幼い日に思い描いた騎士になるために努力を続けた。


 レミドが物心ついた頃にはフォビオン家の厳しくも清廉な家風などどこにもなかった。父は酒と賭け事に溺れ。母は愛人との逢瀬にいそしみ。

 いや、ただ一人、マリアだけが、かつてのフォビオン家の空気をまとっていた。


「姉さんはどうしてそんなに頑張るの?」

 ある日、レミドはそんな問いを姉に投げた。


「騎士になりたいからよ」

 姉は日課の素振りをしながら、そう答えた。


「でも、騎士なんて、もうないんでしょう? 外国に行くの?」


「そんなことはしないわ。それに、別に本物の騎士になろうってんじゃないもの。ただ、そうね、理想とする自分でありたいから。その理想が騎士だっていうだけのことよ」


「姫騎士?」


「そう、姫騎士エリザのような人になりたい。そうありたいのよ」


 百年以上昔の小国の姫であったエリザ・ロックフォード。父である王への忠誠と国への奉仕。命をかけて王国を守った英雄。

 彼女が守った王国はとっくの昔に無くなっているが、姫騎士エリザの名前だけは今も語り継がれている。


「うちのご先祖様は姫騎士様の部下だったのよ。だから、フォビオン家の志は、きっと姫騎士様の志を受け継いでいる。だから、私がそれを受け継がないといけないのよ」


 幼い日のレミドには姉マリアの気持ちがよくわからなかった。ただ、一人、黙々と剣を振るう姿を美しいと思った。


「ふ~ん。じゃあ、僕も姉さんと同じように騎士を目指そうかな」


 それから二年後。マリアは死んだ。

 流行り病をこじらせ、高熱にうなされて、あっさりと息を引き取った。

 レミドは八歳だった。


 なにか心がひどく空虚だった。悲しさよりも虚しさがレミドの心をさいなんだ。


 日々が過ぎていき、体が大きくなっても、その虚しさは残り続けた。

 初等学校卒業後、士官学校に入ったのは、なにも軍人に憧れたからでも、先祖たちの志を受け継いだからでもなかった。


 その頃にはフォビオン家は、父の賭博と母が引き寄せた詐欺師により、ボロボロになっていた。

 家を捨てるためにレミドは士官学校へと入ったのである。


 幸いレミドは順応性とコミュニケーション能力の高い少年だった。心の奥にある虚しさが、外面を明るく華やかに仕上げたせいだろう。

 友人たちと騒いでいるときでも、どこかひどく虚しく、寂しい。だからこそ、どんな相手にでも寄り添い、共感することができた。


「ホント、レミドはいい加減な奴だぜ。最高の馬鹿だ」

 そんなことを言う友人たち。


「お前ほどテキトーな奴はいないぜ」


 初等学校時代はもとより、士官学校に時代にもレミドの周りには軽薄な人間が多かった。心のつながりを求めるようなタイプは、レミドの形だけの友情を嫌い、寄ってこなかった。


 いい加減で軽薄。そんなレミドだったが、ただ一点だけ。生真面目すぎる一面があった。

 容姿端麗で明るく人懐っこいレミドである。女性たちは放っておかない。

 同世代、年上、年下。ことあるごとに誘われたり、愛の告白をされたりしてきた。

 だが、レミドは得意の軽薄な態度で、それらを巧みにかわし、あるいは断ってきた。


 ある時、友人に聞かれた。

「お前、女嫌いなの?」


「そんなんじゃねえよ。ただ……」

 その言葉の続きは口には出せなかった。


 幼い日に目に焼き付いた姉の美しさ。それはレミドに呪いをかけていた。


 女性を知り、失望することが怖かった。

 彼女たちですら、心の穴を埋めることができないということを知ることが怖ったのだ。


 やがて士官学校を卒業し、ウェスリン砦へ配属が決まった。

 王都には多くの友人がいた。レミドが遠く離れることをみんなが惜しんだ。


「別に俺がいなくなっても、どうってこたあないっしょ。すぐ忘れるって」

 レミドはそんな軽口を叩いたが、それは彼の本心だった。


 友人たちのことは好きだし、離れるのは寂しい。自分のことを大切だと思ってくれる人たちは尊い。だが、それでも、しばらくすれば、自分のいた場所に別の誰かが入り込むことをレミドは知っていた。

 ほかならぬ彼自身がそういう関係を築いてきたのだから。   


 王国の西の外れのウェスリン砦。静かで、間違いなく田舎だった。

 同じく西の国境沿いでも主要街道沿いは周辺に街も多く賑やか。


 赴任してきたときに、こりゃあ、外れかな、などとレミドは思ったものだ。

 彼は賑やかなところの方が好きなのだ。


 着任日。隊長に案内され、砦内を見て回った。

 ヒルディを見かけたのはホールだった。

 朝礼や式典や戦闘訓練を行う多目的ホール。


「まあ、昔はパーティをすることもあったらしいがね。貴族連中が軍の上にいた頃は、そりゃあ、いい加減だったらしいからなあ」

 言いながら、レオン隊長はホールの扉を開いた。


 高い位置に設けられた窓から日差しが差し込み、廊下よりもずっと明るかった。

 その光の中で、黄金の髪をおどらせて、剣を振る女性がいた。


「彼女がもう一人の女性隊員。ヒルディ・オルテンだ。君より二年早く、この砦に配属された」

 言って、レオン隊長がヒルディを呼ぶ。

 だがヒルディは聞こえないのか振り向きもしない。


「おい、ヒルディ」

 レオン隊長がさらに大きな声を出そうとする。


「いや、いいっすよ。邪魔しちゃ悪いし。どうせ、これからは毎日顔を合わせるんでしょ」

 言いながらもレミドは剣を振るヒルディから目を放せなかった。

 それはレミドには、幼い日に見た姉の姿と重なって見えた。


 その後、昼食時に食堂でレミドは隊員一人一人に紹介された。

 そこでヒルディとも初めて話した。

 凛としていて、いかにも気が強そうで、そしてひどく不器用そうで。

 もし、姉のマリアがあのまま大人になっていれば、こんな風になっていたのではないか、そんな様子だった。


 姫騎士。

 レミドにとってその名が特別であることを知る者は誰もいない。ただ一人、レミド本人以外には。



「おい、レミド。聞いているのか?」

 アックスは乱暴にレミドの肩を叩いた。


 砦の壁面を見ていたレミドが、アックスに注意を戻す。

「あっ、すんません。まったく聞いてませんでした」


 砦の裏。二人とも重武装の黒甲冑姿である。手には長い槍を持っている。戦闘訓練の最中だ。


 ぶん、とアックスの槍が風を切り、レミドを襲う。レミドが慌ててしゃがんだため、槍は彼の頭上を通り過ぎていった。


「わっ、危ないじゃないっすか。マジ、ヤバかったすよ」


「その舐め切った態度。ヒルディが甘やかすからこうなるんだ」

 アックスの声は苦々し気だ。


 レミドがヒルディの相棒バディから、アックスの相棒バディへと変更になったのは、今朝のことだ。


「あくまでも試験的なものだ。様子を見てすぐに戻すこともある」

 レオン隊長はそう言っていた。


 レミドとしては青天の霹靂である。

「いや、マジっすか? どうなってんっすか? わけわかんねえっすけど」

 などと大慌て。

「アックス先輩の相棒バディとか、マジ、ないっすけど」


 ただ、そんな大げさなリアクションを取りながらも、心の中では納得してもいた。

 恐らくヒルディが相棒バディ変更を申し出た結果だろう。


 オーガー事件以降、ヒルディの態度がおかしいことはさすがにレミドも分かっていたし、それがどういう意味を持っているかも経験から理解していた。


 確かに、このままじゃあ、マズイね。マジ、ヤバだね。


 今まで、冗談めかしてヒルディに好意があるように振る舞ってきた。彼女についつい絡みたくなってしまうからだったが、より軽薄に振る舞い、彼女に姉の姿を重ねている自身の本心を隠したいという部分もあった。

 ヒルディが自分に好意を持つことはないと確信した上でのこと。


 だがヒルディが露骨に好意を示すようになれば、レミドも気づかぬ振りはできない。それは、これまでの関係の破綻を意味していた。好意を受け入れるか、拒絶するか。

 どちらにしても大きく変わるだろう。


 ほかの相手なら、レミドもしょうがないと割り切った。

 だが、ヒルディとの関係を切り捨てることはできそうもない。

 ほかならぬレミド自身が、ヒルディに強く惹かれているのだから。


 レミドはアックスから、また視線を砦の壁面に向けた。


 金髪を風におどらせ、スカートをなびかせて、ヒルディが外壁に取りついて、窓を拭いている。

 脚絆、籠手、胸当ての軽武装。さらにスカートにも金属補強がほどこされ、さながらドレスアーマーといった様相。

 この女性限定スカート兵装は浮遊機能がある。数秒間ながら宙を浮くことができるのだ。あくまでも飛ぶというよりも、緩やかに落下するというものだが。


 形状の問題もあるが、魔力消費もコストもかかりすぎる点があり、全隊員の軍服に同機能を盛り込むことはできなかった。

 それがなぜ女性隊員に割り当てられたかというと国王のせいである。


 新たな兵装を開発した技術仕官によるプレゼンテーションを受けた国王は、全隊員に割り当てるにはコストが高すぎるという問題を聞き、真面目な顔でこう言った。

「ならば、女性隊員のみでよかろう。男が飛んだところでつまらぬしな」


 その場にいた誰も王の発言の意図が理解できなかった。冗談だったのか、あるいはなにか深い意味が隠されていたのか。

 王の真意は分からないが、ともかく、陛下がそうおっしゃられるならば、ということでスカート兵装が女性隊員たちに導入されたのである。


 いつもならば窓拭きなど年に一度の大掃除の際に行うくらいだ。

 だが、三日後に大臣が来るというので、難癖つけられないように、と念を入れて、ルビーとヒルディは率先して行っているところだった。


 ガツンと胸に衝撃があり、レミドは吹っ飛んだ。アックスの槍の一撃を胸に受けたのである。

 十メートルほども吹っ飛んで仰向けに転がる。

 ちょうどヒルディを見上げる形になった。


 ヒルディも下を見ていたので二人の目が合った。

 レミドは軽く手を振った。

 すると、ヒルディが恥ずかしそうにしながら、小さく手を振り返す。


 ホント、ヤバいね。


 レミドは大きく息を吐いた。

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