最初の試練
道々、いろんな話を聞けた。
聖騎士ギルバート・ベルアンナは、半人半馬のナルシストだけど腕は確かで、暗黒騎士ヴォルディバの後輩であること。
魔導士ティト・リュシェルは、大魔導士イルハートの師匠の親友で、なんとじっちゃんの昔の恋人なんだとか。
世間は狭い。
今回のパーティーメンバーはみな、ネプォンたちと何らかの繋がりを持つ。
「チェタ鉱山に着いた。アーチロビン、スカウトを頼む」
鉱山の入口で、ケルヴィン殿下がカンテラを渡してくる。ネプォンとはえらい違いだ。あいつなんて、顎でしゃくるだけだったもんな。
「ワシも後ろにおるからの」
魔導士ティトが、俺の背後を警戒してくれる。
杖をつくわりに、こういう時は俊敏だ。
大魔導士イルハートは、疲れることは嫌だといって、ろくな援護もしなかった。
俺が確認した後ろを、ケルヴィン殿下たちがついてくる。
「足元、注意してください」
俺が言うと、みんな素直に聞いてくれる。
俺にとっては新鮮だ。ネプォンたちは、文句ばかりいい、勝手なことをして敵に見つかっては、それを俺のせいにしていたから。
他の冒険者たちも、似たような奴らが多かった。
『敵に見つかっても、チートキャラが蹴散らすから平気だ』と。
効率の優先と、安全の確保は必ずしも両立できるわけじゃない。
死傷率を下げ、本命に挑めるよう罠を回避して目的地に向かえるようにするのが、スカウトの役目だと思ってる。
例え俺一人で戦うとしても。
ピチョーン、ピチョーン。
坑道の中に、水滴の落ちる音が響く。
俺はしゃがんで、足元に目を凝らした。
坑道の下の土が、不自然に盛り上がっている場所がある。
落とし穴だ。
水滴が首筋に落ちてくることに驚いて、思わず避けようとして、足を踏み入れてしまうという寸法。
「みんな、上から落ちてくる水滴を気にせずに、俺の辿った通りに来てください。落とし穴があります」
俺が言うと、みんなが緊張しながらも返事してくる。
「わかった」
「任せたぞや」
「気をつけて」
「ち、ちゃんと後をついていきます」
俺は手を頭に翳して、水滴を受けながら、落とし穴をかわして進む。地面は強めに踏んで、足跡を残しておいた。
こうしていれば、辿るだけでいいから、楽だろう。
「みんな、足跡が見えますか? この通りに来てください」
俺は向こう側に辿り着いて、カンテラを翳して呼びかけた。
みんな一人一人、慎重に歩いてくる。
魔導士ティトが俺の次に来て、火の魔法で足元をよく照らしてくれた。
次に、ケルヴィン殿下、その後ろをフィオがついてくる。
フィオは、慣れないせいかビクビクしながら歩いていた。
心配だな……。
ケルヴィン殿下が渡りきって、フィオが最後の落とし穴の横を抜けようとした時、ピチョーン、ボチョン!
大きな水滴が、フィオの頭と尻尾に同時に降りかかった。
「きゃ!」
フィオは思わず横によける。
「フィオ!!」
俺は慌てて彼女の手首を掴んだ。
ボコ! と彼女の足元が抜けて、暗い穴の底が見える。
フィオの体は宙ぶらりんだ。
「あ……あ」
フィオは宙ぶらりんになった恐怖から、全身がガチガチだ。
引き上げないと。
「アーチロビン!」
ケルヴィン殿下が、駆け寄ろうとして、カチリ!と音がした。
しまった!
もう一つのトラップが発動したな!
「みんな、伏せて!!」
俺が言うと、全員床に伏せる。
シャキン!!
頭上を、ブーメランのようなやい刃が飛んできて、反対側の壁に突き刺さった。
立っていれば胴が、しゃがんでいても首が落ちるところだった。
「みんな、動かないで」
俺は小声でそういうと、フィオをゆっくり引き上げた。
「あ、ありがとう、アーチロビン」
「いいんだ、フィオ。落ちなくてよかったな」
俺はフィオを引き上げた後、地面を少しずつ確認して、他に罠がないか確認する。
どうやら、発動した罠の近くだけに出現するトラップのようだな。
「聖騎士ギルバート、大丈夫だ、来てくれ」
俺は彼を呼んで、渡りきるのを確認する。
魔導士ティトが、開いた穴と発動した罠を確認して俺を見た。
「魔族の罠ではないの」
「あぁ、おそらく冒険者の誰かだ。この鉱山をよく知る元坑夫かもしれない」
俺が服に着いた土を払っていると、申し訳なさそうに耳を垂らしたフィオがいた。
そんなに気にしなくてもいいのに。
俺はなるべく明るい声で、声をかけた。
「フィオ、痛いところはない?」
「い、いいえ。ごめんなさい。私ったら驚いてしまって」
「気にしなくていい、誰だって怖いよ」
フィオは、シュンとなって頷いた。
気にするなと言っても、してしまう真面目な性格なんだな。
「お、俺もすまなかった。罠を踏んづけてしまったみたいだな」
後ろからケルヴィン殿下も、頭を下げてくる。
王族が平民に頭を下げるなんて。
「いえ、俺もすみませんでした。こういう罠も見つけてこそのスカウトです」
「いや、俺が迂闊だった。それに、お前が伏せろと言わなければ、俺たちはここで死んでいただろう。ありがとう、アーチロビン」
「いえ、そんな……」
こんなに腰の低い王族なんて、いたんだな。
スカウトを依頼してきた方から、こんなに気を遣われたのは初めてだ。
「お前さんなら、安心して任せられそうじゃの」
「いや、ありがたいよ。地面に体がつくのは嫌いだけど、これは仕方ない」
魔導士ティトも、聖騎士ギルバートも、ニコニコ笑ってお礼を言ってくる。
な、なんだかな……なんとなく、くすぐったい。
最初に組んだパーティーが彼等だったら、俺は誰かと旅することをこんなに嫌がらなかったかもしれない。
気のいい人たちばかりだ、ということはわかる。でも、俺をなぜこうも信用してくれるのだろう。
「あの……ケルヴィン殿下」
「ん?」
「俺を信じてくださって、ありがとうございます」
「当然だ」
当然───か。
「よく知らないのに、なぜ……」
「言葉や態度を見れば、お前がどんな人間かわかるさ。最初はな、お前が旅の同行を断ったら、従者に召し上げてしまおうかと考えてたんだ」
「!!」
「けれど、やめた。お前は従者ではなく、友になれる気がしたから」
「お、畏れ多いことです」
「はは、だから、お前の意志は尊重する。このヘカントガーゴイル戦が終われば、約束通り帰っていいからな」
「はい……」
嘘は言っていないようだ。
この人はフェアな人なんだな。
身分を理由に、命令することもできるのに。
この人たちとなら、長旅してもいいような気がしてくる。
でも、俺は……。
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