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魔王の生存

「アーチロビン、お客様に中に入ってもらいなさい」


玄関の扉が開いて、じっちゃんが顔を出した。

いや、別にお客ってわけじゃないぞ?


それに、名前がバレちまった。

なんのために通り名を名乗ってるか、わからなくなるじゃないか。


そう思っているうちに、じっちゃんがグライア神官の方に手招きをして、中に入れてしまった。


あーあ、断りにくくなるなぁ。俺は、ため息をつきながら中に入る。


「こんな森の中なので、大したお茶は出せませんが、どうぞ」


じっちゃんは、自慢のブレンドティーをグライア神官に勧めた。


「あ、ありがとうございます! いただきます。

あ……熱!!」


グライア神官は猫舌なのか、お茶をこぼしている。


「おや、おや、すみません! 熱すぎましたか?」


じっちゃんがハンカチを差し出した。彼女は恐縮しながら口元を拭いて、改めてお茶を飲む。

ところが慌てているのか、今度は喉に詰まらせた。


「ゴボ! ゴホゴホ!」


「おやおや、ゆっくりお飲みなさい」


「ず、ずみませ……ごほ!」


彼女の顔は真っ赤になっている。相当な慌てん坊のようだ。じっちゃんは、ニコニコしながら、お茶を淹れ直してあげている。


俺は半ば呆れながら、じっちゃんからお茶を受け取ると、彼女の前に置いた。


「今度はゆっくり飲んで。誰も急かしてないから」


彼女は、耳と尻尾を、しゅんと垂れさせながら頷いた。


彼女がお茶を飲んで、ソーサーに置くのを見届けてから、俺は本題に入る。


「グライア神官、さっきの話ですけど」


「あ、どうぞ、私のことはフィオとお呼びください。敬語もいりませんから」


「わかった。じゃあ君も敬語をやめて。俺の名前も、呼び捨てにしてくれ。歳もそんなに離れてないだろ」


「え、ええ、では……えっと、アーチロビン?」


「ああ、アーチロビン・タントリス」


おっと、フルネームで名乗ってしまった。

普段仕事相手には、明かさないのに。


なぜか、彼女には素直に言ってしまう。

おかしいな。


フィオは首を捻る俺に、不思議そうな顔をした。

おお、と。話を進めないと。


「悪い、話の続きをしようか。フィオ」


「ええ」


「じゃ、改めて聞くけど、『ネプォン王は魔王ダーデュラを倒していないのではないか』と君は言ったよな。ケルヴィン殿下が、そう言ったのか?」


「ええ、殿下はそうおっゃるわ」


「大聖女様は何と?」


「大聖女様は、魔王ダーデュラの姿はどこにもないと」


「それじゃ……」


「でもね、姿はないけれど、魔王ダーデュラは消滅していない。だって私、感じるもの」


「何を?」


「魔王ダーデュラの魂を」


「!!」


俺は彼女を凝視した。

何故……わかるんだ? 神官はそんな力まであるのか?


「そ、それじゃ、ネプォン王はやっぱり、魔王ダーデュラを倒してなんかいないってことだな?」


「倒したとも、倒してないとも言えるわ」


「……?」


「だから、その……ネプォン王が倒したのは肉体だけではないかと」


「!!」


肉体……だけ。

肉体の消滅だけでは、だめなのか?


「どういうことなんだ? 倒したから、肉体は消滅した。他に何が?」


「魂が未だ健在だということ。肉体を失ってなお、魔王の魂は現世に留まっているの」


「なんて事だ……フィオはそれを感じているんだな?」


「ええ」


「それならなぜ、神殿は王に報告しないんだ? 大聖女様も、ダーデュラの魂の存在を感じてるんだろう?」


「え、えぇ、それはその。オベリア様も、私と同じ結論なのだけど」


オベリア様も?

どうも歯切れが悪い。俺はフィオを見つめて質問した。


「なぁ、今の大聖女はオベリア様、だよな?」


「その……実はオベリア様は体調を崩されていて、今はシャーリー様が代行してらっしゃるの」


「何!?」


俺は思わず声を荒らげた。

あの女が、何故!?


フィオは俺の大声に驚いて、耳と尻尾をピンと立て、固まってしまった。


「これこれ、娘さんが怖がっているぞ、アーチロビン。優しく言いなさい」


じっちゃんが顔を顰めて、俺を叱る。そ、そうだ。彼女に怒ってどうするんだよ。


「ごめん、フィオ」


「い、いえ」


「その、何故シャーリーなんだ? 魔王討伐の功績があるからか?」


「それもあるけど、元々シャーリー様は大聖女候補の筆頭なの。みごと魔王討伐を成し遂げた功績で、近々着任する予定だったから、驚くことではないのよ」


「そんなにすごい神官だったのか」


「ええ。聖属性の魔法を使わせれば、右に出るものはいないもの」


───確かにな。シャーリーの回復魔法は、よく効いた。滅多にかけてもらえなかったが。


それにしても、ネプォンといいシャーリーといい、望みの地位を手に入れたってわけだよな。


「じゃ、シャーリーは、魔王ダーデュラの魂の存在を感じていないのか?」


「そうみたい。神殿の中で感じているのは、私とオベリア様だけ。私は見習い神官だから、誰も信じてくれなくて」


フィオは俯いた。

見習いか。確かに頼りなさそうだもんな。


だが、何故シャーリーにはわからないんだ?  と疑問に思ったところで、またイヤなことを思い出した。


シャーリーは、暗黒騎士のヴォルディバとできてたよな。


まさか。


「貞操の掟を破ったら、霊力は落ちるのか?」


俺が呟くと、フィオは目を丸くする。


「いいえ? 大聖女様は、王の妻になることがあるから、貞操の掟を守らないといけないだけ。私の母さんも神官だもの。男性を知っても、霊力は落ちないと聞いてる」


「お、おぉ、そうか」


と、いうことは、単純にシャーリーよりもフィオの方が霊力が高いってことじゃないのか? 大聖女オベリア様と、彼女にしか感じられないというのなら。


そう考えている俺の顔を、フィオが覗き込む。


「シャーリー様を、知っているの?」


「あぁ、前にパーティーを組んでた。勇者ネプォンのパーティーに、俺もいたんだ」


「……え!」


「途中で脱落したけどな」


苦々しさが蘇る。大きな力も手に入ったから複雑だが、連中の顔はあまり思い出したくない。


「脱落? あなたの力は素晴らしいと、冒険者はみんな言うわ。ただ、なかなか仲間にできない、て」


「素晴らしいかどうかはさておき、討伐対象を絞って、そいつを倒したら去る。それが俺のやり方だよ」


「そうなのね……。魔王ダーデュラの討伐の旅に、ぜひ来てもらいたいのに」


「ごめん」


「……わかった。殿下には、私からお断りを伝えるね。話を聞いてくれて、ありがとう」


フィオは、残念そうな顔をすると、耳と尻尾を下げて立ち上がった。


俺はそんなフィオを見て、少しかわいそうになってくる。


彼女は身分の高い相手からの指令で、ここに来ている。下手にダメでしたと伝えれば、彼女がどんな目に遭わされるかわかったものじゃない。


「待って、フィオ」


「?」


「自分で断る。ケルヴィン殿下の宿泊先につれて行ってくれないか?」


「あ、ありがとう。なんて言おうか、悩んでたんだ」


フィオは、少しホッとしたような顔で笑みを浮かべた。

彼女の素直な表情に、俺も笑顔で返して立ち上がる。


俺はフィオと一緒に森を出て、ケルヴィン殿下がいるという宿屋に向かった。


「あ!!」


フィオが、急に走り出す。


「どうした? ───え!!」


宿屋の周りに、大鎌を構えたソウルイーターたちが群がっていた。


何故!?

魔族は街中に入れないよう、軍が監視しているはずなのに。


よく見ると、男が一人、屋根の上で善戦している。


あれではダメだ、敵の数が多い!


案の定、男は徐々に間合いをつめられ、ソウルイーターどもに群がられる寸前だった。


「殿下を助けないと!!」


フィオが叫ぶ。つまり、あれがケルヴィン殿下なんだな。


「俺が行く!」


俺は、宿屋の中を駆け抜けて、屋根に飛び出す。間髪を入れず、男とソウルイーターたちの間に割り込んだ。


「だ、誰だ、お前は?」


「助けにきた」


「この数を倒せるのか!?」


男の問いに俺は、ソウルイーターたちを見回して断言する。


「倒せる」


読んでくださってありがとうございました。

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