手にした力
辺りは暗闇だ。
まるで、暗い海の底にいるみたいだ。
とにかく寒い。
俺は死んだのか……?
ふと、目を凝らすと、漆黒の闇の向こうから、何かが近づいてくる。
な、なんだ!?
目の前に現れたのは、大帝神龍王。
俺は驚愕して思わず後ずさった。
俺一人でどうにかなる相手じゃない。
殺される!
怯えていると、大帝神龍王が顔を近づけてくる。
大きい!
俺なんて一瞬で牙の餌食だ。
牙で噛み砕かれる瞬間を想像して、絶望的な気持ちになる。
「我を引き寄せた魂の主か」
大帝神龍王が、喋った!?
俺は驚いて、相手を凝視する。
真っ暗な空間の中、俺と大帝神龍王はじっと見つめ合った。
「我はお前の魂を、何度も喰らおうとした」
「!?」
「だが、喰らえなんだ。お前の魂に欲が少なくて、我の牙がかからぬ」
「え……」
「永き刻の中で、我に食われぬ魂を持つ者に出会ったのは初めてだ。次第にお前の魂は、我の魂を浄化し始めた」
クスクスと、大帝神龍王は笑いだす。
俺の魂が、大帝神龍王の魂を浄化した?
な、なぜ?
俺にそんな力なんて、ないはずだけれど。
混乱していると、大帝神龍王の体が輝きだした。
「素晴らしい魂だ。我の魂をお前に同化させたい」
「同化!?」
「我の魂の主となれ。我はお前であり、お前は我なのだ」
ち、ちょっと待ってくれ!!
一体、何がどう……。
大帝神龍王は、神々しい光を放ったまま、俺の中に入ってきた。
「うわぁぁぁぁー!!」
その衝撃で、俺は叫びながら再び意識を失う。
同化? 魂の主?
一体……どういうこと……なんだ。
誰か……教えて……くれ。
じっちゃん……俺は……。
「オナカ、スイタ! オナカ、スイタ!!」
耳元でオウムの声がする。
俺の相棒、オウムのフェイルノの声だ。
……なんだ?
俺は生きているのか?
ゆっくり目を開けると、フェイルノが俺の顔を覗き込んで羽をバタバタさせていた。
「フェイルノ……お前……どうして……」
危ないからと、ダンジョン近くの街に預けてきたのに。
こんなディープダンジョンの中に、たった一羽で降りてきたのか?
そう思っていると、目に強烈な光が差し込んでくる。
「!!」
これは……外の光?
ここは、外なのか?
しばらく目を閉じて、目が慣れるまで待っていると、耳がいろんな音を拾う。
草ずれの音、鳥のさえずり。
やっぱり外だ。俺は、助かったのか?
ゆっくりと体を起こして、慣れてきた目を開き、自分の体を眺める。
どうもなっていない。
どういうことだ? 俺は大帝神龍王と一緒に、封印されたのでは?
「オナカ、スイタ! オナカ、スイタ!」
オウムのフェイルノが、さっきから喧しく同じことを言う。
「ちょっと待ってろよ。確かポケットにクッキーが入って……」
俺がポケットに手を突っ込んだ時、馬の蹄の音が近づいてきた。
ドドド!!
馬に乗った一団だ。
人相の悪い連中で、追い剥ぎだとすぐにわかった。
ダンジョンの冒険を終えた勇者は、宝物を持って出てくる場合が多いし、中で連戦しているので、疲労も溜まっている。
ましてや、俺は一人。
狙いやすいのか。
「おうおう、そこの兄ちゃん。ダンジョン帰りかぁ?」
「仲間はどうしたんだよぉ。あ、自分だけ逃げ出したクチか?」
彼らはゲラゲラ笑いながら、俺を取り囲む。
俺は、素早く背中に装備していた弓を取り出して、矢をつがえた。
「やめとけって、一人狙う間に他の奴がお前をぶっ殺すぜ」
連中の頭領らしき男が、ニヤニヤ笑いながら馬上から偃月刀を俺に向けてくる。
一難去ってまた一難。なんて日だよ、まったく!
「金目のものは持ってない。一文なしだ」
俺は正直に言った。
実際そうだから。
「は! 嘘をつけ。ダンジョン帰りは、必ず宝箱の中身を持ってるはずだ。残らず出すんだな」
「そうだ、そうだ。隠すとためにならねーぜ」
連中は、なかなか諦めない。
くそ! どうしたらいい?
俺がネプォンに持たされていた、あの大量の荷物はもうない。
背嚢にも大したものは入ってない。
渡せるものがないのに。
「おい、身包み剥いじまえ! 服のどこかに金貨を隠してるかもしれねぇ」
「ちっ、お頭。男の身包みを剥がしても面白くねぇっすよ」
「は、いざって時は、金持ちの女貴族のところにでも売り飛ばすさ。女に好かれそうなツラしてやがるからな」
「ムカつく野郎だぜ」
連中のうちの一人が、馬を降りた。
「来るな!!」
俺は素早く奴の足元に、つがえた矢を放つ。カッと一瞬だけ、矢が刺さった地面が光った。
い、今のは?
そう思っていると、連中の目が吊り上がる。
「この野郎!! 手足を折ってやらぁ!」
「いや、切り落とせ! 逆らえないように、喉も潰してしまえ!!」
連中は一斉に武器を構えた。もうダメだ!!
じっちゃん、ごめん……俺、帰れない……。
覚悟して目を閉じた。
───ん?
いつまで経っても、何も起きない
恐る恐る目を開けると、武器を構えたまま、動けずにいる連中の姿が見えた。
「な、なんだぁ!?」
「お頭、おかしいですぜ! 腕が動かねぇ!」
「見ろ、普通に手を開いたり閉じたりできる。なのに野郎を攻撃しようとすると、力が入らないんだ!」
!?
なんだって!
俺はそれを聞いてハッとなった。
それはまさに、大帝神龍王と戦おうとした俺たちが、そうだった。
攻撃しようとすると、身体ごとフリーズしてしまう。攻撃を発動させることすらできなくなるのだ。
は! ……これは、攻撃抑止の力!
「なら、魔法ならどうだ!? 燃え盛る炎よ、敵を焼き尽くせ、メラファィア!!」
連中の頭領が、魔法を詠唱しだした。
でも、構えた手のひらから、微かな煙が上がるだけ。
やっぱりそうだ。大魔道士イルハートの魔法も、こんな感じで一発も発動できなかった。
もし、本当に大帝神龍王の力だとしたら……俺は、奴の力を使えるようになったのか?
奴を水晶に封印するために、体に取り込まれたはずなのに、これじゃ俺が取り込んだみたいじゃないか!
それじゃ、さっき大帝神龍王と会ったのは、現実なのか?
だとしたら、攻撃抑止はニ回。三回目は……!!
「やめておけ! この力はあらゆる攻撃の発動を止めてしまう。そして、三回目は!」
俺が言いかけると、連中の頭領が馬を俺の方に向けて、突っ込んで来ようとした。
馬で蹴り飛ばす気か!?
そう思った瞬間、
「うわぁぁぁー!!」
頭領が叫び声を上げて、馬の背中から後ろに吹き飛んだ。
「お頭!!」
「な、なんだ!?」
手下連中は、慌てて彼に駆け寄る。
頭領は泡を吹いて気絶していた。
俺は地面に刺さった矢を引き抜くと、連中の後ろに近づく。
「ひっ……ひい! ば、化け物!!」
手下たちは、怯えて後ろに下がった。
「俺に手を出すな。攻撃抑止は二回まで。三回目は本人に跳ね返る」
俺はそう伝えて、フェイルノを肩にとまらせると、頭領が乗っていた馬に飛び乗った。
「迷惑料として、この馬をもらうぞ。いいか、俺を追うなよ!!」
俺は馬の腹を蹴って、故郷の方へと走らせた。
思いがけず手にした、この力に驚きながら。
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