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追放と生贄

「ちっ! やってらんねーよ!!」


勇者ネプォンは、目の前の敵に舌打ちしている。


「ここまで攻撃を封じられたら、なす(すべ)がないじゃないのぉ。どうなってんのよぉ」


隣の大魔道士イルハートが、光を失った自分のロッドを見つめて悪態をついた。


彼女は、スタイル抜群の妖艶な美女だ。だからって、戦いの場に露出度満点の装備で来るのはいただけないが。


「もう逃げようぜ、ネプォン。レアアイテムなんて諦めてさ」


暗黒騎士のヴォルディバが、剣を鞘に戻す。


「諦めるだと……?! こいつを倒せば、敵を完全無力化できるという、レア中のレアアイテムが手に入るんだぞ?! おい、お前も何か言えよ、アーチロビン!!」


ネプォンが、苛立ちながら俺の方を振り向いた。何か言えと言われても、俺は荷物の重さのせいで身動きすらままならない。それも、こいつら全員分の荷物を背負わされているせいだというのに。


「この大帝(たいてい)神龍王(しんりゅうおう)はいわゆる裏ボス、魔王より強いと言われてるんですよ? 魔王用のチートアイテムを少し回して、減った体力を補う。それから逃げるしかないですよ!」


俺は現時点のベストな決断を口にした。とにかく全滅しないことが重要だから。


大帝(たいてい)神龍王(しんりゅうおう)は、世界中にいる龍王の長。鉄壁の防御力を持ち、状態異常にも滅多にならない。


毒、目くらまし、混乱、魅了、暴走、即死、石化、時間停止、ほぼ無効ってわけだ。暴走は恐ろしくて、試す気にならないけど。


そして何よりの脅威は、『攻撃抑止』。相手のあらゆる攻撃を発動前に止めさせて、一切攻撃をさせないという恐ろしい技。


つまり今俺たちは、攻撃の全てを発動すらできず、大帝神龍王から一方的に攻撃される、という目もあてられない状況に陥っているのだ。


「はあ……」


そもそもこういう敵は、弱体化する条件を満たしてから挑むモノ。


世界各地に現存する龍王を全て倒し、龍神に認められた勇者が、その力を授かってからようやく五分で渡り合える相手なのに。


ネプォンは龍王を数体しか倒しきれず、龍神にも認められなかった。準備不足のくせに、勇者としてのハクをつけたいのと、レアアイテム欲しさに挑み、こうなっている。


それなのに……。


「この、馬鹿弓使いが!! チートアイテムをこれ以上使えるもんか!! 全体回復薬も、無敵の薬も一切使うな! 魔王ダーデュラ討伐にとっておけ!!」


ネプォンは、ギャンギャン騒いで俺を睨みつける。じゃ、どうするんだよ?

大帝神龍王が手加減してくれるとでも?


ラスボスを凌駕する、事実上この世で最強の裏ボスなのに。その時、大帝神龍王が衝撃波を放って、みんな一気に吹き飛ばされた。


俺たちは、ボロボロになりながら、慌てて近くの岩の後ろに隠れる。


もうこれ以上もたないぞ!? 俺は全体回復薬を、大量の荷物の中から引っ張り出した。


「使うな! 馬鹿野郎!」


ネプォンが目ざとく気づいて、俺の目の前に短剣を突きつける。


危ない! 何、味方を攻撃してるんだよ!?


「も、もう仕方ありません!」


神官のシャーリーが、いても立ってもいられないと言った様子で、背嚢から小さな三叉の水晶を取り出した。


「あら……いいものを持ってるじゃないのぉ」


イルハートが、シャーリーの水晶を見て目を細める。


「大聖女オベリア様にいただいた、古代の秘宝です。大帝神龍王と同じ時代に生まれたこの聖なる神器なら、大帝神龍王を封印できるでしょう!!」


シャーリーは、震える手でその水晶をみんなに見せた。


「そんないいモノあるなら、さっさと使ってくれよ!」


ネプォンが叫ぶと、シャーリーは悲しそうな顔をする。


「本来は、魔王ダーデュラに使えと言われていたのです。それに……これは魔王用の封印ですから、魔王以外を封印するには依代(よりしろ)が必要なのです」


依代(よりしろ)……? つまり生贄(いけにえ)?」


「そうです。大帝神龍王をこの水晶に引き込むために、別の魂が必要なのです」


シャーリーとネプォンが、水晶を見つめて考え込む。


別の魂? そんな犠牲を出すくらいなら、みんなで回復して逃げたほうがいい。


大帝神龍王はこのダンジョンの外までは追ってこない。アイテムと違って、命は替えがきかないんだから! そう思っていると、ネプォンが俺の喉に短剣をあてた。


……え!?


「ちょうどいい。依代(よりしろ)ならこいつだ」


みんなの視線が俺に刺さる。

う、嘘だろ!?


俺が抵抗しようとすると、暗黒騎士のヴォルディバが、肩を押さえつけてくる。


「大人しくしろ! 固有アビリティのない役立たずめ。やっと俺たちの役に立てるんだから、喜べよ」


こいつ!?


確かに俺は、固有アビリティを持たない弓使いだ。それはこいつらが、自分達の装備に過剰に金をかけすぎて、凄腕の弓使いを雇うだけの余裕がなかったからだ。


元々、森で狩りをしていた俺を強引に勧誘して、一人暮らしのじっちゃんの持病を治すことを条件にパーティーに加入させたのはこいつらなんだぞ。


俺も、勇者ネプォンは人気の有名人だったし、そんな人の下で名を上げたい、という欲が少しもなかったとは言えない。


でも、実際のネプォンは、外面がいいだけの、猫かぶりの最低勇者だった。運の良さを示すラック値だけが異常に高く、そのおかげでやってこれたやつだったのだ。


毎日、下働きと荷物持ちをさせられて、ろくな装備もさせてもらえない。戦いには命懸けで参加させられて、終われば役立たずと罵られる。


その挙句が、生贄(いけにえ)になれだと?


冗談じゃない。一人で俺の帰りを待つじっちゃんのために、俺は生還しなきゃいけないんだ!


諦めずに身を捩る俺の前に、イルハートがロッドを向けてくる。


「大人しくしなさいな、可愛いぼうや。あなたの犠牲は忘れないからぁ」


俺は必死に首を横に振って、シャーリーを見る。


神官のあんたは違うよな!?


「この女に期待しても無駄だぜ」


暗黒騎士のヴォルディバが、イヤな薄笑いを浮かべて言った。ど、どういうことだ?


「何せシャーリーは、俺とできちまってるんだからな」


「!!」


その場にいる全員が驚く。一番あたふたしているのは、シャーリーだ。


「黙ってると約束したじゃない!」


「お前がモタモタしてるからだ。ウブなふりもやめときな。俺が初めてじゃねぇだろ?」


ヴォルディバは、シャーリーを見てニヤリと笑う。


シャーリーは、何か言いかけたけれど、突然暗い目をして水晶を俺の胸にピタリとあててきた。


「今更諦めるものですか。私はどうあっても魔王ダーデュラを倒して、大聖女になるのよ」


「そうそう、それでいいんだよ。貞操の掟を破っちまったお前は、魔王討伐くらいの功績がなきゃ、大聖女にゃなれねぇもんな」


「な……!!」


俺が戸惑う前で、ヴォルデバがシャーリーに投げキッスをする。


「ほんとにいけない女だよ。でも、そこが好きだぜ」


「あんたの口の軽さは、いただけないわ」


シャーリーはヴォルデバを睨んで、俺の胸に水晶を押し込んできた。水晶は光り輝いて、俺の胸にズブズブと入り込んでいく。


「ひっ……!!」


痛みはない。でも、無性に寒い。ガタガタと震えだした俺の顔を、イルハートが優しく撫でる。


「さようなら、可愛い坊や。味見できなかったのが残念だったわぁ、うふふ」


彼女がそう言うや否や、ネプォンが俺の顔を殴ってきた。


「こいつ! 生意気に俺の女に色目使ってたのか!?」


……馬鹿か。誰がこんな女に色目なんて使うかよ。


そんなことより、一番悲しいのは……。


「尽くした挙句が、これかよ?」


パーティーに参加して以来、少しでも役に立ちたくて、認めて欲しくて、俺なりに必死に努力してきた。雑用も全部引き受けたし、待遇悪くても文句も言わず、貢献してきたつもりだった。それなのに、こんなのあんまりじゃないか?!


ネプォンは呟く俺を、大帝神龍王の前に突き飛ばした。


大帝神龍王の体に、吸い込まれていく俺。


「俺は魔王ダーデュラを倒し、この国の姫と結婚して国王になる男だ!! お前なんかにかまってられるかよ!!」


ネプォンのそんな言葉が聞こえる。


畜生こんな……これが俺の人生の終わりなんて。他人なんか信用した俺が悪かったのか……?


後悔と絶望の底で、最後に浮かんできたのは、ずっとあの家で一人、俺の帰りを待っている、じっちゃんのことだった。


じっちゃん……じっちゃんごめんな。こんなことなら旅になんか出ずに、ずっとじっちゃんといればよかった。


大帝神龍王に溶け込んだ俺は、そのまま真っ暗な闇に沈んでいった。


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