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咲けよ、散れども。  作者: 咲樂
2章 最初のライバル
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伸び盛りの怖さ

「鈴音ちゃん、少しは気晴らしになったかな?」

 早坂先輩に声をかけられて、私は口の中に含んでいたどんどん焼きをごくんと飲み下す。

「ごめんなさい。先輩に気を遣わせてしまったみたいで」

「いいよいいよ。レギュラー争奪戦なんてやったの私たちも初めてだから、みんな戸惑いつつ焦りもあって仕方ない」

「これまではどうやって決めてたんですか?」

「普段の練習の様子から、先生が決めてたよ。スタメンギリギリの人数だから、誰をどのポジションにするか決めるだけだったし」

 そう言う意味では、今回のレギュラー争奪戦は開かれた選考の場と言える。もちろん、最後に決めるのは鑓水先生であることは変わらないけど、お互いに説得力が違う。

「日葵に関しては、私もあこや南剣道部の一員としては、どうにかしたいと思ってる。でも、みんな同じ理由で剣道をやってるとは限らないっていうのも、分かってあげて欲しいな」

「剣道をやる理由……」

「たぶん蓮に聞いてると思うけど、少なくとも私たち三年は、穂波を全国へ連れて行くためにここまで頑張って来た。そしてそれは、必ずしも試合で活躍することだけを指すわけじゃないと思う。それこそ私は高校から剣道を始めた人間だから、戦力って意味では鈴音ちゃんたち一年生よりも劣るだろうし。サポートの方面で力を尽くすつもりだよ」

 先輩が苦笑する。自分の立ち位置を理解した、諦めの笑顔だった。三年生の彼女にそんなことを言わせてしまい、少しだけ心が痛む。でも、彼女の言っていることは正しい。戦力って意味では、彼女は一年生の経験者組に大きく劣るだろう。それは変えようのない事実だ。今のあこや南剣道部の戦力の充実を思えば、スタメン五人、補欠二人という、たった七枠のレギュラーに入れるかどうかは怪しい。

「それに剣道は大学に行っても続けるつもりだから、今年が最後の大会ってわけじゃない。だから鈴音ちゃんも、全力で私からレギュラー奪いに来て良いからね。もちろん、簡単には渡さないけど」

「あはは、ありがとうございます」

 もちろん、手を抜くつもりは最初からない。だけど、少しだけ気分が晴れたような気がした。これは先輩たちに対する挑戦だ。私がレギュラーに足る人間だって、みんなに認めて貰うための。だから全力で試合に臨む。それなのに日葵先輩に手を抜かれてしまって……それで、つい気持ちが高ぶってしまったのが今日の失敗。

「日葵先輩は、なんで剣道をやってるんでしょうね」

「ごめんね。それは私も知らないな。でも、今も部活に出てるってことは、剣道が好きなのは確かだよ」

「そう、ですよね」

 私にとっての剣道は、大会に出て、強い人と戦って勝つためのもの。日本一を目指すためのもの。じゃあ、日葵先輩にとっての剣道は?

 彼女は、何を思ってあれだけ強くなったんだろう。剣道が好きってだけで、身につけられるものなんだろうか。

 黒江は、目標を失ったから剣道を辞めたと言った。私も似たようなものだ。目標に届かないって諦めたから、一度は剣道を辞めようと思った。じゃあ、今も剣道を続けている先輩は――

「私、本気でレギュラーになりたいです。早坂先輩や、日葵先輩からも、レギュラーを奪うつもりで」

「それで『なにくそ!』って思えば日葵も応えてくれるよ。もしそうじゃなかったとしても、責めないであげて欲しいけどね」

 責める責めないの話じゃない。むしろ、その場合に責めるとしたら私自身だ。日葵先輩を焚きつけられなかったことを。先輩に気を遣わせて、手を抜かせてしまった、弱い私を。


「――勝負あり!」

 翌日、私は早坂先輩との試合に臨み、見事に勝利を収めた。三年生の意地で食らいつく先輩は、戦いにくい相手ではあったけれど、落ち着いて出方を伺えば隙は多いもので、しっかりと応じ技で決めることができた。

「今の試合は良かった」

 面を外すなり、珍しく黒江が声をかけてくれた。それくらいいい試合ができたってことなんだろう。私自身、今のは確かな手ごたえがあった。ちゃんと、自分の意志で一本を決められた。

「黒江に教わった剣道だもん。負けて泥を塗るわけにはいかないよ」

「これなら、大会までに次のステップに進める」

「うん、お願い。私、もっと力をつけたい」

 入れ違いに黒江が面をつける。コートの向こう側では、竜胆ちゃんが同じように面をつけて試合の準備を進めていた。いよいよ一年生同士の戦い――黒江と竜胆ちゃんの試合が始まる。

 昨日、お祭りで「黒江を倒す」と口にした竜胆ちゃん。ふたりの勝負と言えば、思い出すのは見学期間のことだ。はじめて竜胆ちゃんの試合を見た試合でもあった。

 彼女の剣道は熊谷先輩と同じ、運動量に任せて仕掛け続ける先手必勝型だ。ただし、根本的な体力が違う。試合を決めるために息を吐かせぬ連撃を繰り出すことは誰だってあるが、竜胆ちゃんには最初から最後までそれでやりきるだけの、底なしの体力がある。仕掛け続けることは、試合そのものの流れを掌握することに繋がるし、それで疲れが来ないのであれば文字通り「攻撃は最大の防御」となる。中学のころの私が目指そうとしていた、攻めて攻めて、相手を自分のペースに巻き込む剣道の理想形。

「黒江。今日の試合、油断しないで」

 小手をはめて立ち上がった彼女に、思わず声をかけてしまう。今日の竜胆ちゃんは一味違う。いつもと同じだと思っていたら、足元をすくわれるんじゃないかって。

「いつもと変わらない」

 黒江は言葉の通り、いつもと同じ調子で答える。

「試合に向かう時、一度たりとも油断なんてしたことがない」

 それが日本一の言葉。負けたら終わりの世界で勝ち続けて来た彼女にとって、すべての試合が決勝戦のような緊張感を伴っているのかもしれない。

 そして、一度でも負けられないのは、このリーグ戦でも同じことだから。

「はじめ!」

 主審に立った部長の掛け声で、試合が始まる。竜胆ちゃんは、いつものように立ち上がりから果敢に攻め――なかった。私は、「えっ」と呟いて思わず身を乗り出してしまう。

 正眼のまま、切っ先同士が触れるか触れないかの距離で、じっくりと間合いを計っている。流石に慎重になってるのかな。実際、以前試合した時は、彼女の剣道は黒江に届かなかった。同じことをやっても結果が変わらないと判断するなら、パターンを変えてくるってこともあるだろう。

 やがて竜胆ちゃんが仕掛ける。それまで堪えた分を一気に発散するような、力強く、それでいて疾い一刀だった。黒江は難なく防ぐが、一刀限りで終わらないのが竜胆ちゃんだ。すかさず引き技、距離を取ってまた仕掛けてと、技を畳みかける。黒江は変わらず一撃一撃を丁寧に捌く。カウンターの機会を伺っているんだろうけど、傍から見れば完全な防戦だった。

 竜胆ちゃん、技の速さと鋭さが上がってる。連撃が一区切りしたら、またじっくりと間合いを計る。以前と違って〝静〟の時間がある分、短時間に凝縮された〝動〟の激しさが増したような。

「絶えず動き続けりゃ、最初は良くてもいずれは〝動き続ける〟相手に慣れてくる。だったらメリハリ付けた方が良いのは、当たり前の考え方だな」

 中川先輩の言葉に、私は大きく頷く。メリハリをつけるのはみんな無意識にやっていることだろうけど、竜胆ちゃんの場合は〝動〟が激しい分、落差がすごい。その落差は、相手にしたときのやりにくさに直結する。黒江もまだ、カウンターを放てていない。

 一度連撃が始まってしまえば、途中で合わせるのは難しいだろう。だから狙うとしたら一撃目。竜胆ちゃんのメンに、黒江が出鼻にコテを会わせる。決まったかと思ったけど、審判旗は「無効」を示していた。

 相打ちだった?

 いや、黒江の打ち込みが浅かったんだ。

 出鼻技は、相手が打つために竹刀を振り上げたりと、予備動作に入った瞬間を狙って放つものだ。それが浅かったと言うのなら、黒江の反応よりも、竜胆ちゃんの技の出が速かったということだ。

 熊谷先輩がクスリと笑う。

「合宿中、ずっと自分と勝負しまくってたっすからね。瞬発力はかなーり鍛えられたんじゃないっすかね」

 要因はいろいろあるだろうけど、少なくとも一ヶ月前の竜胆ちゃんとは別人だ。これが成長。そもそも竜胆ちゃんは剣道を始めて四年目の、まだまだ伸び盛りの剣士だ。昨日より今日。今日より明日。日に日に変化を遂げていく。いったい、どこまで伸びるんだろう。私自身、急激な成長がないばっかりに、彼女の伸び具合には恐ろしさすら感じる。

 でも……大丈夫。予測の範囲外の速さだったとしとしても、一度知ってしまえば、黒江なら次から合わせられる。全国の舞台では、今の竜胆ちゃんよりももっと速くて鋭い打ち込みの選手たちとしのぎを削っていたんだ。

 だけど気になるのは、昨日の竜胆ちゃんの自信だ。まだ何か隠し玉があるのか。もしくは、もっと速さに〝上〟があるのか。油断はしないと黒江は言った。事実、してないだろう。でも、予想外はいつだってありうる。竜胆ちゃんは、そう言うタイプの剣士なんだ。

 だから、やっぱり油断しないで。私たちの常識じゃ考えないような何かが飛び出してくるのかも分からないから。

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