涙の訳は
美幸の泣き顔に心を締め付けられた春は、また吐息には荒んだ音が混じってきた。それに気づいた美幸はごめん春っと口して手を伸ばしてきた。
「お待たせしましたー」
伸ばした腕を引っ込めた美幸は、静江がテーブルに料理を並べる最中、顔を見られない様に外へ向きながら手で涙を払った。料理を眼前にしていたが、二人の間には淀んだ空気が流れていた。しかし、それは反比例したソースの香りが空腹を頂点に達しさせた。
「さぁ、温かいうちに食べよう。いただきます」
そう無理矢理にいつもの口調で話した美幸は、綺麗に切り分けられたお肉を口へと頬張った。おいしそうに食べる美幸の姿を眺めていたら先程までの雑念が薄れ、揺らめく湯気と共にこんがりと焼けた肉が香ばしく感じた。
「うん、いただきます」
フォークで刺した瞬間に柔らかいのがすぐ解った。フォークで持ち上げた肉からは汁が溢れ出る様は屋根の笠木からはみ出して落ちそうになる雨に良く似ていた。垂らさない様に大きく広げた口の中へ導ければ、噛む度に溢れる肉汁と混ざり合う濃いソースが交り合って幸福中枢を刺激していた。
「美味しい」
美味しい料理に言葉は要らないと言うけれど、これはしっかりと声に出し、このご馳走に出会わせてくれた彼女に伝えなければならない使命感から出てきた。
そして、ふと脳裏を過った。以前、誰かとこんな風にお店へと出向いて食事をしたことがあった気がした。
それから言葉を交わすことなく食事を勧めていれば、熱いプレートの上に転がっていた肉片は栄養となる為に胃袋へと入ってしまった。
「失礼します。お済みのお皿を下げますね」
横から伸びた手が声を出したかのように聞こえたが、目を配ればやはり静江が口元を緩ませていた。
「ありがとうございます」
美幸がそう静江に伝えると春も白い歯が見える笑みを作って
「ありがとうございます、とっても美味しかったです」
と伝えた。静江はテーブルから下げた食器をトレイに乗せてからやんわりと口角を上げた。
「いえいえ、こちらこそありがとう。綺麗に平らげてくれて」
静江はテーブルの上にあった皿などを下げるとキッチンの方へ向かった。春は満面の笑みになっていた。
「ねぇ! ここすごくいいね!」
「そうでしょ? すごく美味しいし、食後もゆっくりまったりできるから、私は好きなんだ」
「私もここの常連さんになろうかなー? ねぇねぇ他の料理でおススメは? みーちゃん何食べたことあるの?」
「えっとねぇ――」
美幸は目を細めながら楽しそうに答え続けた。涙ぐんだわけを聞けぬまま談話を楽しんでから帰宅した。




