春の夢
美幸との馴れ初めを思い出すことができないまま講義は続く。時の進みが遅く感じていたが、ようやく半分を過ぎてひどく苦しかった頭痛も美幸と話していれば気にも留めない程度にまでなった。
じゃれ合うことや群れることが苦手になったのは、美幸と一緒に過ごす時間が増えてきた高校からだ。
中学時代までは大人数で行動して、カラオケに繰り出したり、夏祭りや海に行ったりなど季節の行事には参加していたが、高校からどうにも気が乗らなくなった。
初めて会った相手とすぐに友人関係を構築できるほど対人能力に特化していたわけではないが、それでも自分が何か変わってしまったのを感じた。
云いようのない何かに怯え、他人の視線や言葉に勝手に怯え、呼吸することが苦しくなった。
喘息と一緒に生活するようになったのはその頃だった。過度なストレスにさらされている状態だった。
だが、そのストレスとは何が原因だっただろう。記憶を辿ってみようとすると頭痛が激しく打ち鳴り始めたので眉を曇らせた。
美幸がそっと耳打ちした。
「あともう少しだけど、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫、我慢できる」
「我慢しているなら、それは無理しているってことじゃないの?」
「薬も効いてきてるの、このままで大丈夫。寝ちゃったら、そのままにしてくれる?」
春のお願い事を溜息で一度返事を出した。それから周囲を見回してから目を見て云った。
「わかった。寝てもいびきはしないでね。教授、居眠りは許すのにいびきは怒るから」
「うん、多分ね」
春は圧し掛かっていた瞼がついに落ちてくるのだろうと感じていた。頭痛薬を飲んだので余計に眠気が強くなった。
美幸と繋いでいた手をほどいて、春は机に突っ伏して窓の外をまた見始めた。横から見る世界はいつも不思議だと思う。そう思った矢先に黒く暗い睡眠に入って行った。
ほんの少しの時間だったが、懐かしい夢を見た気がした。それは誰かと手を繋いでいる光景だった。その相手の手は春よりも大きく、少し硬い気がした。
その人は背も高く、自分は少し見上げなければ顔を見ることができなかった。この人はいったい誰なのだろうか。
白いシャツに赤いネクタイをしている、男性だろうか?
何処に向かっているのだろう。二人並んで歩いている。
この状況に既視感があるのに、思い出すことができない。
それと同時に背筋に悪寒を感じる。
この人は誰だ?
その顔が見えない人は顔を春に向けて口を開いた。
「春」
美幸の声で目を覚ました。先ほどまで見ていた夢は、どうしてか嫌な気分になってしまった。そのせいで顰めた表情で美幸を睨んでいるようになってしまった。
「講義終わったよ。まだ気分悪いの?」
そう云われて、常にジンジンとしていた頭痛が和らいでいて、喉の詰まりもないのがすぐに分かった。
「ううん、良くなったみたい。ありがとみーちゃん」
美幸に夢のことを話そうとしたが、内容を整理して伝えることができないと結局思い留まった。