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冬の涙、春の恋  作者: 赤良狐 詠
過去A(空っぽと特別)
17/24

白い封筒

 美幸の家には蔵がある。曽祖父と祖父が集めた骨董品などが置かれていたが、両親や親戚が使い始めてからはただの荷物置き場に近い場所になった。


 大晦日くらいしか掃除もしないので、古い茶箪笥の上には埃をかぶった段ボールが積まれ、昔の掛け軸は壁に立てかけられたまま放置されている。


 それでも美幸はこの蔵が好きだった。静かで誰も入ってこない、それは自分だけの秘密基地みたいだったからだ。

 人と遊ばなくなったので部屋で読書やゲームをすることが多くなったが骨董品を見つめてみたり、古本を眺めたりしていた。


 こういった目の疲れる場所によく出入りしたからか、この時くらいから美幸は眼鏡をかけ始めた。


 コンタクトは目に入れるのが怖くてやめたが、眼鏡をかけると自分が変わったと感じられて気に入っていた。


 14歳になったばかりの美幸の顔つきは、人との距離感を変えたせいもあり、この頃から幼さは影を潜めていた。

 周りに見られることを意識して髪型をコロコロ変えることをやめて、今は母に髪を空いてもらうだけで伸ばし続けていた。


 蔵へ来客がやって来たのは、そんな中学三年の春だった。


「にゃあ」


 まるで最初からここに住んでいたかのように堂々としていた。普段から口数が減って学校ではほぼ声を出すこともしていなかったので、猫に話し掛けることが日課になった。


 返事をしてくれることはなかったし、蔵に行くとほとんどの時間寝ていることが多かった。

 両親に猫が蔵に住みついたことは言ってなかった。言ってしまうと猫を追い出してしまうと思ったからだ。そんなある日、蔵に入ると猫は子猫を四匹産んでいた。


「可愛い!」


 そう口にした美幸を母猫は睨み付け威嚇の声を出した。


「シャー!」


 子猫の元へ行こうとしたけれど、親猫が警戒しているので近くへ行くことはできなかった。一生懸命にお乳を飲む毛玉たちは母猫お腹をプニプニしていて可愛かった。


 猫たちが住みついて一か月くらい経った。母猫がおらず、子猫たちだけになっていた。子猫たちの可愛さに負けて美幸は一匹を家まで連れて帰った。


 両親に見られないように細心の注意を払って部屋へ向かった。ベッドで寝転がる子猫の可愛さに見惚れていたら、いつの間にか寝てしまっていた。


 子猫を母猫の元へ返してあげるために蔵に戻ってみたら、母猫はすでに帰ってきていた。かつてないほど睨み付けられ、威嚇の声は甲高く響いた。


 その形相の母猫は憎悪をみなぎらせていてとても怖く感じた。翌日、学校から帰ってきて蔵へ行ってみたら母猫と子猫たちの姿はどこにもなかった。たった一匹、美幸が家まで連れて行ってしまった子猫を除いて――


 子猫の不安と恐怖でいっぱいの鳴き声が蔵の中で木霊する。母猫と兄妹たちの姿を探すその声は小さくて擦れていた。

 どうして母猫たちがこの子を残していなくなってしまったのか分からなかった美幸は、とりあえずその日は子猫をそのままにして家に帰った。


 しかし、その翌日にも母猫と子猫たちの姿はなく、子猫だけがたった一匹いただけだった。

 子猫は泣き疲れてしまったのか、それともお腹が空いてしまったのか、横になって動かくなくなっていた。急いで子猫を抱えて家に戻った美幸は、両親に事情を説明して動物病院へ連れて行ってもらった。


「大丈夫ですよ。お腹が空いていただけです」


 お医者さんからそういわれてほっと一安心した。両親はその場で子猫を買うかどうか話し合った。美幸はその話に割り込んで切実にお願いをした。


「飼いたい! この子飼いたい!」


 そうせがんだ美幸の瞳は潤んでいた。両親はお医者さんと何か話した後、こう言った。


「これから新しい家族を迎える準備をしなくちゃね」


 母からのその言葉に嬉しくて泣き出した。子猫はそのまま予防接種や検査やらで数日入院することになったので、その間、子猫を迎えるためにゲージやおもちゃなどホームセンターで買った。


 こうして子猫が友繁家の新しい家族になった。母猫がいた時は自制していたところもあったが、こうして家に迎え入れたから、美幸は子猫に愛を注いだ。


 クラスから存在を無視される学校が終わったら、一刻でも早く子猫に会うために急いで帰った。

 自分を空っぽだと言い聞かせていた美幸の自我に変化が訪れ始めた。子猫と一緒にいる時間がとても温かく満たされる。


「さくらっ! ただいまっ!」


「にゃぁ」


 さくらはか細い鳴き声で美幸を出迎えに玄関までやって来た。バックを無造作に置いてさくらを抱き上げる。

 さくらの身体に鼻を埋めて思いっきり息を吸い込む。それからさくらの目をじっと見て鼻をこすり合わせる。


「さくら――」


 学校で何があってもなかったとしても、美幸にとってさくらと一緒にいる時間が全てを帳消しにしていた。


 そんなある日、帰りのホームルームが終わった直後、担任の先生が美幸に声を掛けてきた。


「友繁さん、ちょっといいかしら?」


 帰りの支度を始めていて、すでに心は家にいるさくらのことでいっぱいになっていたから突然の出来事に少し驚いた。


「はい? 何ですか?」


「この封筒を、家に帰ってから読んで欲しいの」


 白い封筒を手渡された。


「これ何ですか?」


「保健室の先生からよ。お家に帰ってから読んでね」


 美幸は眉をひそめながら首を傾げた。さくらが来てから保健室に居座ることはしてないはずなのに。


「分かりました」


 家に帰ってからすぐに封筒を開けた。


『保健指導の対象であるため、明日の放課後、サポート教室へ来てください。

 養護教諭 中原 亜希」


「何これ……嫌……だなぁ……」


 スマホで保健指導の対象を検索して調べてみた。きっと心身の健康問題についての話なのだろうと思った。最近は気にもしていなかったことだし、指導なんて必要ない。


 そうは思ってみても、二年生の時にも一度は面談をしていた。その時は中原先生ではなかったが、結局何かが変わったり解決したりはなかった。


 無駄なことをしている。そう思ってみても、この面談を回避する方法を見つけられずにいた。

 当日に用事あるといったとしても、別日に設定されるからだ。結局逃れるすべはない。選択肢は最初から決まっていることなのだ。


 翌日の放課後、サポート室へ向かう途中、賑やかな声のする教室の前を通った。廊下から教室へ目を向けたら、そこには数人のグループが笑いながら何かを話している。


 その中心に長い髪を後ろに束ねたテニス部の副部長がいた。学年の人気者、誰からも好かれているという話は聞いている。


 一度も同じクラスになったことはないし話したこともない。自分とは住む世界の違う人種だ。あんな風に友達に囲まれて楽しくおしゃべりをしている彼女は、綺麗だなと思った。


 階段を上がってサポート室の扉の前まで来てみたが、足がすくんでしまい動けない。この扉の先に待っている先のことを考えると胸が締め付けられる。

 深い溜息を吐いてから、引き戸に手を伸ばした――

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