苛立ちと焦りと
春に悪いことしたなと感じながらも、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。一番辛いのは彼女なのだから。
でも不安は募るばかりだった。春が思い出してしまった時、どうすればいいのだろうか。支えになってあげられるのか。
その時、春はどうなってしまうのだろうか……
その時が来ても、傍にいてもいいのだろうか……
強く打ち付ける雨が無差別に地面へ激突する。雨粒は地面を被い尽くそうと抗いながらも流されていく。
脳裏を瞬間的に過る記憶が、美幸をさらに苦悶させる。あの時は正しいことをした。そう言い聞かせることで保ってきた自我が、脆く崩れそうになっている。
このまま何もしないでいいのか。春のためを思うなら、働きかけるべきだろうか。春の両親へ連絡すべきだろうか。
説明したら、きっと取り乱して焦りを生み出してしまう。そして春を呼び戻してしまう可能性もある。
両親への連絡、病院へ頼ったとしてもどうにもならないだろう。それどころか、それだと本当に何もかもきっと終わりだ。
ありもしないことや起こってもいない最悪の未来ばかりが頭を独占していく。首と肩の違和感が次第に頭痛へと取って代わった。
何度も水を飲んでみても、乾きが癒えることはなかった。
美幸は悲痛と無力さからくる苛立ちと焦りで何度も部屋を歩き回った。
答えが見つからないまま問答を何度も繰り返し、その日はうまく眠りに就くことができなかった。
何度も時計に目をやって、いつまでも眠ることができないことにまた苛立ちが増していく。それを繰り返していた彼女がようやく眠った時は3時を過ぎていた。
夢の中に入り込んだ美幸は、また彼女に会った。
きっと待っていたのだろう。
前と同じ教室で彼女はあの時会った時のままの姿で何も変わっていなかった。
美幸は恐る恐る声を出した。
「先生……ごめんなさい……」
彼女の表情は笑ったままだった。
しかし次の瞬間、その笑顔が歪み頬に涙が伝った。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 先生! ごめんなさい!」
美幸はその場から逃げ出した。
廊下に駆けだしたはずだったのに、どうしてもまた教室へ戻ってしまう。
何度も何度も逃げようとしたが、教室から抜け出す術はなかった。
いつの間にか彼女は泣き止んでいた。しかし、その表情は困惑から憤怒へ変わった。
美幸へ少しずつ彼女が近づいてくる。
そして、彼女の口が開いた。
「それは本当なの!? ……立花さんが!? ……そんな……嘘でしょ!? 嘘! ……嫌……な、何で!? 友繁さん!」
美幸はそこで目が覚めて、ボロボロと溢れ出る涙を止めることができなった。その後すぐに猛烈な吐気がしたのでトイレに駆け込んだ。
しかし、すでに胃の中には何も入っていなかったので胃液と少量の血が混じった液体を吐き出した。
この不愉快な夢を見るのはもう何度目なのだろうか。この夢に何度心を押し潰されなくてはいけないのだろうか。
これを見た日に春と会うと、どんな顔をしていればいいのか分からなくなる。
それをしばらく見つめてから流した。美幸の苦しみがまるで最初からなかったかのように、ただ透明な水がそこにあるだけになった。