気遣い
いつも通りしっかりと朝ご飯を食べ、宿を後にする。同じ宿にいたはずのコウは、降りてはこなかった。ギルドの中で待っていればそのうち来るだろうと高を括り、歩き出した。日が昇る時間が早くなり、日中はだいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ朝は肌寒い。森の中は街とは違い日当たりが良くないため、今より更に寒いだろう。動きやすさ重視の装備は、魔導士用のマントを羽織っているとはいえ、暖かいものではない。
「このグローブも、高いくせに全然暖かくないのよね」
体の前で、白いグローブを付けた手をこすり合わせた。魔石と呼ばれる魔法を封じ込めた宝石を留め金に使用しており、防御力としては効果抜群のグローブは所詮皮でしかなく冷たい。見た目と防御力重視で買ったものの、今年一番の無駄遣いだと思う。金貨三枚も出してこれを買うなら、普通のモコモコしたグローブの下に魔石の付いたブレスレットを付けた方がよっほどマシだろう。
ブツブツ独り言を言いながら歩いていると、ギルドの前に立つコウの姿が見える。時間指定をしていなかったとはいえ、まさか先に付いていたなんて。
「ごめんなさい、待ってるなんて思わなくて」
「いや、さっききたばかりだ」
出る時女将さんにコウのことを尋ねると、今日は見ていないと言っていたが、まさか先に待っているとは。
「寒かったでしょ?」
「いや、お前よりかは寒くはないさ」
コウがやや呆れたように、上から下まで私の恰好を見て言った。
なんだろう、これは嫌味なのかしら。
「軽装備でも、私の方が防御力は高いわよ」
「ん、ああ、それはそうだが。寒くないなら、別にいいんだが」
どうやら嫌味ではないようだ。確かにコウの装備はとてもしっかりしている。鉄が入っているような黒いロングブーツに、強化魔法がかかっている皮のパンツ、ハーフプレートメイルも、鉄ではなくミスリルか何か。その上に風よけにもなるマントを羽織っているのだ。そんなコウから見れば、ローブとマントと皮のブーツでしかない私は、確かに寒そうな軽装備だろう。
「こっちはコウと違って体力ないのよ。そんなに重い物を装備したら、森の奥地に付く前にバテてしまうわ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ」
「なら、行くぞ」
「はいはい」
一人でスタスタと歩き出すコウに遅れないように私も歩き出した。本来、パーティーというものはかたまって行動するものなのだが、二人の時はどうするのが正解なのだろうか。
コウの後ろをただ無言で付いてくのもなんだか違う気がするとは思いつつも、隣を歩くのはもっと違う気もする。正解の見つからぬまま、街の入り口を通過する。いつも一人行動の私たちが並んで歩く姿が珍しいのか、門兵たちが顔を見合わせていたが気にしない。どうせ帰ってきて入る時には必ず声をかけられるのだ。それまでは別にわざわざ自分から言わなくてもいいだろう。
街を出て二時間ほど歩くと、道らしき道はなくなり木々が鬱蒼と生い茂っていた。晴れてはいても地面に差し込む光はまばらで、薄暗い。でこぼこした道のうえ、足首近くまで無造作に伸びた草たちのせいで歩きずらい。はずだった。
「コウ、疲れてない?」
「いや」
私の前の数歩先を歩くコウが、しっかりと草たちを踏みしめているおかげで、全く歩きにくくない。それどころか、いつも一人でなら北の森の中央へ達するのは夕方近いというのに、まだ昼前だ。しかしその分、コウは疲れているはずだと思っても、街をで出来てからの速度は変わらない。
「なんだ、もうばてたのか」
「そんなわけないでしょ。ただ先を歩くコウが疲れたかと思って聞いただけよ」
「そんなものか」
「そんなものよって、ちょっと、今朝もこの会話しなかった?」
いつもボッチすぎて、私もコウもどうもコミュニケーション能力が皆無かもしれない。
――――カサ
葉の擦れるような小さな音。しかし、私たちはそれを聞き洩らすことなく、立ち止まる。武器に手をかけ、集中力を研ぎ澄ます。
「どこ」
近づいてくる音はないが、気配がないわけではない。
「ちっ、上だ」
見上げると、大蛇がすでに上から私目掛けて飛び掛かって来ていた。上から下に落ちる力を借り、とても避けれる距離ではない。
「もう」
私は腰にある鞘から素早く両手剣を取り出し、大蛇の攻撃を受け止める。しかし私は大蛇に勝てるほどの力はない。一撃だけ受け止め、そのまま後ろに大きく飛び、その攻撃力を削ぐ。
「リア」
「コウ、任せた」
私は大蛇と一定距離を開けると、呪文を唱えだす。剣はソロで生きていくために覚えたものであって、得意武器ではない。ただこういった時に役立つから、常に装備はしているのだが。
「ああ」
コウは短くそれだけ答えると、大蛇の首らへんにその大剣を突き立てた。
大蛇は甲高いような声を一瞬上げ、地面に倒れこむ。
「大剣の威力は凄いわね。大蛇って、食べれるんだっけ」
コウの剣が突き刺さったままの大蛇に近づく。素材としては生きたままの物しか利用価値がないため、殺してしまった以上は食用などしか価値はない。ただ、さすがに蛇を食べたことはないのだけれど。
「おい!」
大蛇を覗き込もうとした私の肩を、慌ててコウが掴む。
「なに?」
間髪入れずに、死んでいたはずの大蛇の口が動き、先ほどまで私の顔があった位置目掛けて牙を剥く。剣に刺された大蛇はその付け根から体を二つに分けてさえ、食らいつこうとしていた。
「アイシクルランス」
最短で唱えれる氷の無数の槍が、大蛇に降り注いだ。さすがに、縫い留められるように氷の槍に突かれた大蛇はそれ以上動くことはなかった。
「……ありがと」
「蛇系のモンスターは首と胴体が離れてもしばらく動くことがある。ちゃんと死んだのを確認してから近づくんだな」
呆れたようなコウの声。私だってそれくらいは知っている。二人だから油断したのと、剣と魔法の違いがイマイチ頭に入っていなかっただけ。でも、こんなところで言い訳を言いたくはなかった。
同じランクの、同じソロ同士。コウにその自負があるように、もちろん私にもある。冒険者になりたての頃は、よく魔導士だけでとか、女だけでと揶揄され馬鹿にされてきた。だからこそ、ただ強さを求めた。それなのに、こんな簡単なことにひっかかるなんて。
「……俺は前回のクエストで、それで毒を食らったんだ……。つい油断することは、その……ある……」
一瞬、何を言われたのか分からず、コウを見た。しかしコウは言い終えたあと、まるで恥ずかしいと言わんばかりにプイっと視線を外し、大蛇に突き刺した大剣を引き抜く。
もしかしてこれは、フォローしてくれたということだろうか。誰かにこんな風に気にかけてもらえることだけで、なんだか胸の奥がぽかぽかしてくる。パーティーを組むと言うのも、案外悪いことではないのかもしれないと思えてきた。