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ラーディオヌの秘宝  作者: 一桃 亜季
9/39

従者だから

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」


シリーズの5作目になります。

         ※


「アセス様を呼んでちょうだい」

 ラーディオヌ邸の客間で、暇をもてあました皇女フェリシアは、アセスには大人しく待っていることを約束しながら、使用人には手厳しかった。


「申し訳ございません。今は政務中ですので、もう少しお待ちください」

 彼女のなだめ役に抜擢されたのが、ナンスである。なんやかんやと、自分より年配の使用人たちは、器用に彼女の側を蜘蛛の巣を散らすように離れていき、残ったのが自分だけという構図だ。


「お茶か、菓子などお持ちしましょうか?」

 ナンスが気遣いを見せても、皇女は目もくれない。

「そんなに何杯も、お茶ばかり飲めると思うの?」

 馬鹿じゃないの、とでも続きそうな厳しい声色で、彼女は癇癪を起こしていた。


 彼女は、ラーディオヌの総帥であるアセスのことを、ひと目見て気に入ったようだった。


 アセスは女のように整った顔立ちをしていたが、その衣服の下には鍛えられたしなやかな筋肉があり、ラーディオヌの女性達の間でも、彼をモノにしたい女性は多い。

 彼が一族の総帥でなければ、それこそ取り巻きの女性がラーディオヌ邸に押しかけてきそうな勢いで、一族の貴族の晩餐会などでは、女達が水面下で激しい争いを繰り広げていた。


 フェリシアも、アセスの虜になった一人か、と思うと、ナンスは少々彼女が不憫だ。


 アセスが彼女に間向かうことはなさそうだった。どちらかというと体のいい理由を作って避けているように見えた。ところが彼女はどう勘違いしているのか、アセスから好意を寄せられていると思い込んでいるようだった。


 フェリシアも美しい容姿をしていたが、アセスは自分の顔を見慣れているのだ。他人の容姿に惚れたりすることはないと思えた。


 唯一気に入っていたのが、同じラーディアの姫君と、その兄である。彼らのことを話すときだけ、表情が柔らかくなるのは、やはりアセスがあの二人を特別視していたからに他ならない。


「早く、呼んできて」

 それを知っているナンスは、頭を抱えたくなった。

 フェリシアの横柄さは、日増しに目立つようになっていた。アセスの耳に入れないために、ナンスはひとり気苦労を背負い込んでいる。


 貴族ではないナンスはただの使用人に過ぎず、彼女の命令をきかないことは、フェリシアからしてみれば無礼なことこの上ない。


 アセスを呼んで来いと言う命を、のらりくらりとかわしながら、しかしナンスからすれば、これで必死に彼女を守っているつもりだった。


 一度などは勝手に屋敷の中を散策し、アセスの執務室の前にまで行っていて、彼女が殺されるのではないかと度肝を抜かれたほどだ。


「あの、申し上げにくいのですがフェリシア様、アセス殿にはあまりしつこくされない方が……」

 フェリシアがカッとなって、ナンスの頬を打った。もちろん覚悟のうえだったが、頬がじんじんして泣きそうである。

 使用人の分際で、という貴族特有の高飛車振りで、ナンスを睨みつけて来る。

「貴方は首よ。主人の婚約者に向かって意見をする使用人なんて、前代見物だわ。貴族を貴族とも思わないなんて」


 はあ、と心の中でため息をつく。

 本来ナンスは、貴族に対して批判的な集団に属していた。彼の兄がその集団の頭だったから、ナンス自身も貴族にひれ伏すという考えは持っていない。


 ただアセスという大きな存在に拾われ、仕えたいと思ったからここに居るだけだった。

 フェリシアに頬まで打たれた日には、報復したいという怒りが沸いて来る。ましてフェリシアのことを思うからこそ、アセスをそっとしておくことを忠告しているというのに、彼女は一向に聞く耳持たない。


 今日こそ言ってやろうと実行したら、平手打ちだ。こんな貴族の姿を見るから、貴族への反対勢力というものが世の中には存在する。


「どうした?」

 そこへ間の悪いことに、アセスが顔を出した。ヒステリックな女の声が、まさか聞こえでもしたのだろうかと、ナンスはどぎまぎした。


「アセス様」

 フェリシアがアセスに走り寄る。

「この者が私を貶めるのです」

 彼女は顔を真っ赤にして、目に涙でも浮かべそうなほどの名演技で、アセスの腕にすがりつく。


 アセスは咄嗟に腕を絡めとられて、反射的に身をひいたようだった。だが、お構いなしの彼女はその腕を離さない。


 声には出さない不快感が、アセスから立ち昇るように感じ、ナンスは背筋が凍えたが、彼女が察することはない。


「アセス様、申し訳ございません。どうぞ執務室にお戻りください」

 アセスの剣呑な気配で、ナンスは頭を下げたが、アセスは一瞥するのみだった。そして恐ろしいことに、本当に恐ろしいことに嫣然と微笑み、フェリシアに迷惑をかけたことを謝罪したのだ。


「ナンス、下がりなさい」

 そしてアセスはフェリシアの肩を抱き、ソファに座るように促した。


 アセスが謝ることなど前代未聞だと、フェリシアは知らない。そのアセスが顔色一つ変えず謝罪し、笑みまで浮かべたその裏側が恐ろしくて、ナンスは恐れおののいた。


 フェリシアは相変わらず、ナンスを罰しないことが不満だと主張している。

 いつ惨劇が始まるのかと思うと、これ以上は見ていられなかった。



「ラーディオヌの秘宝9」:2020年10月25日

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