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ラーディオヌの秘宝  作者: 一桃 亜季
6/39

新しい婚約者

偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」


シリーズの5作目になります。


「フェリシア・アルス・ラーディアさまがお着きになりました」


 アセスの新しい婚約者がラーディオヌ邸を訪ねてきたのは、突然の出来事だった。形式ばかりの婚約だと多寡をくくっていたが、ラーディア一族も早くラーディオヌ一族との信頼関係を固めたいのだと思えばこそ、理解出来ないことではなかった。


ただ――、それ以来頻繁に、にわか婚約者である彼女がやって来ることになるとは、誰が予想できただろう。


 フェリシアという女は金色の髪と碧眼の、生粋のラーディアの貴族といった容姿だった。未だ少女の幼さを残すリンフィーナとは違い、成熟した大人の女性で、年の頃はおそらく、アセスより軽くふた周りほど上になる。


 初めて彼女に会ったとき、持っている雰囲気があまりにも死んだ母に似ていると思い、息を飲んだ。


 それが事の元凶であったが、そういう意味合いのことに興味が無いアセスは、一向に気付かない。


 どう勘違いしたのか、フェリシアは、その日以来嬉しそうにアセスに話しかけるようになり、未だ正式に婚儀を執り行ったわけでもないが、再三三度ラーディオヌ邸にやって来るようになってしまった。


「アセス殿、私は一刻も早く、こちらで暮らしたいと思います」


 臆面も無く、彼女はそう言う。温室育ち特有の気侭さで、彼女の意思表示は常にはっきりしていた。いつも何処か自分に遠慮して接してきたリンフィーナの距離のとり方は、アセスには余所余所しく感じることがあったが、フェリシアには彼女のような一面がない。


「申し訳ありませんが、今日は執務が忙しく、あまり一緒に居ることが出来ないのです」


 フェリシアがやってくると、一応、茶で持て成しはするが、アセスは早々に執務室へ行くことにする。明らかに避けているのだが、彼女は一向に気にする様子は無かった。


「それでは私、アセス様のお仕事が終わるまで、こちらで待たせていただきますわ」


 彼女はそう言って一日中ラーディオヌ邸に居座ることも平気である。


 黒髪の民ばかりであるラーディオヌで、彼女の金色の髪は目立っていた。使用人達は彼女が来ると、ラーディアの皇女として出迎えたが、実際は異人を見るように遠巻きにしていた。


 アセスは執務室に入ると深いため息をついた。政略的に婚儀を挙げるだけと思っていたが、彼女の積極性は誤算だった。容姿こそ違えど、彼女はアセスの母に似すぎていた。世間を知らないが故の傲慢さは、自己中心性からくるものだと気がついていないだけに質が悪い。


 彼女を見ていると、思い出したくも無い過去が甦るようで、息が苦しくなった。


 山積みの書類に目を通していると、目が霞んだ。食事を採らない生活が何日かつづくと、頭の中がぼやけ、精神的な苦しみは幾分弱まるようである。


「しかしこれでは仕事などできぬな……」


 愚かなことをしているという自覚はある。だから喉元まで食べ物を運ぼうとするのだが、噛み砕こうとすると胃酸が上がった。


 リンフィーナとサナレスが居なくなり、その後、母に似たフェリシアがやってきた。母が居た悪夢のような生活が、あのときからずっと続いているようにすら錯覚される。


 けれど自分は確かにリンフィーナというかけがえの無い存在に出会い、そして別れた。


 さようなら、ラーディオヌの総帥様。


 そう言って自分に背を向けたリンフィーナを思い出すたびに、心臓の奥がねじられたように痛むのがその証拠だ。


 アセスは額に手をあて、気だるさを隠すようにうつむいた。


 聞いてもいないというのに、フェリシアはリンフィーナがラーディアから失踪したことを告げた。婚儀の最中に逃げ出された兄が気の毒だと、案にリンフィーナを非難したいようだったが、アセスは興味が無い振りを装っていた。


 彼女の話によると、リンフィーナはアセスの前に現れた日を最後に、忽然と姿を消した。ラーディア一族は行方を追っているらしいが、もう何日と見つかっていないらしい。


 彼女の消息が気になる自分に、アセスは辟易していた。


「アセス様」

 ふいにドアの外から呼びかけがあり、アセスは顔を上げる。


「モーガン・アルス・ロウ様がいらしておりますが」

 あまり喜ばしくも無い訪問を告げられ、アセスはまた吐息をついた。

「通せ」



「ラーディオヌの秘宝6」:2020年10月24日

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