ソフィア・レニス
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
シリーズの5作目になります。
※
神の氏族がまだ、四つの氏族だけではなかった頃、ソフィア・レニスは一つだった。
その中でも類を抜いて繁栄していたのは、ラーディア一族とラン・シールド一族だった。
ラン・シールドは僅かな領土しか持たず、人口もラーディアの比ではなかったが、今のラーディオヌのように呪術で栄えた一族だった。
その頃、ラーディアとラーディオヌは一つの氏族で、大国を持つほど栄えていたが、ラン・シールドの貴族の数ほども、優れた術士を生み出すことは出来なかった。
だから時折、ラン・シールド一族から貴族の姫を迎え入れ、一族の繁栄につなげようとする。
銀の森の魔女と言われる少女の母も、このラン・シールド一族の出身だった。
ラン・シールドは星を読み、未来を見通す。更に、天・地・光・闇・水・風・火の7つの力をバランスよく所持し、自在に操る貴族がいて、その力は他の氏族を足元にも寄せ付けなかった。
「ラン・シールドがなぜここまで繁栄することができたのか、理由はその風土にもあるのです」
ウィンジンは言った。
「ラン・シールドは星の中央、核の部分に位置していて、その土地から得る力が大きかったのでしょう」
そう言いながら、五亡星の中に鎮座して、ウィンジンは水鏡を映す。
「7つの力が均衡にそろったとき、世界がすべてを映し出すのは道理です。万物がそこから生まれてくるのですから」
「もう、力をつかっても大丈夫なのですか?」
ウィンジンと二人で水鏡を覗きながら、リンフィーナは聞いた。すると、こんなことは天道士にとっては力を使ううちには入らないのだと、ウィンジンは笑った。
水の天井を支えていたウィンジンは、ジウスと同じ、レティ級、つまり最高位の天道士だった。
今ラン・シールドの貴族は、7つの力の均衡を保つことが出来ているのだと彼は言った。ウィンジンは水の谷を預かる天道士で、残りの谷には、他の力を宿す天道士が他に六人尊命しているという。
「こんなに広大な世界から、サナレス兄様を探し出すことが可能なんて……」
水が何処にでもあるように、サナレスが生きている限りは可能なことだと、ウィンジンは言った。
「貴方は見たところ、風の力を強く宿している。本当は貴方のほうが、彼を探すことが容易なはずですよ」
そんなことを言われても、とリンフィーナは言葉に詰まった。自分は術士とは言ってもピューズ級の地道士で、何ほどのことも出来はしないのだ。
今思い返しても、このラン・シールドを海中から浮上させただなんて、自分には実感できなかった。
「ん、おかしいな」
ウィンジンが鏡を見てつぶやいたので、リンフィーナは身を乗り出した。
「サナレス殿下は、どうやら……」
「なに?」
兄が生きていると根拠の無い確信を持ったとしても、心配なことには変わりなかった。ウィンジンの言葉ひとつで、鼓動が早くなる。
「サナレス殿下は、ちょっとややこしい事になっているようです」
「どういうことですか?」
「肉体が捕らわれている」
それって、どういうこと?
捕らわれているだなんて、穏便ではないことを言われ、どくんと心臓が跳ねる。
「おそらく、天道士級の術士の仕業でしょうが、殺すことはせず、しかも生かすこともしない状態で、殿下の魂を手中にしているようです」
息を飲んだ。胸を鷲掴みにされるような痛みが走る。
リンフィーナが顔色を変えたのを見て、ウィンジンは安心させるように言った。
「それでも殿下は、生きていらっしゃいます。残念なことに魂の方の行方は追えないのですが、肉体が仮死の状態を解かれて、大きく脈打っているのを感じます。生きていることは確かですよ」
「じゃあ、どうすれば兄様を助けられる? 兄様の肉体って、何処に捕らわれているの?」
天道士の影が見えるとウィンジンは言った。自分はその天道士に思い切り心当たりがあり、それ故に不安が膨らんでいく。
「肉体はイドゥス大陸にあるようです。それもなぜか、キコアイン一族の中枢に。サナレス殿下の肉体を捕らえているものは、しかし殿下の気配というものをまったく消そうとはしていない。これは……」
おそらくは、罠。
ウィンジンの言おうとするところが判り、リンフィーナは唇をかみ締めた。
嫌な予感が的中しそうだった。
兄を捕らえているのは、その天道士の名前は――。
「シヴァール……」
何が理由か知らないが、自分に目をつけたらしい魔道士シヴァールの意図を感じずにはいられなかった。
「キコアインの魔道士ですね?」
ウィンジンがリンフィーナの口から出た名前に反応し問いかけてくるのに、リンフィーナは首肯した。
「ご存知なのですか?」
「彼の悪名は名高いですから」
リンフィーナはため息をついた。
行かなければ、と思う。
まったく歯が立たない相手だとしても、自分を招き寄せるために、兄のサナレスまで巻き込んだシヴァールを、リンフィーナは許すことができない。
そして、彼が敵だと確信することは同時に、アセスの無実を物語っていた。
兄が生きていたこと、そしてアセスが兄を殺めたのではなかったことが判明しただけでも天地に感謝したい気持ちだ。
たとえ強大な魔道士がサナレスを生餌に捕らえていたとしても、そこに出向いて兄を救出し、アセスをなんとか魔道と手を切らすことができれば、すべてを元に戻すことができる。
可能かどうかは度外視して、一筋の光明が見えた気がした。
「私、行かなければ」
「キコアインへ?」
リンフィーナの決意を聞いて、ウィンジンはつかの間黙った後、それでは、と手をうった。
「私がご一緒しましょう」
あまりに突然の申し出に、リンフィーナは絶句した。
ラン・シールドの総帥自らが出向くなど在り得ないことだ。
「おそらくシヴァールと対峙したところで、貴方では相手にならない。彼は火の力を内包しているので、貴方が欲しくて仕方が無いのでしょう」
「火の力?」
「ええ、ラン・シールドには7つの力が揃っているといいましたが、術士達はそれぞれ力の源が違っている。私は風を主とする術士だから、ああやって水の天井を支えつづけることが出来たのは奇跡だとしか言えない。それでシヴァール、彼は火の力。対峙するとすれば、私のほうが適任でしょう」
「けれど……、総帥自らが一族を空けるなんて……」
「ラン・シールドの総帥は双子なのです、リンフィーナ。天を支える仕事を廃業した今、私が動いても差し支えありませんよ」
でも、と尚も抗弁しようとするリンフィーナの言葉を、ウィンジンは止めた。
「これは貴方のためだけではないのです。もしリンフィーナ、貴方が火の力の魔道士に奪われたら、火と風が揃って、どうなるか判りますか? ましてあなたの力は、尋常ではない」
水鏡に映った、サナレスの肉体を、リンフィーナはじっと眺めた。身体には損傷はなさそうだった。ただ眠っているだけに見えるが、全く動かないサナレスを見ていると、一刻も早く側に行って助け出したかった。
自分ひとりでシヴァールから兄を助けだせるのか。そう考えるとウィンジンが一緒に来てくれるという申し出が有難かった。
「銀の森の魔女が、なぜ魔女と言われるのか、私は今回のことでわかった気がするのです」
「?」
「貴方は風の力を内包していると私には見えるのですが、魔女の力は水を払い、地を持ち上げた。これがどういうことか判りますか?」
言われてみて、初めて気付く。
魔女は、すべての力を持っているのだ。
「シヴァールという魔道士が、貴方を欲しがる理由は明確でしょう?」
リンフィーナは自らの二の腕を抱えて、目をつぶった。
ぞっとする思いと、そんなくだらない事のために兄やアセスを巻き込んだのかと思うと、堪えられなかった。
「一緒に来ていただけますか?」
「喜んで」
ウィンジンはうなづいた。
「ラーディオヌの秘宝5」:2020年10月24日