浮上
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
シリーズの5作目になります。
やっと「炎上舞台」完結したので、こちらのシリーズを始動させることができます。
「炎上舞台」前「ラーディオヌの秘宝」後、といった感じで、2作連結作品です。
お付き合いよろしくお願いします。
※
目が覚めたとき、リンフィーナの側にはウィンジンが居た。
「私達生きているのね?」
寝台から半身を起こし、側にいてくれたラン・シールドの総帥に問いかける。ウィンジンは深くうなづいた。
「大丈夫ですか?」
それはこちらが聞かなければならない台詞のはずだったが、ウインジンの自分を気遣う視線は真剣である。
「私、いったい……」
まだ意識が混沌としていた。ラン・シールド一族が海底に沈もうとした正にそのとき、自分が何を行ったのか、果たしてそれが現実だったのか、思い出しはしても受け入れることは出来なかった。
「魔女が目覚めました」
そんなリンフィーナに対して、教え諭すように、ウィンジンは話した。
「貴方の中に、銀の森の魔女が目覚めたのですよ」
自覚があるだけに、伝えられた言葉にリンフィーナはびくりと震えた。
「銀の森の魔女?」
確かにあのとき、神殿が崩れ行く中で、リンフィーナは自分ではない力と、自分ではない意識を感じていた。けれど、自分の中に、自分ではないものが目覚めるという感覚は、どうにも合点が行くものではない。
「私、どうなってしまったの?」
不安に胸が締め付けられる中、リンフィーナは目の前の青年に救いを求める。
誰かにこの状態を説明してもらわなければ、到底受け入れられない現実だ。
「私の中に、何がいるの?」
早く答えが欲しくて、リンフィーナはウインジンの衣服の袖をつかんだ。そんな様子のリンフィーナに、ウインジンは落ち着くように言う。
「銀の森の魔女は、強大な魔道士です。昔ソフィア・レニスという星が滅び、今の大陸になったことは貴方もご存知でしょう? その星を滅ぼしたのが、彼女だと言われています」
「その魔女がどうして私の中に?」
ウィンジンは首を振る。
「それを確かめられる相手は、私達一族ではなく、貴方の父、ラーディアのジウス様です。ただ私が知るところでは、その魔女は、うちの一族の血と、ラーディアの一族の血を引いていました。我々の先代の総帥の娘が、ラーディアに嫁ぎ、出産した娘だと聞いています」
リンフィーナの気持ちをなだめるように、ウィンジンはゆっくりと言を次ぐ。
しかしリンフィーナの鼓動は、あの時間を思い出しただけで高鳴るようだった。
あれは、人の業では在り得なかった。あれは例え天道士といえど、行えるような所業ではなかった。海面を持ち上げ、地を割って大地を移動させた。そんなこと、人に出来るわけがない。
恐ろしい怪物を抱え込んだ恐怖は、そう簡単に覚めるものではない。
そもそもどうして自分に、という理不尽な思いが、リンフィーナの神経をとがらせていく。
「魔女がどういったものか、私達一族にもよく判らないのです。けれど貴方のおかげで、私達一族は今も生きているのです、リンフィーナ」
ウィンジンは窓を開けた。そこから日の光が差し込んでくる。
目を細めたリンフィーナは、その光でここがもう海底ではないのだと判った。
やはり、夢ではなかったのだ。
「そのように悲痛な顔をするのは、もうお止めください。ラン・シールドは長年の呪縛が破られ、こうして浮上することが出来たのですから」
すべては貴方が行ってくれたこと、という感謝の念が向けられる。確かに、海の底で滅亡するところだったラン・シールドの氏族が生存出来るのは喜ばしい。それでも自分とは何の関わりが、としか思えなかった。
「突然、地上に浮上して、近隣の人の子達は驚いているかしら?」
「いえ、神殿は人の目には触れぬように、結界を張って細工してあります。それくらいの力は、ラン・シールドの貴族にも残っているのですよ」
リンフィーナは少し安堵の息をついた。
「しばらくは混乱を避けるために、身を潜めているつもりですが、貴方のおかげで私はお役御免ですね」
ウィンジンが少し笑った。
海底で水を支えるという重労働が無くなったウィンジンは、心なしか顔色が良くなっている。
「よかった……」
偽りではなくそう思い、リンフィーナも少し笑うことが出来た。
「ラン・シールドの貴族達が、今会議を開いているのですが、私達は今後全面的に貴方を御守りする方向で動いています」
会議の場をユバスが仕切り、重臣達を説得しているという話だった。
礼を言うと、ウィンジンはユバスがそうすることを決めたのだと言った。
「貴方は我が一族を救った。この貢献に我々は応えなければなりません」
「救うだなんて……」
正確に言えば、自分は救いたいと願っただけで、実際に目を見張るような力を使ったのは、自分ではない者だった。
「どうやら魔女は、あのままでは貴方を失うと思って力を発揮した」
それは確かだった。ウィンジンの読みは間違いではない。
面倒な時に目覚めてしまったと文句を言った魔女の意識を、リンフィーナは思い出すことができた。
「つまり貴方が危険でなければ、そうそう魔女も出てこないかもしれない、これがユバスの考えです」
「それは……」
そうであってくれれば良いのだけれど。
リンフィーナが口にしなかった言葉を察したウィンジンは、それでいいのだと言う笑みを浮かべた。
「そういうことにしておいた方がいいでしょう? もう一度姉から狙われるより」
そしてまた、にっこりと笑う。
どうやら自分が眠っている間に、彼が采配してくれたようだ。彼の優しさに目頭が熱くなった。
「それでは姫君、命の恩人の貴方に、私達一族はどう恩返しをしたらよろしいですか? まず手始めに、貴方の養育係と騒いでいた女性を、こちらに案内させていただきましたが」
ウィンジンは茶目っ気たっぷりに片目をつぶり立ち上がると、部屋のドアを開いた。
「姫様!」
扉の外には、今か今かと待っていたらしいラディが顔を見せた。彼女はドアが開くなり飛び込んできて、リンフィーナに駆け寄る。
「まったく、この方はどれほど心配をかけたら気が済むんです!?」
リンフィーナの首にすがりつく。
「ごめんなさい、ラディ」
彼女が抱きしめてくる力が強い分、リンフィーナは謝った。無鉄砲を絵に描いたところがあるリンフィーナは、こうして何度彼女に謝ったことだろう。
リンフィーナが海中に姿を消してから、彼女は毎日船でリンフィーナを探し回り、ラン・シールドが海底より浮上するのを見つけたという。
「よくご無事で」
その言葉は胸に響いた。
自分でももう一度ラディに生きて会えるとは思えないくらい、もう駄目だと思っていたから。
「ありがとう、ラディをここへ連れて来てくれて」
リンフィーナは改めてウィンジンに礼を言った。
ラディの顔を見て人心地ついたリンフィーナは、これからのことに頭を巡らす。
自分の出生を聞くために、ラーディアに戻りジウスを訪ねるという選択肢と、消息不明のサナレスを探すという選択肢があった。
リンフィーナは迷わず、後者を選択する。
サナレスさえ居てくれれば、リンフィーナの不安は拭い去れる気がしていた。例えば魔女が自分の中に住み着いたとしても、サナレスさえ居れば何とかなるのではないか。
もしかすると兄であるサナレスは、リンフィーナの出生についても、何か知っているかもしれない。
死んでいるかもしれないという懸念は今のリンフィーナにはなかった。なぜか兄が生きているという確信が生まれていた。
そう思うと暢気に寝ていることなどできない。
「私、お兄様を探すわ」
口にしたとき、何か胸の奥がくすぐったいような、気分になった。サナレスを探すという行為を、自分以外の誰かも後押しして喜んでいるような、そんな違和感を感じる。
『そうだ』
肯定する声すら、聞こえたような気がした。
しかしその奇妙な感覚も、ウィンジンの力強い言葉に遮断された。
「手を貸しましょう」
驚いて彼を見ると、ウィンジンは優しい笑みを浮かべていた。
「ラーディオヌの秘宝4」:2020年10月23日
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