秘宝
偽りの神々シリーズ
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
シリーズの5作目になります。
※
身が裂けるような痛みが生じたのは、突然のことだった。
自分の中の何かが死んだことを自覚せざるを得ない痛みに、アセスは片膝を折って座り込んだ。
「アセス様?」
明日が婚儀だというそのときに、失ったものは自分の分身である。
フェリシアが駆け寄ってきてアセスの体を支えたが、アセスは彼女の手を払いのけた。
「アセス様、どうされたのです?」
フェリシアの声は、ずいぶん遠くにしか聞こえなかった。
何があった――?
痛みは尋常ではない。
酷い眩暈が襲ってくる中、象牙の塔でいる自らの記憶が甦った。
アセスは象牙の塔で未だラーディオヌの民が行ったことなどない術を行使しようとしていた。
そんなことをすれば命を落とす。師の忠告を受け入れず、元より覚悟の上と、六芒星の中に鎮座した。
サナレスがイドゥスに発って戻ってこない。自分まで魔道士となったとき、リンフィーナのことをいったい誰が護るというのだ。
自らの命を終えることより、彼女を護るべき存在が居なくなってしまうことの方に焦燥を覚えていた。
例え自分の力の範囲を超えようと、必ず彼女を護れる存在を確保しておかなければ。厄介な輩から目をつけられている彼女を、必ず護らなければならない。
これがサナレスとの約束であり、自分自身が誓ったことだった。
そうして自分は、能力に目覚めた。
ラバース。
人と神を決定的に分け隔てる能力として畏怖される力。人が人一人をこの世につくりだす能力。
成功していたのだ。
そして、何かがあって、自分が送り出した者が消えた。
十中八九、それはリンフィーナの身に危険が及んだということだ。
「ねぇアセス」
フェリシアがアセスを誘導するように、アセスに向かって手を差し伸べる。
アセスの身体は知らないうちに震えていた。
やせ衰えていくばかりの身体では、半身の死を受け止められる体力が残っていなかった。
ひどい眩暈と吐き気に見舞われて、アセスは床に這い蹲る。
自分の作り出した半身が消えるというのは、これほどの苦痛を伴うのか。
視界が霞んだ。
ぐにゃりと壁がゆがみ、天井が回り始める中、母の顔が見えた。
アセスは肩を抱かれる。
「少し休みましょう」
そう言って母は、いつもアセスを寝処へ誘った。
「さあ早く」
鳴り止まない頭痛。
髪を撫でる指。
もう私を人形扱いするのはやめてください!
叫びたいのに、何時までも伝えられない言葉。
「さあこちらに」
そこへは行きたくない。
もう言いなりになどなりたくない。
身体が痛い。心が痛い。
全身が麻痺していく感覚があって、アセスは表情を凍りつかせた。
母が手を引いて、寝所へ案内する。
歪に歪んだ廊下を、まっすぐ歩くことはできなかった。
先導する母が、寝所の部屋を開ける。
鼓動が早くなって、心臓が壊れそうだった。
母が自分を横たわらそうと算段する。
肉厚な唇と、白い肌。
細い首。
すぐにでも手折ってしまえそうな細い、首。
リンフィーナ。
彼女の名を呼びながら、アセスは自らの解放を夢見た。
目の前の首に手を伸ばし、これでもかとばかりに力を入れる。
最初感じていた激しい抵抗は、数分としないうちに無くなった。頭が割れそうなほどの頭痛は止み、急に静寂があたりを覆った。
自らが握りつぶしているもの、それは女の細い首だった。
横たわっているのは、母ではない女の死体――ラーディアの皇女だった。
アセスは息を飲み、自らの掌を眺める。
そこには血に濡れた手がてらてらと、月明かりに光って居るように見えた。
「ラーディオヌの秘宝39」:2020年11月1日
偽りの神々シリーズ、前編がここで終了です。
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また続き、頑張って書いていきます。




