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ラーディオヌの秘宝  作者: 一桃 亜季
38/39

襲撃


偽りの神々シリーズ

「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢

「封じられた魂」前・「契約の代償」後

「炎上舞台」

「ラーディオヌの秘宝」


シリーズの5作目になります。

        ※


「リンフィーナ、何か来ます」

 神殿へ向かう準備をしている最中だった。

 ウインジンがそう言ったかと思うと、屋敷の外が真っ赤に染まった。


 炎の熱が屋敷を取り囲み、窓辺を見る全員の顔が、朱色になる。

 ウインジンが術を唱え、水の結界を貼るのと、炎が窓を破ってくるのが同時だった。


「シヴァール」

 熱風が吹き込んでくるのを、水の膜がしのぐ形となり、幾人かの悲鳴があがった。

 サナレスの実家には呪術者はいない。今はウインジンと自分だけが頼りだった。


「見てください、リンフィーナ」

 ウインジンが緊迫した面持ちで睨んでいるそこには、鳥の形となった炎が、屋敷を焼き尽くす勢いで羽ばたいている。

 その大きさに目を奪われ、見上げるが、圧倒的な力の前に、言葉を失くす。

 ウインジンが作り出す水の壁の向こうで、その鳥は首を伸ばし、こちらに迫ってこようと勢いを増していた。


「これは私には捕縛できない。こちらに来るのを阻止します」

 暴れ出す鳥を抑えるように、水柱が立ち上がる。柱の中で炎の鳥は自由を奪われたが、それは一瞬のことだった。


 一羽ではない。

 叔母の話では、妖魔は群れで襲ってくると言っていた。

 空に広がる火の渦は、鳥の形に姿を変えて、次々と襲撃しはじめた。


 このままでは焼かれてしまう。

 腰を抜かしている場合ではなかった。

 リンフィーナは屋敷の周りを駆けずり回って、風の結界を張っていく。水の結界の中に風の結界を貼り、少しでも炎を近づけないように手をまわした。


 しかし炎と水が相殺し合うが、一向に炎の勢いは弱まらない。

「叔母さま、ラディ達と一緒に、もっと屋敷の奥へ逃げて」

「リンフィーナ、何が起こったの?」

 屋敷内が煙に巻かれはじめ、リーインが血相を変えてやってきた。――そして炎の鳥を見て絶句する。


「あれが……」

 貴族といえど、あんな化け物を見るのは初めてだったのだろう。立ち竦んだまま、動けなくなる。

「ラディ、叔母様を」

 リンフィーナの指示で、ラディが彼女を抱え込んだ。誰の顔にも圧倒的な怯えが見える中、ラディは気丈だった。


「姫様もこちらへ」

 自分を護らなければ、と彼女は必死で手を伸ばす。けれどリンフィーナは首を振った。


 ウインジンだけに任せておくわけにはいかない。

 屋敷内が水と火に圧迫されて、どんどん熱を持ち、空気が薄くなっていく。

 リンフィーナは隙間をぬって、屋敷内に風を送り込んだ。

 正面ではウインジンが、迫り来る炎に対抗している。


「ウインジン」

 リンフィーナは彼の横に並んだ。

 ウインジンはすでに肩で息をし始めていた。彼の体力に限界が来ていることを悟る。

 このままじゃ持ちこたえられない。


 リンフィーナがそう判じるよりも早く、体の中から突き破ってくるような力がみなぎってくるのを感じた。

「いけません、リンフィーナ!」

 ウインジンが叫ぶ。


 自分を打ち破り、中から暴れ出そうとしているものが何なのか、彼の方がよくわかっているようだった。

「でも、このままじゃ……」


『私を解放すれば、助けてやる――。』

 はっきりと声が聞こえはじめるのと、心臓がばくばくと高鳴ってくるのが比例していた。

 体が熱を帯び、破れてしまうのではないかと思うくらいに、衝動が突き上げてくる。


『早く、私を解放しろ』

 声は次第に命令になるが、リンフィーナは胸を抱え込んだまま、座り込んだ。


 だめ。絶対にだめ。

 この声に耳を貸してはいけない。


 炎がウインジンとリンフィーナの鼻先を掠める。

 水の壁を突き破った、炎の鳥のくちばしが、もう目の前だった。


 そのとき――。


「地縛、楽土、精霊リルイー召喚」

 アセスの声が聞こえた気がした。


 地鳴りがしたかと思うと、粉塵が立ち上り、炎の鳥を消し始めた。

「アセス!?」

 精霊を召喚する呪文が聞こえ、その声が次第に誰のものかはっきりしてきたとき、リンフィーナは叫んだ。


 自分は知っている。

 これまで幾度と無く、護ってくれた人の気配。


 完全に火が回ってしまった屋敷の中に、突然ふたつの人影が飛び込んできた。

「お兄さま!?」

 見るとサナレスが二人、肩を並べている。


 一人はサナレスらしい格好で。

 もう一人は、煤こげてボロボロになった格好である。


 いったい何が――。

「説明は後だ、リンフィーナ。こっちにおいで」


 一人のサナレスが腕をひいて、リンフィーナを背に庇った。ビロードの黒いマント姿のサナレスは、リンフィーナが良く知っているサナレスだ。


「お兄さま……!?」

 兄は二人が飛び込んできた入り口の方を警戒していた。


 そこからとてつもない熱が帯びてきているのを感じる。いったい何が起きているのか、リンフィーナはサナレスの肩越しにそちらを凝視した。


 ゆらり、ゆらり。

 炎が人の形をとり、歩き始める。

 揺れながら近づくたびに、その身体が全貌を明らかにしていく。


 リンフィーナの盾になる形となったウインジンと、もう一人のサナレスが、その者の前に立ちはだかった。


「お待ちしていましたよ、リンフィーナ」

 炎はやがて完全に人になり、辛辣な笑みを浮かべはじめた。

 その底知れぬ力の前に、リンフィーナはがくがくと震えるのを止められなかった。


「さあ」ーーと言って伸ばしてくる手は、彼女を護るもの全てを突き抜けて差し出されたかのように不気味で、リンフィーナは後ずさった。


 そんなリンフィーナの手をサナレスがしっかりと握った。身の毛がよだち、視線すら外せなくなるリンフィーナに、サナレスの体温が伝わる。


 駄目だ、相手に飲まれては駄目。

 ガチガチと知らぬうちに震えて音をたてていた歯を食いしばり、リンフィーナは兄に目を向ける。


 サナレスが優しく頷いた。

 シヴァールがまた歩みを進める。


 ウインジンが唇に指を当て、使役霊を呼んで、攻撃した。

 しかしシヴァールに触れるその手前で、全てのものが跳ね返されていく。


「ラン・シールド氏族の生き残りか」

 喉を鳴らして、狡猾に笑ったシヴァールは、もはや人でも神でも無かった。魔道に手を染めるということは、こういうことなのかと思わせるほど、完全に魔性に取り込まれてしまっている。


「くたばり損ないは黙ってみているがいい」

 シヴァールはウインジンに向かって息を吹きかけた。

 ウインジンの体が炎に一瞬で包まれた。彼の衣が焼かれ、彼自身に炎が牙を向く。

 ウインジンが攻撃を避けるより早く、横に居たサナレスが精霊をつかって炎を消した。

 ウインジンは先ほどからの戦いで、力を使い果たしている。顔色が悪く、とてもシヴァールに抵抗する力はなさそうだ。


 シヴァールは、今度は、前に出ているサナレスを標的に捕らえたようだった。

 一息が悪意を持った炎であるかのように、それはサナレスに向かっていった。


「いやーっ」

 リンフィーナは叫んだ。

 そのときサナレスの前に人影が割り込んだ。


 そして彼の代わりに、その者が一瞬で炎に包まれる。

 刹那の出来事で、それが誰なのかわかるには、数秒を要した。

「ラディ!」


 肉がただれる匂いがした。

 リンフィーナは悲鳴を上げる。

 彼女は人の子なのだ。無事で済むわけがない。

 彼女はサナレスを庇い、彼の腕の中に崩れ落ちた。


 サナレス様のお役に――。常々そう言って、リンフィーナを護ってくれていたラディが、目の前で火車になる。

「やだ、ラディ! いやーっ!」

 側に走り寄ろうとするが、サナレスに抱きしめられ、リンフィーナは彼の腕の中で捕らえられた。


 見るも無残に焼け爛れていく彼女を直視し、リンフィーナは絶叫する。

 それなのにラディ本人は、うめき声ひとつもらさなかった。


 サナレスが彼女についた炎を消すが、それは一瞬で全身を覆い尽くしていて、彼の足元で彼女は力尽きていく。

 泣き崩れるリンフィーナに、シヴァールは更に一歩、一歩と歩みを詰めてくる。


 ――もうやめて、一緒に行くから。

 気持ちが折れて、そう言いそうだった。

 お願いだからもう、誰にも手出ししないで――。


 サナレスの腕に抱かれながら、もうこれ以上愛する人を傷つけられたくなくて、リンフィーナは彼に応じようと観念した。

 これ以上周りを傷つけられるくらいならば、自分が傷ついた方がどれだけマシだろう。


「さあ、こちらへリンフィーナ」

 シヴァールがそんな自分を見透かしたかのように、手を差し伸べる。

 差し伸べられた手を取らなければ、もっと酷い目に遭わしてやると、それは脅迫のようだった。

 目をつぶって、リンフィーナはその手を取ろうとする。


 しかしその手を、リンフィーナより早くサナレスが掴んだ。

 彼の身体も全身に炎が飛び火したようで、あちこちから血がにじんでいる。それでも、掴んだ手が白くなるほど力を入れて、シヴァールの歩みを止めた。


「連れていかせはしません」

 サナレスの声ではなかった。

 決意を込めた圧倒的なその声は、サナレスではない。

 先ほどから感じている気配だった。


 自分を護ってくれている、この優しくて強大な力。

 懐かしくて涙が出そうになる、この声。


 リンフィーナは掌で口を覆った。

「アセス――!」

 リンフィーナは涙を溜めた瞳を開く。


 サナレスの金色の髪が、彼女の前で漆黒に変わる。姿が霞み、漆黒の瞳がリンフィーナを見つめる。

「私が貴方を連れて行かせはしません」

 アセスだった。


 自分を背中に庇ってくれているのがサナレスで、そしてシヴァールの前に立ちはだかってくれているのが、アセス・アルス・ラーディオヌだ。


 どういうことなのか聞きたいという思いより、あまりのショックにリンフィーナは声にならない声で彼を呼んだ。


「大丈夫です。私が貴方を護ります。絶対に貴方を連れて行かせはしません」

 それが役割だと言わんばかりの微笑を浮かべ、アセスはじっとリンフィーナを見つめていた。

 優しすぎる眼差し。自分の恋人。

 目が合ってはじめて、心が通う。


 何故今まで気がつかなかったのか、リンフィーナは自分を叱咤した。

 言いたいことが山ほどあった。

 それなのに言葉が詰まって出てこない。


 リンフィーナの前で、シヴァールの腕をつかんだアセスから、青い炎が立ち昇っていった。

 シヴァールは憮然として、アセスを睨んだ。

「ラーディオヌ……」

 シヴァールが地を這うような声で、ゆっくりとアセスのことをそう呼んだのと、二人がにらみ合ったのが同時だった。


 ものすごい爆音がした。

 力と力がぶつかり合って、一瞬辺りが真っ白になる。

 風圧で吹き飛びそうになるが、咄嗟にサナレスがリンフィーナを庇っていた。

 館の一部が吹き飛んだほどの衝撃があり、五感のすべての機能が一時静止したほどである。


「アセス!」

 何も見えなくなったその場所で、リンフィーナは恋人の名を呼んだ。

 サナレスに抱きしめられたまま、リンフィーナはアセスを捜し求める。


「アセス!!」

 また貴方を失うかもしれない。

 その恐怖はリンフィーナの正気を奪う。

 手を伸ばしたが、空を掴む。


 アセスを捕まえられない。

「ねぇ、何処に居るの?」

 こんなのは酷い。


 ずっと兄の振りをして、側に居てくれたの?

 ねぇ、アセス。

 こんなのは酷いよ。


「ねえ、何処?」

 見えない目を開きながら、空に向かって手を伸ばすが、一向に彼を捕まえられなかった。

 それどころか、一瞬にして彼の気配が消えてしまったのは何故だろう。


「お兄さま、アセスは何処?」

 息が苦しくなるほど、抱きしめられて、リンフィーナは兄に問う。

「ねえ、お兄さま」

 苦しいよ。


「リンフィーナ、傷めるから、目を閉じるんだ」

 サナレスは質問には答えずに、リンフィーナの瞳をふさぐ。

 だめよ、お兄さま。それじゃアセスを見つけられない。


 何も見えない。

 何も感じない。

 怖い、怖い、怖い――。


 また置き去りにされてしまう。

 恐怖に取り込まれたリンフィーナは、何時までも宙に向かって手を伸ばした。

「ラーディオヌの秘宝38」:2020年11月1日

残すところ、後1話で

「自己肯定感を得るために呪術を勉強し始めました」から

始まる主人公リンフィーナの話は終わりなります。


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