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ラーディオヌの秘宝  作者: 一桃 亜季
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変化

偽りの神々シリーズ

1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫 (完了)

2「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢 (完了)

3「封じられた魂」前・「契約の代償」後 (完了)

4「炎上舞台」 (進行中) 

5「ラーディオヌの秘宝」 (進行中)


シリーズの5作目になります。

 広大なアルス大陸の北側の地を占めるラーディオヌ一族。ぬばたまの髪とその瞳を持つ氏族は、他の一族とは違い呪術を習得することを幼い頃から推奨され、貴族達にとっては重要な義務教育となりつつある。


 それ故に、神の氏族同士の間でも、漆黒の髪とその瞳を見るなり、後ろ暗い者を見るような目つきとなる者も少なくはない。


 アルス大陸の人々は、精霊を使役し、人外の力を平然と使うラーディオヌの民を、畏怖の対象として位置づけていた。


 しかしそれは無論、ラーディオヌ一族の外に出れば、の話である。


 ラーディオヌ一族の中に入ってみれば、世間の常識というものはまったく存在せず、呪術がラーディオヌ一族に潤いをもたらし、呪術はしごく当然の日常という独自の価値観の元、あたりまえのようにラーディオヌの貴族と民の生活が営まれている。


 特に一族の貴族は貧困や飢えとは縁遠いところで、絶大な反映を誇っていた。

 特に先代の皇族の長、ナリス・アルス・ラーディオヌが死去し、現在のアセス・アルス・ラーディオヌがその王位に着いてからは、ラーディオヌ一族は飛ぶ鳥を落とす勢いである。


 ラーディオヌ一族の中枢、キド・ラインの夜は、夜毎賑やかである。

 ラーディオヌの民が夜の民と言われる所以は、その容姿のみならず、彼らの生活様式にあって、彼らの一日は夕刻に始まる。生計は他の氏族や人とは違い、農業や漁業などで成り立っているのではなく、専ら一族の特性を活かしていた。


 日没から軒を連ねる闇市では、呪術に齎される不可思議な薬草や生物の干からびた死肉が、一族内のみならず高額で取引され、人の子ですら、やれ媚薬だの、占いだのと言っては、人目を忍んでキド・ラインにやってくる。また権力者達は、ラーディオヌの術者の力を借りてでも何とかしたい案件が山済みなのか、呪術者の能力そのものが仕事を請け負うという形で、隠密に金銭に換算されることも常だった。


 特にメニス級以上の地道士への依頼は多く、各国の用心棒として高額で雇われていく。


 地道士は、術士として認定された折に、学校で与えられる称号で、その後7つある級を進級試験によって取得できた。


 地道士の最高位を与えられると、次に目指すは天道士だった。


 メニス級以上が少数で、それ以下が大半であるのだから、天道士の称号を持つものは、ラーディオヌ一族と言えど、ひと握りほどの貴重な存在だった。


「先が長いなぁ」


 ここにも、上級試験を目前にため息をつく少年がいた。


 ラーディオヌ一族で地位を上げるには、すなわち家柄や血筋というよりも、呪術を習得することが近道なのである。


 ある意味能力次第な一族であるから、一見公平と言えば公平なのだが、やはり貴族達の財力は高額な薬効を手に入れることが出来る。呪術と薬は一蓮托生。高額な薬効など、そうそう試すことなど出来ない庶民には、必然的に術を試すことが出来ない。つまりそれなりの家の出の者は、それなりに高位を得ているのが実情だった。


 少年、ナンスはピューズ級の地道士だった。貧しい家で育ったが、運良くラーディオヌ邸、つまりラーディオヌ一族総帥その人の屋敷で下働きにつくことができたため、呪術取得に邁進できた。


 一族の者だけが使用人として出入りを許されているラーディオヌ邸の中では、彼は最年少にして最弱小の術士である。


 前回の進級試験は見事突破したものの、7階級のなかの下から3階級目である。それをやっとの思いで手に入れたナンスにとっては、呪術の道は長くて険しいのだが、はやく最弱小術士という立場だけは脱したくて、給仕をしながら勉学に励んでいるのである。


「アセス様、お食事です」

 主人の部屋の前に立ち、声をかけるが、当然のことながら主人からの返答はなかった。


 返答が無い場合は、入ってよいという合図だった。ナンスは銀の食器に食材を乗せてきた配膳用のワゴンを、部屋の中にすべりこませた。


 主人は常のように長椅子に腰を下ろし、専門用語で書かれた、およそ面白くもなさそうな書物を読んでいる。その傍らでナンスはテーブルに食事をセットしていく。


「お毒見いたします」


 すっかり準備が整うと、ナンスは小さい皿に、主人のために用意した料理をとりわけ、自分の口に運んだ。

 ナンスがこの家で与えられている一番重要な仕事である。

「問題ございません、どうぞ」

 一皿一皿、味見ではなく毒見をして、確認したものだけを主人に出す。

 呪術や薬草などが頻繁に取引されるラーディオヌ一族の貴族にとっては、別段珍しい光景ではなかった。


 ナンスが声をかけると、主人はこちらを一瞥もせず、下げてよいと手をあげる。

「いけません、アセス様、お食事をとってください」

 主人のここ数日間の態度は目に見えておかしかった。無愛想を絵に描いたようなところは相変わらずなのだが、ここ数日ナンスは主人が眠っているところと食べているところを目にしたことがなかった。


 何かがおかしいと感じたのは、ラーディア一族の姫君、リンフィーナ・アルス・ラーディアと婚約を破棄すると表明された前後だった。


 あれほど大切にしてきた関係を反故にして、更に彼女の兄、サナレス・アルス・ラーディアの討伐を秘かに企てた背景に、ナンスは主の身にに生じている異変を感じずにはいられなかった。


 身近にお使えするものの直感とでも言えば良いのか。常の主も人形のように表情を変えず、言葉もごく最小限にしか発しなかったので、他の者は異変には気づいていない。しかし、確かに主を取り巻く空気の質が変わっていた。


 そしてその理由を、彼の元婚約者リンフィーナから聞かされたとき、ナンスはラーディオヌ一族の行く末を案じずにはいられなかった。


 僅か十七歳で天道士となった輝かしい経歴であるラーディオヌの若き総帥が、魔道に手を染めたなどと、口に出すのも憚られるような恐ろしいことを彼女は告白したのだ。


「アセス様!」

 ナンスの再度の訴えに、アセスは面倒臭そうにため息をついた。そのため息はぞっとするほど冷たく、気だるげだ。


 ナンスは魔道士というものをよく知らなかった。しかし呪術に深く携わるラーディオヌ一族にあって、魔道に対する法が厳しいことは知っている。


 例外なく死罪。


 そしてその方法は、ラーディオヌの法の中でもっとも残酷な、血抜きという極刑。

 見せしめのために行われるのと、また汚染された血を一滴残らず体内から取り除くために、十字架に昼夜貼り付けにされたまま、数日間放置される。


 アセスがそのような刑に処せられることを想像しただけで、ナンスは震え上がった。ラーディオヌ一族の総帥が魔道士となったなどとは、使用人としては口が裂けても言えない事だ。


 リンフィーナは知らないのだ、とナンスは思った。彼女のためにラーディオヌの総帥が払った代償は、一族としては大きすぎるものだった。


 彼女はなんとかアセスを元に戻す方法を探ってみると言っていたが、事が露見されれば、総帥といえどアセスは処刑台へと送られる。


「置いていきますので、どうぞゆっくりお召し上がりください」


 これ以上側に居られることを主人が許していないと知って、ナンスは外へ出ることにした。数時間後手付かずの食事をもう一度下げることになったとしても、膳だけは残しておく。


 リンフィーナとの婚約を解消し、彼女の兄サナレスの討伐を命じたことの他、アセスの行動に取り立てて大きな変化は見られなかった。


 しかし一切の食事を断ってしまうのは、まるでアセスが緩慢な自殺でも計っているかのようだ。ナンスは主人の身体を心配せざるを得ない。


 魔道士となったから、食事を採らなくても大丈夫だとか?

 誰かに相談したくとも、事が大きすぎて簡単には相談相手を選べなかった。


 どうすればいいのか。何をすべきなのか、今のナンスには判らない。ただ主の変化を見守る他なかった。

 あのような人ではなかったことを、ナンスはよく知っていた。

「ラーディオの秘宝1」:2020年10月19日

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