衛兵たちの矜持
翌日、改めて王宮内の捜索が行われ、ネリの不在は確実なものとなりました。
それに伴い、来訪者リストからネリを連れ出したであろう人物の絞り込みが本格的に始まります。
しかし、それは容易なことではありませんでした。子狸を連れ去った理由、そのものがわからないのです。
領主様の政敵によるものか、逆に縁を結びたい者によるものか。それとも、ネリ自身が目的なのか。
考えられる可能性は多岐にわたり、それによって絞り込む対象は異なります。重ねて来客の多い時期が災いしました。
絞り込めるとすれば、時間と状況だけでしょう。
ネリが消えた時間に王宮内に居り、その行動が把握されていない人物。
それらの人物をしらみつぶしに調べていくしかありません。
地道な作業に瞬く間に時間は過ぎていきます。
王様は領主様をおびき寄せるのが目的という可能性を憂慮して、彼が王宮外に出ることを禁じました。いくら親しい間柄の彼等であっても王命は絶対です。
歯痒い思いを抱きながらも、領主様は王宮の中で捜索を続けるしかありませんでした。しかし、ネリの足取りを辿る方法は行き詰まりをみせ、進捗はありません。考えを切り替える必要を迫られた彼は、改めて門兵の所へ確認に向かうことにました。
王宮の出入り口。
どこを通ったかは不明でも、王宮の敷地内に居ないのならば、必ずどこかを通って出ていったはずなのです。
「何でもいい。変わったことはなかったか。入った時には持っていなかったものを持っていた者、不審な行動をしていた者、何かないか」
切羽詰まった様子で、不安をぐっと堪えているその姿をみて、誰が仏頂面と思うでしょうか。
無表情なんて言うでしょう。
その姿は、大切な人の無事を願いながら、必死に手元に手繰り寄せようとする唯の青年でした。
門の衛兵たちも出来ることならば力になりたいと、必死に記憶をさらいます。
そんな中、掃除婦の女性が『忘れ物』を届けに来ました。
何か変わったことがあったら、どんなことでも教えてほしい。
そう言われていたからです。
ネリの居なくなった日に、庭師が中庭の剪定中見つけ、保管室に届けられたものでした。ネリのお菓子籠は侍女たちに見つけられて先に拾われていましたから、その近くに落ちていたことなど、誰も知りません。
無関係な落とし物、そう思われた忘れ物。
クマのぬいぐるみ。
それを見て、若い衛兵が「あっ」と声を上げました。
ばっと領主様へ顔を向けて「女の子です!」とやや興奮気味に続けます。
「このぬいぐるみをもって王宮内に入った親子連れがいました。彼女は、帰りも何かを抱いていたんです!てっきりこのぬいぐるみだと思っていました。でも、これがここに残っているのなら、あの子が抱いていたのは恐らく!」
領主様の眼差しがどんどん鋭くなっていきます。しかし、それに臆するような者は此処にはいませんでした。
「その親子連れは誰だ」
彼の質問に、迷うことなく衛兵は答えます。
「エルレイド伯爵夫妻及びそのご息女です!」
衛兵として、訓練だけでなく、貴族目録の端々に目を通し、日々人間観察に努め、記憶力を磨いてきたのはきっとこういう時のためなのです。
平穏な国ですが、それを守る人々はいつだって研鑽を怠ることはありません。
「感謝する」
ようやく掴んだ手ごたえに、領主様はぐっと拳を握りました。衛兵、掃除婦を見回し感謝を告げると、急ぎ足で自室に戻ります。
「早く見つけてあげてください」
背中に向けられた声援は、確かな力となって領主様へ届いていました。