うちの子(狸)は領主様の膝の上
その後暫くして、領主様と子狸は、念願(?)の帰宅を果たしました。
そこからがまあ、大変。
子狸の怪我は雷光のような速さで屋敷中に知れ渡り、ネリの寝籠は今まで以上にふわふわに作り直されました。食事のメニューは練り直され、半日後には領地の獣医まで屋敷に到着しているという、なんとも素晴らしい連携と仕事の早さ。
屋敷の使用人たちの子狸愛に、従者は自分のことを棚に上げてドン引きです。
何が何だかよくわからないまま連れてこられた獣医は、事情を聴くと、朗らかに笑ってしっかり診察をしてくれました。
王宮でちゃんと治療してもらっているとは言え、経過は順調と太鼓判を押されて、領主様たちはひと安心です。
減っていた食事量も特別メニューのお蔭でほぼ元通りになり、些細な物音に怯えることも日に日に減っていきました。
しかし、問題が一つ。
子狸は綺麗好きなのですが、前脚が使えないので桶風呂に入れないです。
因みに屋敷に来る前は女神さまの湖でざぶざぶ泳いで綺麗にしていました。本人は悠々泳いでいるつもりなのですが、傍から見ると溺れているようにしか見えなくて、女神さまの白い獣がはらはらして見守っていたなんてことは、子狸も知らない事実です。
温かいお湯に漬かりたい……違った、浸かりたいとその円らな黒目でお願いした子狸は、今は毎日、使用人の女の子たちに丸洗いの刑に処されています。気持ちが良いのでブラッシングが終わるまで、なすが儘、なされるが儘、毛並みは今まで以上にふわふわです。
領主様の代わりに洗い立ての子狸を受け取りに来た従者は、ずしっとしたその質量に立ち止まって瞬きをしました。
「ネリ、ちょっと重たくなったね」
なんですとっと真ん丸な目をさらに大きくして、ネリが慄きます。
冬毛に誤魔化されておりますが、たしかに少々お腹がたもたもしてきたような気がいたします。
それもそうでしょう。領主様に日がな一日餌付けされ、領主様の膝の上からほとんど動かず、移動の際は領主様が自ら抱えていってくれるのです。
領主様はそんなお腹も可愛らしくて好きですが、ネリにとっては少しばかり死活問題な気がしないでもありません。
丸々としてきた子狸など間違いなく、『鍋の具』です。
「旨そうだな」と思わず零した料理人は悪くありません。
ええ、以前葱を背負って彼の前に立ったことのあるネリが悪いのです。
「きゅ、きゅいー、きゅいーっ」
狸鍋の危機です!
従者からネリを受け取った領主様に「おろしてー」と訴えかけますが、領主様は放してくれません。
大きな手で仰向けの腹を撫でられ、うっとり抵抗を忘れては、はっと我に返って「おろしてー」を繰り返す、そんな二人の仕方のないやり取りに、従者は苦笑して提案しました。
「うん、わかった、わかった。今度、移動式の運動器具作ってあげるから。それが出来るまでは丸々していなさい」
せめて爪が治るまで。
最後の言葉は口にせず、従者は領主様の部屋を後にしました。
領主様の膝の上で、腹を見せてごろごろしている我が家の狸。
それがこの屋敷の平穏の証なのですから。
その後、子狸ダイエット作戦で最も活躍したのは、従者の作った移動式運動器具ではなく、なんと。
料理人のダイエット食でした。
包丁持って追いかけたりは……シテマセンヨ。