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土曜日の朝、せっかくの休みなのに仕事の日と同じ時間に目が覚めてしまった。月曜日も有給で休みだし、三連休のどこかではゆっくり寝ようと思う。
二度寝したいところだけれど、今日は午後から楓が来ると言っていたので、早めに家事を終わらせておこうと起きることにした。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ。なんか荷物多くない?」
14時過ぎ、必要なものは大体置いてあるから荷物が少ない楓には珍しく、大きめのリュックを持って来た。
「今日はパソコンが入ってるからね」
「なんでパソコン??」
「桜ちゃんの記念すべき初回配信を見るため!」
「……?」
ソファを背もたれにラグの上に座り、テンション高めの楓が説明してくれた事によると、楓が大ファンの歌手が配信チャンネルを始めるらしく、それを見るためらしい。
「何時から始まるの?」
「20時! 早く始まらないかな~」
「20時ね。それなら夜ご飯は家で食べた方が良さそうかな。簡単なものでよければ作るけど。それとも、何か頼む?」
「結ちゃんの作ったご飯が食べたいな。……作ってくれる?」
「もちろん」
上目遣いでねだられ、即答で答えてしまった。可愛いから仕方ないよね。
「もうすぐ始まるよ! 楽しみだな~!」
「楽しみなのは分かるけどウロウロするのやめない?」
のんびりしている私とは対象的に、ソワソワ落ち着かない楓をなだめつつパソコンを見ると、人気歌手の初回、しかも生配信とあって既にかなりの人数が待機しているみたい。
泊まっていくと言うので、私も楓もお風呂にも入り終え、あとは寝るだけの状態になっている。……もちろんお風呂は別々に入りました。
「だって楽しみすぎて落ち着けない!! 桜ちゃんの初回配信、しかも生放送、そして澪奈ちゃんとの実質カップルチャンネルだよ!?」
「1人でのチャンネルじゃないんだ? え、カップルチャンネルなの?」
「結ちゃん知らないの? 桜ちゃんと澪奈ちゃんはファンも認める仲の良さなんだよ!!」
落ち着かせようとしたら余計興奮させることになったので、もうそっとしておこう。
これから配信する2人はファンの中で有名な組み合わせということ? 名前からすると2人とも女の子のような……?
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澪「これってもう始まってる?」
桜「多分始まってると思うけど……皆さん聞こえてますか?」
『聞こえてます!』
配信が始まると楓は慣れたようにコメントを入力している。同じようなコメントが勢いよく流れ始め、すぐに追えなくなった。
澪「あ、聞こえてるってコメント沢山来てるね」
桜「皆さん見に来てくれてありがとうございます!」
澪「なんかさ、凄く沢山の方が見てくれてるんだけれど、期待が怖い」
桜「何を期待されているんでしょうか」
「それはもう、2人のイチャイチャが見たい! どこから配信してるのかな? 事務所じゃ無さそうだけど……」
一瞬私に聞いているのかと思ったけれど、画面から目を離さないので独り言みたい。
澪「今日は初の生配信という事で私達もよく分かっていないので暖かい目で見て貰えたら嬉しいです」
桜「あ、澪ちゃん、私たち自己紹介すらまだしてないよ! 私は結城 桜です。職業は歌手です。よろしくお願いします。」
澪「橘 澪奈です。桜と同じ事務所に所属していて、モデルをやらせてもらっています。よろしくお願いします。」
桜「自己紹介も終わったところで、早速始めて行きますね。今日の生配信でやる企画がいくつか用意されているのですが、時間も限られているので皆さんが見たいものをアンケート機能から回答してもらって、多いもの3つをやるので、是非回答してください」
「アンケート機能なんてあるんだね。楓、操作分かる?」
「大丈夫! どんな企画が用意されてるのかな~」
生放送だと視聴者が参加できるって言うのがいいね。楓が楽しそうで私まで嬉しくなった。
澪「ちなみにアンケートの内容はスタッフさんが用意してくれたので私達もまだ知りません」
桜「一体何が書いてあるのか……え!?」
澪「カップルへの10の質問、お互いの好きなところ10個、ふたりだけの秘密大公開、イチオシの写真公開、愛してるよゲーム、なんでも質問コーナー……なにこれ?」
「……!? この中から3つだなんて……時間長くなっていいから全部見たい!!」
楓はしばらく悩んでいたけれど、選んで投票を終えていた。
桜「ほんとにやるの? ちょっと水島さん笑いすぎですよ! なにこれ初回からドッキリ?」
澪「今名前の出た水島さんは事務所の広報担当の方で、このチャンネルのスタッフさんです。これ考えたの水島さんですよね? ……コメントが水島さんへの感謝で溢れてるのはどうしてなの」
『水島さんありがとうございます!!』
当事者は困惑しているけれど、ファンは大盛り上がりなのが想像つく。
なにせ目の前で楓も水島さんにお礼のコメントを送っているから。
桜「アンケートの結果、愛してるよゲーム、ふたりだけの秘密大公開、イチオシの写真公開の3つに決まりました。他も結構接戦ですね」
澪「え? これ需要あるの? 本気で?」
『需要大ありです!』
「カップルへの10の質問は入らなかったか……でも写真公開も全然あり!」
楓が選んだ1つは選ばれなかったみたいだけれど、他の2つは選ばれていたようで満足気にしている。
桜「皆さんのコメントの熱量が……」
澪「水島さんから早く始めてって言われたので不本意ながら始めたいと思います」
桜「どれからにする?」
澪「桜はどれが恥ずかしい? ちなみに私は愛してるよゲーム」
桜「全部恥ずかしいんだけど、私も同じかな。後に残した方が辛いよね…?」
澪「最初に終わらせちゃおう! お互いに言い合って、照れたり笑ったりしたら負けってゲームだよね?どっちからやる?」
桜「なんか澪ちゃん開き直ってない……?」
澪「よし、じゃあ私からね。」
桜「え?澪ちゃん見すぎじゃない?待って、待ってこれ無理」
「……っ!? 尊すぎ!!」
画面の2人を見ながらニヤニヤが止まらない楓が可愛いと思います。
澪「可愛すぎる。ちょっと可愛すぎません? これ私の勝ちでいいよね?」
桜「澪ちゃんずるい、ルール変わってるもん」
澪「もんとか可愛すぎ……これって恥ずかしがる桜を見るゲームでしょ?」
「なにこれ、可愛さが渋滞してるよ」
そうだね、可愛いと思います。
桜「違うし! みんなもそうだよとかコメントしないで!」
澪「あんまりいじめると拗ねちゃうからちゃんとやりますか。桜、愛してるよ」
「きゃー!!」
突然叫ぶからびっくりした……
桜「不意打ちはずるい! 澪ちゃん、愛してるよ?」
「……! 私も言われたい!」
そんなにきゃーきゃーしてくれるなら私が言ってあげたいわ……
澪「最後疑問形だったけど可愛い……! みんなにも横顔じゃなくて私目線で見せてあげたい! あ、でもダメだ。減る。なんでこんな可愛いの? チューしていい?」
『チュー!? しちゃいましょう!』
していいの? いや、落ち着け私。
桜「何言ってるの!? 澪ちゃん落ち着いて! みんなもチューしろとか書かないで、しません!」
「しないのかー」
残念そうな楓が可愛いです。
澪「これは引き分け?この企画はありでしたね。またやりたい」
桜「最初と言ってる事が違いすぎる……」
澪「では、皆さんに桜の可愛さが伝わったところで次に行きたいと思います。次はふたりだけの秘密大公開でいいかな?」
桜「もうなんでもいいです」
澪「みんな応援してくれてるから頑張って!」
澪「ふたりだけの秘密って何かあったかな?」
桜「ないかも?」
澪「終わっちゃうじゃん! 何かあるはず」
桜「あ、澪ちゃんの趣味部屋公開は?」
『趣味部屋みたーい』
「趣味部屋ってことは、澪奈ちゃんの家ってことだよね。 でもなんか一人暮らしの部屋って感じじゃないし、これは同棲なんじゃ?」
私の家も楓の私物が沢山だしもはや同棲してると言っても過言ではない?……過言だな。
澪「待って、待ってそれはやめよう」
澪「今は片付いてないし、カメラ固定だから今度お見せしますね! ちょっと水島さんなんでカメラ外してるんですか? あ、水島さんが持ってくれるんですか、そうですか……」
桜「ここが澪ちゃんの趣味部屋です!」
澪「はい、私の趣味部屋です。見てわかる通り桜のDVDとかグッズを並べています。はい、では公開したところですぐ戻りましょう!」
「うわ、凄い。私も結構持ってると思ってたけど全然だわ……」
楓の部屋の一角にもスペースが作られているけれど、それを上回るグッズが映っていた。
水「桜ちゃん、そこにあるアルバムは?」
桜「澪ちゃんが撮った写真です。次の写真企画で使えるから持っていくね」
澪「ちょっと1回中確認してもいい? あ、水島さん取らないで返して、大丈夫か確認させてください、面白そうだから駄目? え?」
「澪奈ちゃんから見た桜ちゃんってことだよね? どんな写真が出てくるのか楽しみ!」
これは隠し撮りした写真とか出てきちゃうんじゃ?
澪「趣味部屋が公開されてしまったので言うと、桜のファンで、ライブとかでも目撃されてるので結構知ってる人多いかもですね。 来週にあるライブも実はチケット当選しています。2階席のどこかに居るので近くになったらよろしくお願いしますね?」
桜「関係者席じゃないんだ?ってコメント多いね。澪ちゃんは自分でチケットを取りたいって関係者席に座ったことないんだよね」
澪「うん。落選した時は関係者席をお願いするか本気で悩むんだけどね」
「関係者席なのかと思ってた。しかも来週のライブ私も当選してる! 2階席だし、席近かったらどうしよう!?」
楓も当選しているようだけれど、フラグかな? さすがにそれは無いか。
桜「澪ちゃんってライブが近くなると予習って言ってDVDに釘付けで構ってくれないよね。本人いるのに!」
『構って貰えなくて拗ねる桜ちゃんが可愛すぎます!』
きゃあきゃあ言いながらコメントしている楓が1番可愛いと思います。
澪「自分に嫉妬? なにそれ可愛い! 見る側も準備が必要なんだよ。構って貰えない桜ちゃん可愛いだって。良かったね?」
桜「見に来てもらえるのは嬉しいのに複雑……!」
澪「来週当選した方は存分に楽しみましょう! 残念ながら落選してしまった方にも朗報があります。なんと、ライブ前の舞台裏に潜入させてもらうことになりました! 生配信では無いですが、DVD発売より早くお届け出来ると思うので楽しみにしていてください。私も初の舞台裏が見られることになって今から楽しみです」
「舞台裏の撮影嬉しい~!! ライブ行けるけど舞台裏の様子って特別だよね。配信されたらまた一緒に見てくれる?」
「いいよ。私もNG集とかメイキングとかって素が出てる気がして好きだし」
この配信が始まってから初めて話しかけてくれた気がする。存在を覚えててくれてちょっと嬉しい。
桜「澪ちゃんが撮影するの? え、私聞いてないよ? 企画書にも書いてなかったよね? 本当に?」
澪「その反応が見たかったので桜には内緒にしていたそうです。素の反応ありがとうございます!」
「上目遣いとか、頭ポンポンとかファンを殺しに来てる……」
『無意識のイチャイチャ最高です。もっとください』
画面の2人に楓はノックアウト寸前だった。私ならいつでもしてあげるんだけどな~
澪「桜? 生配信なの覚えてる? コメントは今日1番の盛り上がりだよ?」
桜「あっ…!」
「隠れちゃうとか可愛すぎない!?」
普段からそんな距離感ってちょっと羨ましい……
澪「可愛いが溢れてますね。桜が隠れちゃったのでコメント読んでいこうかな。素の反応の破壊力やばい、無意識のイチャイチャ最高……、水島さん隠し撮り企画お願いします! 水島さんがニヤニヤしているのでそのうちあるかもしれません。疑心暗鬼になりそう……」
「無意識のイチャイチャって私のコメント拾って貰えたかも?」
自分のコメントが読まれたかもしれないと今日イチのテンションで喜んでいる。
澪「最後の企画はイチオシの写真公開です。さっき持ってきたアルバムから選ぼうと思います。お互いに1枚でいいのかな? せっかくなので全部? 結構あるよ? カメラも遠いので、って水島さんなんでカメラ外してるんですか? またこの流れ?」
桜「水島さんがノリノリすぎて怖い!」
澪「じゃあめくっていきますね。ほとんどが桜の写真で、たまに2人での自撮りかな? もうね、被写体がいいから止まらなくて。最近は私目線での桜が1番可愛いんじゃないかと思い始めています」
「私目線が1番可愛いって素敵すぎない!? 桜ちゃんが澪奈ちゃんを見る目が恋する乙女って感じだもんね!」
確かに、ふとした時に見つめる視線とか目が合った時の微笑みとか、恋人同士にしか見えなくなってきた。
桜「何その自信? あ、コメントで澪ちゃんが撮影した写真での写真集希望ってあるよ」
「発売されたら絶対買う!!」
私が撮った楓はどんな表情だっただろう? 後で見返してみようかな。
澪「私に見せる笑顔が違う、好きが溢れてるって書かれてるよ? なんか私も恥ずかしいな」
桜「そんなことないよ! え、ないよね?」
「写真全部最高だったー! 特に寝顔なんて常に一緒に居ないと撮れないよね? やっぱり一緒に住んでるんじゃないかな……むしろ住んでて欲しい」
楓の寝顔写真があることは秘密にしておかなければ……
澪「今日の生配信、楽しんで頂けましたか? これからも沢山2人での動画を投稿していきますので、楽しみにしていてくださいね。」
桜「初めての生配信で緊張しましたが、暖かく迎えてくれて嬉しかったです。これからよろしくお願いします。」
「「せーの、チャンネル登録と、高評価よろしくお願いします、バイバーイ」」
「登録も高評価もします! はー、もう全部最高だった!! あっという間に終わっちゃったな……もう絶対付き合ってるよね? むしろ付き合ってて欲しい! 結ちゃん、どうだった?」
「ん? 楓が可愛かった」
正直、生配信よりもそれを見ている楓を見ていたのであまり内容が入ってきていなかったりする。
「……!?」
「本当に好きなんだなって」
「あ、ありがとう」
「楓は女の子同士の恋愛ってどう思ってる?」
「とにかく尊い! 近くでイチャイチャしてるのをずっと見てたい。アーカイブ残るかな? 何回でも見たい」
配信を思い出してニヤニヤしている楓を見て、否定的な言葉が出てこなかったことにほっとした。
気持ちを隠し通そうと思っていたけれど、少しずつ出していってもいいかもしれない……
「そろそろ寝る?」
配信が終わったのが21時過ぎで、それから興奮冷めやらない楓と色々話していたら随分遅い時間になっていた。実際は、私はほとんど聞いているだけだったけれど。
「まだ話し足りないけど、昨日楽しみすぎてあんまり眠れなくて……もう寝ようかな」
「楽しみすぎて眠れないとか子供か」
「そうやって子供扱いする~! もう成人してるしっ!」
「大きくなりましたね~」
「ムカつくー!!」
「ごめんね? 機嫌直して?」
「……?!」
むくれる楓の頭を撫でながら謝ると、普段にはない対応に目を見開いている。
「顔真っ赤。可愛いね」
あ。心の声がつい……
「……!! 歯磨きして来るっ! おやすみ!」
バタバタ走っていく楓を見送り、私も歯磨きしに行くし寝る部屋も同じなんだけどな、と思いつつこの辺にしておこうと少し時間をずらすことにした。
「寝ちゃってるか。可愛い顔しちゃって」
動画を見始めたらついつい長くなってしまい、私が部屋に入った時には電気をつけたまま、楓は寝てしまっていた。
残念に思いながらも楓の寝顔を眺める。ついつい唇に向く視線を引き剥がし、頬を撫でた。
「ん……」
くすぐったかったのか、楓が身動ぎをした。起きたかな? と思って身構えるも寝続けているのでほっとする。
ずっと見ていられるけれど、邪な感情が芽生えてくる前に、と手を離し、電気を消して自分のベッドに潜り込んだ。
あー、寝れる気がしない。
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