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ピンポーン


時刻は木曜日の夜9時過ぎ。テレビでも見てゆっくりしようかなと思っていると来客を知らせるチャイムが鳴った。

今日届く予定の荷物はないし、こんな時間に訪ねてくるような心当たりは1人しかいない。玄関を覗いてみると、予想通りの人物が立っていたのでドアを開ける。


「楓……突然飛び込んでくると危ないでしょ」

「結ちゃん! 今日泊めて?」

「はぁ……とにかく上がって。おばさんは知ってるの?」

「結ちゃんのところに泊まるって連絡したら迷惑かけないようにしなさいって言われた」



ドアを開けるなり飛び込んできた朝倉 楓を抱きとめて部屋の中に招き入れる。

楓をソファに座らせて飲み物を取ろうと冷蔵庫を開けるもろくな物が入っていなかった。こういう時の楓に飲ませるとろくな事がないのでお茶でいいだろう。


「はいお茶。で? 今度は何があった?」

「ありがと。今日飲み会があったんだけど、彼氏が他の女とイチャイチャしてるから割り込んだら二股かけてたの! その場で別れて抜けてきた」

「その男二股かけてる女の子二人がいる飲み会によく出れたな……そんなやつのどこが良かったの?」

「顔!」

「……イケメン好きだもんね。聞いた私が馬鹿だった」

「でも結ちゃんの顔が1番好き! 結ちゃんが男だったら絶対付き合いたい」

「じゃ、付き合っちゃう?」

「付き合っちゃおー! なんてねっ!」

「ノリがいいな?! 冗談はさておき、来る前に連絡くらいしなよ。出かけてたらどうするの?」

「だって結ちゃん、飲み会とかで夜居ない時は事前に連絡くれるもん」

「かわっ……」

「??」


もん、って可愛いんですけど……!

少し拗ねたように言われ、思わず心の声が漏れるところだった。前に飲み会で遅く帰ってくると玄関前で楓が待っていたことがあって、それ以来遅くなる日は事前に伝えるようにしていた。


「もういい時間だし、お風呂入ってきたら?」

「結ちゃんも一緒に入ろ?」

「私はもう入っちゃった」

「そっかー じゃあ行ってくるね」



「はーっ……」


楓がお風呂に向かったのを確認して思わずため息が出た。楓とは家が近所なこともあり小さい頃からの付き合いで、よく面倒を見ていたからか姉のように慕ってくれている。


社会人になって私が一人暮らしを始めてからも疎遠にはならず、彼氏と喧嘩する度に私のところに突撃して来ては、さっきみたいに私の顔が好みだとか、お風呂に一緒に入ろうとか言ってくるし……

その度に私は気持ちに気づかれないようにポーカーフェイスを保つので精一杯。


付き合っちゃおー! と返事された時には心臓が止まるかと思った。

冗談、なんて言ったけれど上手く取り繕えていただろうか? 楓に彼氏ができる度にその相手が羨ましいし妬ましくて仕方がないけれど、喧嘩した時や彼氏と別れると真っ先に私のところに来る事に優越感を抱いていたりもする。


なんだか浮気性の彼氏を待つ彼女みたいな思考になってしまったと苦笑いする。

時々楓の無邪気さに危ない思考になるけれど、この立場を手放す気はないし、本気で告白して関係が壊れるくらいなら姉としてでいいから楓の近くにいたい。



「結ちゃん、お風呂ありがとう~」

「いいえ。……ってなんでシャツ1枚!?」

「着替えの場所変えた? パジャマがいつものところになかったから結ちゃんのシャツ借りたの」


ぐるぐる考えていると、結構な時間が経っていたらしく楓が出てきた。

……下着に私のシャツ1枚で。楓はしょっちゅう泊まりに来るのでお泊まりセットは一通り置いてある。もちろん着替えだって置いていたはずだ。 

そういえば、そろそろ来そうだな、と洗濯して干したままだった。


楓は150cm位で、私よりかなり小柄なので大きめの服が好きな私の服を着ると、色々と見えそうで、さっきの決意が脆くも崩れ落ちそうになりながら着替えを取りに向かった。無事に着替えさせ、肌が見えなくなったことに残念な気持ちもありつつホッとした。



「楓、明日ここから大学行くでしょ? 私朝早いから鍵渡しておくね。次に来た時に返してくれたらいいから」

「着替えもあるしここから行くー! ありがとう」

「じゃ、おやすみ」


楓に合鍵を渡して電気を消した。楓は寝付きがいいので少し経つと寝息が聞こえてくる。


最初に泊まりに来た時にどこで寝るか一悶着あったけれど、結局はベッドの横に布団を敷いて寝ることで落ち着いた。


同じ部屋にいるだけであまり寝れないのに同じベッドなんてとても無理だ。寝れる気がしなかったけれど、明日は朝から会議なので無理やり目を閉じた。



---

「結菜、なんか疲れてる? (いつもより目つき悪いけど)」

「……小さい声で言っても聞こえてますけど? いつも目つきが悪いみたいに言わないで貰えます?」

「え?」

「え? 」

「……さて、お昼までもう一息頑張りましょうか」

「むぅ」


会議がひと段落着いたところで始まった私と上司である藤宮 (あきら)さんの掛け合いに、チームメンバーはいつものか、と笑っている。


玲さんは私が入社した時の指導係で、今は頼れる上司。

社内でも、才色兼備で何かと目立つ玲さんに憧れている人も多く、部下の私たちは羨ましがられることが多い。



「それで? なにかあったの?」

「何かってなんです?」

「昨日は普通だったから、昨日の夜に何かあったのかと思ってるんだけど」


美味しいパスタを出すお店を見つけたから、とランチに誘ってもらい注文を終えたところで脈絡もなく問いかけられ、相変わらず全体をよく見てるな、と驚いた。


「昨日は夜更かししちゃって寝不足なだけですよ」

「寝不足なだけ、ねぇ? それだけ? その割には百面相したりため息吐いたりしてたけど」

「……!」

「っていうのは嘘だけど」

「……!?」



「で、付き合っちゃう? まで言ったのにそれで終わり?」

「……はい」

「ヘタレか」

「返す言葉もない」


結局洗いざらい喋らされてしまったうえ、ヘタレ扱い。確かにその通りなんだけど。


「その子、楓ちゃんだっけ。もう随分片想いしてるのに付き合いたいとは思わないの?」

「それはもちろん思いますけど、楓からの好意は姉に対するようなものなので嫌われるくらいなら今のままでいたいというか」

「結菜がそれでいいならいいのだけれど」


「それより! 私の話はいいので、玲さんの方はどうなんです? なんか食堂でイチャついてたって噂になってますけど、清水さんとのこと、隠すのやめたんですか?」

「そもそも私の方は隠してなかったしね。菜月が友達に打ち明けたから、そろそろいいかなと思って」


清水 菜月ちゃんというのは経理部に所属している玲さんの恋人で、丁寧な仕事ぶりと、たまに見せる笑顔が堪らないと営業部の中でも人気が高い。

玲さんに彼女がいるというのは随分前に教えて貰っていて、その時に私も楓について話をしていた。

営業部の男性陣から清水さんの話題が出る度に、玲さんの周りの温度が下がったような気がしていつもヒヤヒヤしていたんだよね……

今まで清水さんが頑なに隠していたから会社で話しかけることはしていなかったけれど、それが緩んだとなればもう遠慮はしないということだろうか。


「でも、周りに関係が知られる事に不安はないんですか?」

「もちろん、無いとは言えない。でも悪いことをしているわけでも無いし、嫌な思いをすることもあるかもしれないけれど、ずっと隠し続けることは出来ないと思ってるから」

「同じ会社ですし、生活圏内も被ってますからね」

「そう。外出の度に周囲を気にする、というのもね……それに、変に噂が広まって私の知らないところで菜月が傷つけられたとして、部外者でいるのが嫌だから。私の気持ちは示していこうと思って」

「きっと周りが驚くくらいダダ甘なんでしょうね……」


清水さんの話をする時にはすごく優しい目をしているし、一緒にいるところは見たことがないけれど、かなり甘やかしているだろうことは想像がつく。


「もちろん、全員に認めてもらえるとは思ってないけれど、味方になってくれる人も居るはずだから」

「私は味方ですからね! ところで、清水さんの方はどうなんですか?」

「ありがとう。菜月としては、関係を知られたくない、と言うよりも釣り合わない、という気持ちが強いみたいで……隠し通すって気合い入れているわよ」


そう言って楽しそうに笑う玲さんを見て、どんどん追い詰められていく清水さんが想像できて、心の中でエールを送った。



「それにしても、このお店、本当美味しいですね」

「でしょ? 菜月と美味しいお店を探していて見つけたの。今度楓ちゃんをデートに誘ったら?」

「デート!? そんなの一気に誘いづらくなるじゃないですか……」


その後運ばれてきたパスタは、玲さんのおすすめだけあってとても美味しかった。デートとかじゃなく、今度楓を連れてきてあげよう。


「さて、午後も頑張りましょう」

「はーい。あ、相談料って事でたまには私が払います!」

「もうさっき払ってきちゃった」

「……そういうのは清水さんにだけやってくださいよ。そんなイケメンなことしてるから勘違いする子が続出するんですからね!?」


結局お金は受け取って貰えませんでした……出来る上司の元で午後もお仕事頑張ろうと思います。


玲がメインの短編もありますのでよろしければご覧下さい。https://ncode.syosetu.com/n7738gl/

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