星巫女と人馬機
巨大ロボット兵器への欲望が高まりましたので、スペースオペラと組み合わせて描いてみました。
雷樹の周囲では、草木が萎びて枯れる。
草木だけでなく、獣も鳥も虫も、あらゆる生物が、雷樹を厭う。
例外は雷機と呼ばれる、機械の獣だけ。雷機は、雷樹の蔦から流れる電力がなくては動けない。大きい雷機ほど、それに見合う大きな雷樹から長く離れることができない。
森の中に、ひときわ高く、天にかざす丸傘も大きな雷樹がある。雷樹の蔦に、半人半馬の雷機が繋がれている。体高は7m。長距離機動と輸送能力に長けた人馬機だ。その特性から、戦闘用としても使われる。
銀色に輝く傘をかざした少女が人馬機に近づき、優雅に一礼する。
「お召しに従い、罷り越しましたわ。我が殿」
少女は愛らしい顔に悪戯っぽい微笑みを浮かべ、人馬機を見上げた。
マキナ・アルス・二等航宙士・オーベン。
星巫女の装束に合わせて前髪を片方だけたらし、左目を隠している。
『背中がゾワゾワするんで、その言い回しはやめてくれ、姫さま』
人馬機の背にある鞍の中から、男の声。長年、戦場で大声を出し続けたせいで嗄れている。
クラウス・トルト・甲板長・バルナッソル。
戦場の喧騒の中でも届くよう独特な抑揚のついた胴間声が特徴だ。
「こういうのは形が大事なのです。殿こそ、姫さまはやめてください。今のわたしは、あなたの妻なのですよ?」
『いや……結婚の約束は、娘の領地継承に必要だからと奥方さまに押し切られて……』
「ほほぅ」
マキナは傘の先で空を示す。
雷樹の上空は常に晴れている。青い空の向こうに、白い線が斜めに横切るのが見える。
「我が殿は天環の誓いに、偽りを申したというのですか」
『やれやれ。かなわんな、マキナには』
苦笑まじりの声。
『だが、この戦が終わるまでは前と同じで頼む。戦場では混乱の原因は避けるものだ』
「ではクラウスおじさま。おじさまの人馬機にのせてください」
『わかった』
人馬機の手が地面に差し出される。マキナは掌の上に腰を下ろす。
掌が持ち上がる。何年ぶりだろうか。クラウスの人馬機に乗るのは。前に乗った時にはまだ子供だったので、掌の上に立っていた。
背にある操鞍から太い腕が伸びてマキナをつかみ、予備座席へと運ぶ。場所は操縦席の前で、クラウスの足の間におさまる。
「狭いだろうが、我慢してくれ」
「かまいません。でも……」
スンスン、とマキナは鼻をならす。
「操鞍、干物臭いですよ、おじさま」
「保存食をかじりながら10日間、駆け続けたからなぁ」
「お髭も伸び放題です」
「すまんな。見苦しくて」
「いえ、いいです。こうして間に合ってくださいましたから」
マキナは自分をはさんでいるクラウスの膝に、頬をよせる。
汗と微生物と油が混じった酸っぱい匂いが漂う。
強烈な臭気にマキナは、くらっ、とくる。
クラウスは10日間駆け続けなのだ。操縦服は着たきりで、風呂も洗濯もしてはおるまい。
悪臭である。しかし、なぜか嫌悪感はわいてこない。癖になる臭いというか……子供の頃から知っている臭いのせいだろうか、と思う。
「では、充雷時間を利用して状況をみよう……どうした、マキナ? 顔が赤いぞ。気分でも悪いのか?」
「……い、いえ。なんでもありませんわ、おじさま」
「ならいいのだが……では天環との接続、頼めるか」
「はい」
マキナは、髪留めを右から左につけかえた。
右目が隠れ、左目が顕になる。
左目の黒い瞳の奥に、キラキラと金の光。
すぅ、と息を吸い、祓詞を口にする。
「植民船〈トルベロα〉を導きし 月神大激光
母なる地球より 128光年の彼方に届きし 激光の恩徳により 新たな星に到達せり
惑星環境改造未了といえど 時空凍結睡眠異常あり 異星植民法第7条第9項に従い トルベロ第4惑星に降下す
凍てつき星なれど 空に天環あり 極に南極港大聖堂あり 地に雷樹あり 世代を重ね 人、第4惑星に満てり
星巫女 マキナ・アルス・二等航宙士・オーベン かしこみかしこみ 天環に惑星植民支援を申請す」
マキナの腸内で、知性化した細菌叢が目覚める。
細菌叢が生み出すサイキックがマキナと天環とを精神接合する。
認証。
承認。
地上から高度1000kmにある天の円環が、マキナに対し惑星植民支援を開始する。
「きました……天環からの映像……熱源……解析……」
「おれも見られるか?」
「はい。人馬機を通して情報を流します」
操鞍の画像投影板に、情報が表示される。
『植民者危険情報:敵対現住生物B種
該当地域に大甲虫2、装甲百足8、寄生蜂4群を確認』
「10日前に比べると、やはり増えているな」
「すみません。母の実家のトシタケ叔父上から討伐の申し出があったのですが、母が断ったので……あとで叱っておきます」
「しかたあるまい。今後を考えれば、クリタ家の助力を受ける前に、アルス家が独力でオーベン領を守る力があることを示さねばな」
「ですが、この数は……」
「問題ない。敵対B種相手の戦いとは、畢竟詰将棋だ。相手の動きを読み、誘導し、適切な位置で無理なく刈り取る」
「……おじさまが賢げに見えます」
「マキナが生まれる前から人馬機で戦ってるのだ。学びもする」
「では、手立てを考えましょう」
マキナが天環に地形情報を求めた。
軌道から観測した地形図が、画像投影板に鮮やかに浮かぶ。
「これは……マキナがやったのか?」
「はい。あのおじさま、すごく驚いたご様子ですが、何か問題でも……」
「いや、これほどに詳細な地形図、はじめて見たぞ。そなたの父上が、マキナは当代一の星巫女になると自慢しておったのは、本当だったのだな」
「そうだったのですか。自分ではこれが当たり前なので……」
「それもそうか。よし、これだけの地形情報があれば楽勝だぞ」
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人馬機が走る。
槍を頭上に高々と掲げ。槍に結んだ布をたなびかせ。
森の木々を強靭な顎で食い散らかしていた寄生蜂の一匹が、たなびく布に気づく。
顎を鳴らして仲間に伝え、群れで一斉に襲いかかる。
「きたっ! きましたっ! 数48……49……52匹!」
「よし」
興奮するマキナに、クラウスが醒めた声で応じる。
クラウスは人馬機を窪みに走らせ、谷間を縫うように走らせる。
他の敵対B種と遭遇して邪魔されぬよう視線に気を配り。
寄生蜂の群れが追いつけるよう速度を調整。
「蜂が迫ってますっ! 顎がっ! おっきな顎がっ!」
「うむ。もうちょい速度を落とすか」
「そんな! 追いつかれます! おじさま、あいつら引き寄せ布を噛んでますっ!」
「それでいい。攻撃行動に出れば、その分、他のことに気を回せなくなる」
人馬機に、寄生蜂がまとわりつく。
寄生蜂の大きさは、人間の半分ほど。人馬機の操鞍の中にいれば安全だとわかっていても、怖い。
「準備を頼む、マキナ。罠の設置場所に到着するぞ」
「はい──天環に惑星植民支援。微波招来」
人馬機が丸い窪地の中央に立ち、天に馬上槍を向ける。
目に見えぬ電磁波が降り注ぐ。
あらかじめクラウスの部下が地面に設置した増幅装置が、空中に電磁波の焦点を結ぶ。
寄生蜂が猛烈に暴れはじめた。自分たちを、腹の内側から炙っている何かがいる。原始的な群れの思考は、それを目の前の半人半馬であると断じ、さらなる苛烈な攻撃を加えた。
ガンガンと、体が砕けるのも厭わずに人馬機に体当たりする。
ビリビリと、体当たりの振動が座席を通してマキナに伝わってくる。
カチカチと、耳慣れぬ音まで混ざってきた。
人馬機のどこかに故障があるのではと、マキナが周囲を見回す。
「大丈夫だ、マキナ。やかましいだけの悪あがきだ」
ぽん。
クラウスの大きな手が、マキナの頭にのせられた。
守られている安堵と、子供扱いされている不満とが、恐怖を薄れさせる。
カチカチ鳴っていた音が止まる。
鳴っていたのが自分の歯だと気づいて、マキナは赤面した。
「ありがとうございます。おじさま」
マキナはスリスリと、クラウスの手に自分の頭をこすりつけるようにする。
手袋も、とても臭い。とてもとても、よい。
心を落ち着かせてから、天環を通して自分が乗る人馬機を見る。寄生蜂が体当たりを繰り返すが、外装はへこみもしない。
人馬機にとって、寄生蜂は敵ではないのだ。
「おじさま。どうして最初に寄生蜂と戦ったのですか?」
「今なら、安全に完全に勝てるからな」
「今なら?」
「他のB種、たとえば大甲虫と戦えば体当たりで機体にガタがくることがある。装甲に隙間ができれば、寄生蜂であっても侮れない敵となる」
「う……」
操鞍の装甲に隙間ができて、そこから寄生蜂の頭が入ってくるところを想像して、マキナは気持ちが悪くなった。
「詰将棋と言った理由がわかっただろう。寄生蜂を潰し終わったら、装甲百足だ」
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大百足の平べったい体が、人馬機の後足に巻き付く。
さらに一体。前足に絡みつく。
動きを封じるほどではないが、邪魔だ。
対する人馬機の攻撃は、大百足の固い甲羅に阻まれて有効打となっていない。
そして。
「おじさまっ! 前方の地面の割れ目からっ! 大きいのがっ!」
「あの大きさだと、メス大百足だな」
「落ち着いてる場合じゃありません! 小さなオス相手にも手間取ってるのに!」
「いや、これでいい。放熱器、展開」
クラウスは操鞍の天井にある把手を、グイ、と引く。
人馬機の人体部分の背にある鬣に相当する放熱器が広がり、熱風でたなびく。
『雷力消費、モードⅢ。破砕槍起動。稼働時間残り82秒』
操鞍の壁から古太陽系語のひび割れた声が聞こえる。
人馬機が握る槍の先端が、ぼうっ、と霞む。
前足にまとわりつくオス大百足の胴体を、破砕槍が貫く。装甲が粉となって飛び散り、大百足の足が、胴体がちぎれる。
メス大百足が異変を察した。
急いで割れ目に戻ろうとする。
「逃さん!」
クラウスが、自由になった人馬機の前足で、メス大百足の胴を蹴り飛ばす。地面に転がった頭に、槍を突き刺す。断末魔の痙攣と破砕槍の振動が、大百足の体を伝わる。
しつこく後ろ足に絡んでいたオス大百足も、すぐに槍の餌食となる。
『44、43──モードⅢ、停止』
把手を戻すと、秒数をカウントダウンしていた声が途切れる。
槍は止まっても、鬣からの熱風は止まらない。
操鞍の中の温度が上がる。気合を入れて──主に母が──編み込んだマキナの髪が、汗で肌にはりつく。
「あの……おじさま。この熱風、いつまで続くんでしょう」
「放熱が終わるのは明日になる。戦いが終われば、操鞍を開放して外気を入れられるから、それまでのしんぼうだ」
「うう……」
マキナは恨めしそうにクラウスを見上げ、巫女服の襟元をゆるめる。
残る装甲百足は5体。
2回の戦闘で5体とも危なげなく片付けたが、操鞍の温度はさらに上がった。
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狭い操鞍では、視界も狭い──助手席からは、そのとおり。
クラウスの足元に座るマキナの目に見えるのは、画像投影板の下半分と、クラウスの足だ。顔を仰向かせれば、クラウスの腕や胸や顎は見えるが、クラウスの側が顔を俯かせなければ、表情までは見えない。
逆にクラウスからは何が見えるのだろうか。
助手席は、狭い空間に無理に押し込んでいるので、背もたれの傾斜がきつい。下を向けばマキナの胸からお腹のあたりまでが見える。
下を向けば。
操縦しているクラウスに、下を向く理由はない。なので、向かない。向かないが、向いてもかまわない。そのはずだった。
これまでも、マキナを助手席に座らせたことは何度もある。その間、ずっとマキナは子供だった。
今でもマキナは子供だ。だが、クラウスが望むほどには、もうマキナは子供ではなかった。数年ぶりに再会したマキナの体の輪郭は、巫女服の上からでもわかるほど柔らかな曲線を描いていた。
その上、破砕槍を使用して温度が上昇したことで、マキナの巫女服は汗と湿気で肌にはりつき、大変なことになっている。
下を向いてないのでよくわからないのだが。
B種の中でも大物である大甲虫との戦いに集中しているから、どうでもいいといえば、どうでもよいことではあるのだが。
「おじさま! もう一体の大甲虫が後方から回り込もうとしています! 接敵まで推定……320秒!」
マキナも、天環との精神接合に集中しており、自分が淑女として、かなりはしたない状態になっていることに気づいていない。天環は衛星軌道からの視点を星巫女に与えるが、操鞍の中にいる自分の姿までは見せてくれない。
「5分あまりか。ならばそれまでに終わらせてくれる!」
「でもおじさま。破砕槍の稼働時間は、もう残っていません」
「案ずるな。切り札はまだある」
クラウスは足でレバーとペダルを操作して大甲虫との戦いを続けつつ、手袋をはずした。
続いて、操縦服の上着を脱ぎ捨て、鍛えた筋肉や、密生した胸毛や腕毛をあらわにする。
「ふひっ」足元から妙な音が聞こえたが、気にしないことにした。
「マキナのように精神接合はできぬが、愛機とおれは七代にわたっての仲だ。おれがおまえを知るよりも、おまえの方がおれを知り尽くしている。そうだろう?」
クラウスの肌が熱を持ち、毛がチリチリする。
操鞍にあるレバーやペダルは、技術が退行したあとに追加された補助具。本来は、星巫女が天環とつながるように、操縦者は手足や言葉を使わずに雷機を動かせるのだ。
人間の側にそのための“機能”が失われた今も、短い時間であれば操縦者の意志を皮膚と筋肉から直接読み取って、人馬機を動かすことができる。短い時間、というのはこれが人間と人馬機の双方に強い負担となるからだ。人馬機の反応は悪くなるし、クラウスの肌は強い日焼けをしたように赤くなり、皮がむける。
その代わり、皮膚・筋肉接合している間は、人馬機の動きの速度と精度は通常状態とは比較にならない。これには、人馬機の側からクラウスへのフィードバック効果もある。死角が消えるのだ。馬体の下の動きや、背後の様子も、皮膚感覚でわかる。
「皮膚・筋肉接合完了──やるぞ、相棒」
馬体側の前足の連打を受けてのけぞった大甲虫の腹に、槍が突き立つ。槍は破砕モードではないが、関節の弱い部分を的確にえぐる。緑色の汁が噴き出る。苦しみ悶える大甲虫を槍で空中に放り投げる。槍を手放した人馬機がクルリと後ろを向き、馬体側の後ろ足で着地寸前の大甲虫を蹴り飛ばす。
地面を転がる大甲虫の首に、抜いた鉈を叩きつける。刃がめり込んだところで、今度は鉈を手放し、後ろを向いて鉈の背を蹴る。大甲虫の首が落ちる。
そのすべてを、クラウスは目を閉じたまま行う。
腕も、勢いを示すために操縦桿を握ることがあるくらいで、基本は使わない。
皮膚・筋肉接合している間は、目は邪魔になる。皮膚感覚が視覚よりも鋭敏なためだ。
「じゅる……おじさま……すごいです……」
目を閉じたままのクラウスの耳に、マキナの賞賛の声が聞こえる。何かをすするような音も聞こえたが、気にしないことにした。
「おじさま! もう一体が来ました……あっ、逃げるっ!」
B種には知性はない。大甲虫の本能が察したのだ。目の前にいる人馬機と、128光年の彼方から飛来した異邦人の子孫の組合せが、この星のいかなる現住生物よりも格上の存在であると。
「逃しはせん!」
大甲虫の腹から引き抜いた槍を空中に投げ、馬体の後ろ足で槍の石突を蹴り飛ばす。
火箭のような加速で高々と舞い上がった槍が、放物線を描き落下する。
重力により加速した槍の穂先が、逃げる大甲虫の甲羅の継ぎ目を割り、背中から腹までを貫通して地面へと縫い付けた。
「終わりだ」
地面に線を描きながら逃げる大甲虫が最後に見たのは、空に白い線を描く天環を背景に、高々と上げられた人馬機の前足だった。
「ふう……」
「……」
「マキナ。天環に、他にB種がいないか確認してくれ……マキナ?」
「……ふぇええ」
マキナは目を回していた。
蹴り技で槍を投擲し、続いて落下地点めがけて高速で駆けつけて頭を潰した時の、手加減なしの加速と停止の繰り返しが、マキナを振り回して気絶させたのだ。
「すまん、マキナ!」
クラウスは慌てて人馬機との皮膚・筋肉接合を解除した。
思い起こせば、過去の皮膚・筋肉接合時に同乗していたのは屈強な男たちばかりだ。女子供を乗せていたことはなかった。
近くにある泉まで人馬機を駆けさせ、待機していた部下に相談する。
「アホですか、親分」
「子供連れて皮膚・筋肉接合とか、常識知らずにもほどがあります」
「は? 星巫女さまの湯浴みを手伝え? 拒否します! 天環に呪われたくないんで」
「着替えは用意しましたんで、ご自分でやっちゃってください。将来の奥方さまに恨まれたくないんで」
戦いでは頼りになる部下に逃げられ、クラウスは一人でマキナを介抱するはめになった。
操鞍を開放し、空気を入れる。冷たい外気が汗に濡れた肌を冷やす。
「……ん」
「気がついたか、マキナ」
「おじさま……戦いは……ああ、終わってますね。天環との接合を解除します」
マキナは、髪留めを左から右に戻した。
右目で、クラウスを見上げる。
「ふふ。おじさま、変な顔」
「そうか?」
「はい。そんなに顔をそむけていったい……」
ここでマキナは自分の巫女服が、汗と戦闘とでひどく乱れていることに気づいた。
はっ、と襟元を抑えてから、クラウスを見る。
「おじさま」
ひどく優しい声だった。
「……何かな、マキナ」
「顔をそむけなくてもかまいませんよ? わたしに、おじさまに見られて困るものは、何もありませんから」
「むむ……だがな……」
「おじさまも困りませんよね? おじさま、わたしのこと、子供だ子供だと、いつもおっしゃってますもの。子供の体を見て困ることなんか、何もありませんよね」
「ぬぬ……それは……」
マキナは下から手を伸ばして、クラウスの伸びた顎髭を指でくすぐる。
「おじさま。ありがとうございます。オーベン領に侵入した敵対B種を単独で討伐したことで、我がアルス家は統治者としての面目を保つことができました」
「そうだな」
「父からわたしへの領主継承、これでどこからの異論もなく、恙無くすませることができます。おじさまには、感謝しかありません」
「礼を言われるほどのことではない。そなたの父上との約定だ。自分に何かあった時には、領地と一族を頼む、と」
「はい。おじさまにここまでしていただいたのですから、父との友誼をたてにしてこれ以上を望むのは間違いだと思います。わたくし、母のようにおじさまにご無理は申しません。母が持ち出した結婚の話はなかったことにしていただいてかまいません」
「んんっ?」
「もちろん、わたしが女領主となったあとは、結婚し、夫と子をなさねばなりません。ですがわたしには領地があります。母の実家のクリタ家で、部屋住みに甘んじている、雷機持ちの次男坊、三男坊からよい人を見つければすむことですし……」
「ま、待て。そういうことは人生の大事。早まるものではない」
「婚姻問題は放置しておけば、それこそ我こそはと売り込みにくる者たちで騒動の元となります。求婚者同士が雷機を持ち出しての諍いとなりましたら、雷機を持たぬ母とわたしにはどうしようもありません」
「ぐぐっ」
「でも、これはわたしの考えすぎかもしれませんね。わたしはまだ子供なのですから、領地があっても求婚者が列をなすようなことは起きないのでしょう」
「ぐぐぐぐ」
「おじさま。わたしを見て」
マキナはクラウスの顎髭をつまんで、力をこめて引っ張った。
クラウスはマキナを見た。マキナは額をだし、両目でクラウスを見上げていた。
「おじさまの言うように、わたしはまだ子供です。ですが、子供だからといって無垢でも清らかでもありません。汚い欲もあれば、何かを手に入れるための駆け引きもします」
「それはわかる。だがな、マキナ……」
「おじさまは、どうなのです?」
「おれ?」
「おじさまは、親友であった父との友誼で、その妻と娘を助けるために、人馬機でここまで駆けに駆けてこられました。これは誰もが讃える、雷機士の誉です。では、おじさまご自身の欲はどこにあるのでしょう」
「……」
「こたびの敵対B種との戦い。おじさまはとても楽しそうでした。手立てを考え、部下に差配し、持てる技量と経験の限りを尽くして戦うおじさまは、わたしが見たことがないほど、生き生きしておられました。わたしは確信しました。間違いなく、おじさまにも欲はある。その欲は、わたしの望むものとは違うかもしれませんが……」
マキナは、自分の唇を、ぺろと舌先でなめて湿らせた。
「わたしの欲と、おじさまの欲。ふたりの欲を合わせれば、より多くの欲を生み出し、かなえることができる。わたしはそう思うのです。だからわたしと手を組みましょう、おじさま」
クラウスは、大きくため息をつき、両手をあげて降参の姿勢をみせた。
マキナは、薄く微笑むと、両手をあげてクラウスの頬をはさむ。
「契約を……おじさま……」
クラウスの顔が、逆さまになってマキナの顔に近づいてくる。
開いた操鞍から、冷たい外気が吹き込んできた。
「くちゅん!」
クラウスの唇が触れる直前、マキナがくしゃみをした。




