表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラストバトル! ~エンドコンテンツに挑む猛者たちの軌跡~

作者: 日向トシキ

 暗雲立ち込める薄暗闇の空の下。5人のプレイヤーたちの最後の戦いが今始まろうとしていた。

 大人気VRMMORPG“アルと楓の木”。

 21世紀初頭に最盛を誇り、多くの青春が費やされたであろう某2D横スクロールMMORPGの世界観を引き継いだ作品である。

 リア友同士で始め、最後の一人のレベルがカンストした今、彼らは当初のラストゴールであるエンドコンテンツのボスの討伐に乗り出したのだ。

 パーティー構成は、パラディン・シーフ・アーチャー・拳闘士・アークプリースト。遠中近距離を網羅しておりバランスは良いと言える。

 ただ、この編成は職業系統をかぶせないという彼らの最初のルールによるものなのだが……。まぁ、そこはどうでもいいだろう。


「準備はいいか、お前ら?」


 時を見定めたかのように、リーダーのシーフ“ヴェルシュ”はパーティーメンバーに問うた。

 ダークな背景とその口調とは対称的な明るくおちゃめなアバターで着飾った彼の姿に、メンバーたちは思わずふふっと笑いをこぼした。


「おう!」


 勇ましく、パラディン“レイド”が。


「ああ!」


 流れるように、アーチャー“ウェルネ”が。


「いつでもいけるわ!」


 自信満々に、拳闘士“ミリア”が。


「あ、ちょっと待って。やっぱりもう一度バフかけなおしとく」


 そして、用心深く、アークプリースト“ロンド”が待ったを掛けた。

 これには思わず、さっきまで戦意を高めていたメンバーたちもズッコケるというものだ。


「ちょっ、台無しぃ!?」

「へっ……? あっ、ごめんなさぁぁああい!」


 一瞬なんのことだか気づかなかった様子だが、自分のしでかしたミスに気づくと顔をゆでだこのように真っ赤に染めてしまった。

 慎重で有能だが、いささか慎重すぎてたまに空気を読んでくれないところが玉に瑕。

 そうだった。ロンドはこういうやつだったなと他のメンバーは思い出す。

 しかし、彼女が巻き起こしたそんなゆるふわな雰囲気こそこのメンバーの最も安心し、安らいでいられるものなのだ。

 みんなが笑顔でいられる空間を自然と作ることができる。それこそがロンドの強みなのだろう。

 実際、今のみんなは笑顔だ。

 ゲームといえど生まれる緊張をほぐすには良かったのかなとヴェルシュは思い直した。


「ごめん! 準備完了だよ!」


 まだ羞恥の熱が残ったまま、ロンドはヴェルシュに伝えた。


「ならばよし! 気を取り直してもう一度いくぞ!」


 と、ヴェルシュは自信満々に言い放ち、


「準備はいいか、お前ら?」


「おう!」と、レイド。


「ああ!」と、ウェルネ。


「もちろん!」と、ミリア。


「うん!」と、ロンド。


 一連の流れで熱が込み上げてくるのを感じながらヴェルシュはメンバーを背にして歩くと、石造りのマップの中央にある半径5メートルほどの文様の中心の上で立ち止まった。

 ウインドウを操作し、アイテムストレージから様々に色を変えて輝く宝玉を取り出す。


「よし、全員配置についてくれ」

『了解!』


 ヴェルシュの呼びかけに応じて事前に練った作戦通りに各々が散開する。

 文様の縁から少し離れてミリア(拳闘士)とレイド(パラディン)が並び立ち、その後方20メートル地点にウェルネ(アーチャー)とロンド(アークプリースト)が着くという直線状の配置だ。


「今度こそ準備はいいな? 行くぞ、みんな!」

『おう!』


 獰猛、だが楽しげな笑みを浮かべながら、ヴェルシュは文様の中心のくぼみに宝玉を差し込んだ。同時にヴェルシュは宝玉を挟んでミリアたちの反対側の縁付近へと移動する。

 色を失った宝玉が砕けたのはその直後だった。宝玉の輝きを吸収し活性化した文様は闇色の光線を放出し、巨大なシルエットを紡いでいく。

 やがて完成したそれは、光すら逃げ出した漆黒のローブだった。

 フードの奥からは覗くのは獄炎のごとき赫々たる鋭い双眸。フェイスが覗くことは決してない。裾から突き出た腕は血に染まったようにどす黒く、鎖が巻き付いている。

 その姿は亡霊のようで全体的に不気味だが、ローブを縁取る美しい金色の刺繍が怪物をただ不気味なだけに留めていない。

 これぞ魅力的なボスキャラというものだろう。


『貴様らを倒し、闇満ちる世界の足掛かりとせん!』


 重低音のボイスの終わりとともに体力ゲージが表示され、満たされていく。

 ヴェルシュたちは武器を握りしめる手に力を込め……ついにその時は来た。

 体力ゲージの活性化とともにヴェルシュたちは動き出す。


「“ダブルシャドー”! “シャドーネイプ”!」


 まず先陣を切ったのはヴェルシュだった。

 自分に追随する影の分身を召喚する“ダブルシャドー”と防御力無視の7連撃スキル“シャドーネイプ”。

 分身体を含めた怒涛の14連撃がボスの体力ゲージを確実に削る。


「コンボ2号! 掌底締め!」


 ヴェルシュに続いてミリアの連続打撃技が炸裂する。拳闘士の攻撃のほとんどにはノックバック値と呼ばれるステータスが付加されており、蓄積することで敵を一定時間行動不能にできる。

 このコンボは多数のスキルがある中で彼女の苦悩の末に生み出された技なのだ。ちなみに、現在は12号まで存在するらしい。


「はぁッ!」


 ミリアに負けじと聖騎士の装備に身を包んだパラディン――レイドは大剣の剣戟を叩き込む。

 そして、その頭上を通り抜けるのは魔力を帯びた矢と神聖な光の猛威。ウェルネとロンドの遠距離攻撃だ。

 それぞれのファーストアタックは敵の攻撃開始前に見事に入りきった。


「よし! レイドは後衛二人の援護、ウェルネはギミック破壊だ。頼んだ!」

「おう!」

「了解!」


 返事が上がり、レイドが下がると同時に敵の腕に巻き付いていた鎖が放たれた。鎖の先が分裂し、5人を襲う。

 ヴェルシュとミリアの前衛二人はともに高機動により鎖を難なくかわしながら本体へと攻撃を継続する。

 徹底したクールタイムの計算により無駄なくシャドーネイプで敵の体力を削っていくヴェルシュ。彼に火力は劣るが独自コンボでしっかり本体にノックバック値を蓄積させていくミリア。

 前衛の安心感は抜群だ。

 一方のレイド。


「“オルトガード”!」


 スキル発動とともにレイドが黄金のオーラを身に纏った。自分の周囲一定範囲内のパーティーメンバーのダメージを肩代わりする、騎士の所以たるスキルだ。


「しのいでくれよ!」

「ありがとう、レイド!」

「おうよ! 任せとけ!」


 接近戦が不向きなウェルネ、ロンドに襲い掛かる鎖攻撃を引き受け、避けることなく見事な手さばきで迎撃していく。

 パーティーメンバーの守護。これがパラディンであるレイドの役割だ。

 支援職にとって致命的な攻撃を肩代わりしてもらっている間に二人は自分の役目を果たそうと動き出す。


「“サモン・バハムート”!」

 ロンドは神々しさと威圧感を併せ持つ神聖なドラゴンを。

「“サモン・フェニックス“!」

 ウェルネは華麗で洗練された不死鳥を。


 強大な咆哮とともに現れた従魔たちは二人の指示でレイドの支援についた。

 あとは前衛二人がボスの体力を一定値まで削ってくれるまで持ちこたえるだけだ。


「じゃあ、こっちも仕事を始めますか」


 ロンドがパーティーの回復支援を始めたのを確認したウェルネは、赤黒い円形が無数に発生した薄暗い空を仰ぎ見た。

 徐々に迫ってくるその円にウェルネは照準を定め、弓を引き絞る。

 空の制圧。それがウェルネに任された役割だ。

 パーティーメンバー数が多いほどステージギミックの墜落する隕石が増してゆくこのステージでは、大人数で挑む場合は迎撃役が必要となる。

 ソロでこそあまり問題にならないが、隕石墜落で割合ダメージ、プレイヤーへの衝突で即死のためこのパーティーでは迎撃は必須なのだ。

 トップクラスの射程を持つアーチャーは必然的にこの役割を担うこととなる。


「“バーストシュート”!」


 つがえた矢に炎の魔力を宿し、放った。

 それは接近してくる隕石の中心に寸分違わず突き刺さる。数瞬の後、矢が纏っていた炎の魔力が解放され、猛烈な爆風を伴って隕石を飲み込んだ。


「うっし! 行けるな!」


 爆散する隕石を確認したウェルネは初撃で隕石の消滅を成功させたことに小さくガッツボーズすると、次なる標的へと向けて弓を引き絞った。。


 それぞれがうまく立ち回りながら進んだボス戦は早くも第二段階へと到達する。

 ボスの体力が1割ほど削れたところで鎖に体力ゲージが現れ、本体による魔法攻撃が開始される。


「一気に決めるぞ! レイドは本体攻撃に、ロンドはミリアの魔法防御を頼む! ウェルネ、ロンドは上手く魔法攻撃かわせよ!」

『分かった!』


 ヴェルシュは的確に指示を飛ばし、 指示を受けたメンバーたちはすぐに行動に移す。


「ミリアは鎖の対処だ。後衛に手出しさせず、かつ迅速にだ。できるな?」

「ええ、私の乱舞を見せてやるわよ! 行くわ、“バーサーク”!」


 頷いたミリアは敵から少し距離を取り、スキルを発動する。可視化した炎のような闘志がミリアを包む。

 “バーサーク”。毎秒体力を消費し、回復不可能となる代わりにダメージを底上げする。また、ダメージ負う毎に追加でダメージが上昇し、さらに30秒間耐えきるとそれまでの蓄積ダメージ上昇量をパーティーメンバーに与えるという、まさに背水の陣というべきスキルだ。

 第一段階よりダメージが増加し、120秒で復活してしまう厄介な鎖。

 また、レイドの後衛護衛用スキル“オルトガード”のクールタイム中であること、そして第三段階に万全の態勢で臨むためにここを早急に切り抜けたいところである。

 つまり、約2分以内に本体の体力を削り切る必要があった。

 それを可能としてくれるのが拳闘士のスキルだ。


「逃がさない!」


 ミリアは後衛へ到達しようとしていた鎖を強引に掴み、自分の下へと引き寄せた。

 接触ダメージを受けるがお構いなし。逆に与ダメージが上がって都合が良いくらいだ。

 増していくオーラで本人の闘志までもが昂っていく。


「私と素敵なダンスを踊りましょう!」


 一人相手ならやれると考えたのか、5本の鎖はミリアへと襲い掛かる。

 だが、全方位から襲い来る鎖に対してミリアは笑っていた。被ダメージとともに増していくオーラで闘志までもが昂っていたのだ。

 確実に鎖の体力を削り、決して小さくないダメージを受けながら10秒、20秒と時間は過ぎていく。そして、鎖は一本ずつ数を減らす。

 その戦いの様はまさに鎖と踊っているようだった。

 体力はギリギリだ。30秒の発動時間で60%の体力を消費するため、40%の体力で戦っているも同然なのだから。

 そんな状況にありながらも、ミリアは鎖との舞踊をやりきってみせた。残り体力は5%にも満たない。同時に見事ギリギリまでダメージを高めることにも成功していた。

 スキル効果でダメージ270%増加バフが付与されている。このチャンスを逃すわけにはいかない。ミリアは本体へと向けて方向転換する。

 ミリアが心地よい光に身を包まれたのはその直後だった。アークプリーストの回復魔法“ヒール”だ。


「さすがロンド! ありがとう!」


 ミリアは後衛の頼れるヒーラーにサムズアップを送ると、本体へと走った。


 ミリアがギリギリまで貯めた“バーサーク”の効果は絶大だった。

 第一段階など比ではない速度で敵の体力が削れていき、残り7割まで迫ろうとしていた。


「そろそろ来るか……?」


 魔法攻撃をかわしつつ本体への攻撃を続けていたヴェルシュたちは警戒態勢に入る。

 ボスが守りのモーションをとったのはその直後だった。


「攻撃やめ!」


 ヴェルシュの指示で本体への攻撃が一時やみ、フィールドに一瞬の静寂が訪れる。

 一方、守りのモーションを終えたボスのバフには新たに尖った盾のマークが追加された。

 “攻撃反射”だ。

 ダメージが1しか入らず、攻撃するとこちらが大ダメージを負ってしまう状態だ。特にこのような上位ボスだと反射ダメージは即死である。

 持続時間は30秒。

 通常なら待つところだが、このパーティーには反射を潰す手がある。それになにより、“バーサーク”の効果時間が惜しい。


「ウェルネ、頼む!」

「あいよ! “ディテクト”!」


 ウェルネのスキル発動と同時にパーティーメンバーにバフが付与される。

 アーチャー系列のみが持つ反射への対抗策“ディテクト”。ダメージが落ちる代わりに反射を無視するスキルである。


「よし、攻撃再開だ!」


 “バーサーク”のダメージ強化を有効に使い、ヴェルシュたちはボスの体力を削っていく。


 第三段階に備えてレイド、ミリアのスキルのクールタイムを調整しながらボスの体力を削っていき、鎖が復活する前に残り5割へと到達した。

 ボスのアクションが起こる。

 ボスが両手を広げると、隕石で赤黒かった空が薄暗闇に戻り雷雲が巻き起こる。そして陸、空にそれぞれ転移門が現れ、大量のモンスターが進行してきた。

 空は小型の竜種――ワイバーン、陸は石造りの兵――ゴーレムだ。

 さらに鎖が体力と攻撃力を増して復活し、ヴェルシュたちに襲い掛かろうとしている。

 このボスにおける難関のステージを前に、ヴェルシュは即座に指示を飛ばす。


「ミリアは鎖を排除して俺と本体、他三人はモンスターの排除だ! 一匹も通すなよ!」

『了解!』


 威勢のいい返事とともにメンバーたちは所定の位置に移動した。

 この第三段階ではモンスター討滅の三人が要となる。

 召喚モンスターが本体に到達すると、本体はそいつを食べて回復し、さらに単体の必中即死攻撃をお見舞いしてくるのだ。

 第四形態までの2割を削る、邪魔な鎖の排除、そして即死攻撃と敵回復の回避。これらの要素をクリアするため、ヴェルシュたちは仲間の力を信じて自分の役目を果たそうと行動する。


 モンスター殲滅のために本体を挟んで反対側へと移動した3人は、一体たりとも通してはならないという緊張感の中でもその実力を如実に示していた。


「くらえっ! “シャイニングレイン”! “フォールン・エンジェル”!」


 回復だけがすべてではない! そういわんばかりにロンドは懐で温めていた全体攻撃スキル2つをぶっ放す。

 天から差し込む光の柱が多数のワイバーンとゴーレムを貫き、天界から召喚された天使の軍勢が陸・空を蹂躙していく。

 支援職だと思われがちなアークプリーストだが、以外にもこのような殲滅戦では戦えるのだ。


「ヒュゥー! やっぱすげえな、アークプリーストのスキルは!」

「アーチャーの立場が危ぶまれるんだが……」


 レイドは技のかっこよさにとド派手さに魅入られ、ウェルネは自身の立場に自信を無くしかけている。


「っと、そんなこと言ってる間に――“ウインドシュート“! ”アローレイン”!」


 竜巻を宿した矢で敵を引き寄せながらダメージを与え、空から降り注ぐ矢と従魔フェニックスでそれらを撃滅していくウェルネ。


「こっちも負けてられねぇな! “インライドラッシュ”! “ディバインスラッシュ”!」


 剣技と盾技の組み合わせ技でゴーレムを押しやりながら討滅し、聖属性の斬撃で多数のゴーレムに手傷を負わせるレイド。

 ロンドの活躍に感心したり若干嫉妬しつつも、2人は一匹たりとも逃がさない。

 むしろロンドが回復支援にも手を回せるようにモンスターのヘイト管理をするなど上手く立ち回っていた。

 そしてロンドが回復と魔法防御の支援を行っていたミリアは、既に鎖を破壊し終えてヴェルシュとともに本体への攻撃を開始している

 それを確認したレイドはふと、“バーサーク”によるダメージ上昇効果が第二段階ほどではなくなっていることに気付く。

 それは、常にギリギリを狙ってダメージ強化をしているミリアがそこまでしか妥協できなかったということを如実に示していた。

 レイドはパラディンという役職ながら、そんな強敵を本来自分のすべき分まで仲間に背負わせてしまったことに何となくもどかしさを感じるのだった。


 レイドが何となくもどかしさを感じている間にも前衛二人が“バーサーク”の恩恵を真に発揮してガリガリと本体の体力を削っていく。

 ――やがてボスの体力が残り3割を切ったとき、ついに第三段階の終わりのホイッスルが鳴った。

 パーティーメンバー、特にミリアを楽しませ……いや、苦しませた鎖が割れ、段階ごとに傷ついていったローブがついに破れたのだ。


『我は……敗れぬ。決して光満ちることのない世界を創造し、超越の存在へと至るのだ……!』


 戦闘開始前に流れて以降聞くことのなかったボイスが流れ、ボスがついにその正体を顕わにしようとしていた。

 ローブが燃え落ち、中から出でるのは闇のエネルギーによって構成された巨大な人型シルエット。まさに闇の化身だ。

 ボスの変化は正体を現すだけに留まらない。なんと、その両手に二振りの剣を召喚したのだ。

 ローブを身に纏い、執拗な魔法攻撃をお見舞いしてきたにも拘らず最終形態が二刀流の剣士。遠距離職も近距離職もみんなが楽しめる、まさに親切設計のボスである。


「ここからは肉弾戦だ! ウェルネはギミック破壊、ロンドは後方支援に徹してくれ!」

「おう! 一発も落とさせない!」

「回復は任せて! 絶対に死なせない!」


 そう言って二人は前線から距離をとり、残る前衛職三人は武器を握る手に力を込めた。

 ある意味、この最終段階こそがそれぞれの役職の個性が最も発揮されると言っていい段階だ。

 それまでの、遠距離攻撃をかわしながらひたすら本体の体力を削るという作業の一~三段階から、敵の剣戟を受け流し、受け止め、あるいははじき返し隙を作ってダメージを与えるというアクション重視になった最終段階への変化。

 動き方は大きく変わるがやることは変わらない。目の前の敵を撃破するだけだ。

 友人たちと定めた目標のクリアが目前に迫っている。ヴェルシュたちはいっそう気を引き締め、燃える闘志にガソリンを注いだ。


「もうすぐゴールだ。勝つぞ、みんな!」

『おう!』


 最後の戦いの、最後の戦闘が幕を開ける。


「“サンクチュアリ”!」


 開幕早々に後方からスキル詠唱が響き渡った。半径4メートルほどの魔法陣がヴェルシュたちの立つ地面に展開される。

 常時割合回復とダメージ軽減効果を持つ神聖な領域を生成する、アークプリーストの支援スキルだ。

 これである程度のダメージを覚悟して突っ込むことが可能となった。さすがはこのゲーム随一の支援能力を持つ職業だ。

 聖域の展開とボスが動き出すのは同時だった。これまでの形態からは考えられない速さで前衛のヴェルシュへと迫る。

 そして、それと連動するように第三段階では止まっていた隕石が再び活性化する。


「速い! だけど……!」


 自身とほぼ同じ大きさの大剣が恐ろしいスピードで振り下ろされる。しかし、ヴェルシュは臆することなく自身の得物である短剣を振り抜いた。

 剣と剣がぶつかり合い、激しい火花が飛ぶ。衝撃によるダメージを受けながらも、吹き飛ばされることなくヴェルシュは敵の剣を抑え込む。

 だが敵の攻撃は止まない。もう片方の斬撃がヴェルシュを切り刻もうと飛来する。


「ここは俺が!」


 前に出たのはレイドだった。

 仲間にダメージを与えんとする攻撃を止めるべく、彼もまた自らの獲物を振り抜く。

 戦士職のステータスである高い筋力値を生かした対抗斬撃。この一撃はボスの斬撃をも跳ね返し、見事に相殺して見せた。

 これぞ聖騎士を名乗るにふさわしい活躍だ。


「今だ、二人とも!」


 相殺によるノックバックと硬直を受けながらレイドは叫ぶ。

 仲間が作ってくれた好機。これを逃すことはできない。

 ヴェルシュとミリアは反動でのけぞっている敵に攻撃スキルを叩き込むべく武器を構えた。


「“アサルト”! からの“シャドーネイプ“!」


 敵の背後に回り込み、確定クリティカルダメージを与える“アサルト”からの防御力無視連撃の“シャドーネイプ”のコンボ。

 分身体によりトップクラスの連撃力となったヴェルシュの攻撃が敵を急襲する。


「コンボ6号!」


 素早さよりも破壊力を重視したコンボを選択し、ミリアは相手に隙を与えまいとする。

 そしてミリアの離脱とともに、闇属性のボスの弱点である聖なる光が飛来し、敵にダメージを刻んでいく。


「“エクスプローシブ・コイン“!」


 ついでに置き土産とばかりにヴェルシュが中距離スキルで追撃する。所持金を投げて爆発させる攻撃スキルによって微々たるダメージだが、火傷による追加ダメージを与える。

 初撃は無事終了。敵の斬撃によるダメージは“サンクチュアリ“によって回復済みだ。

 ヴェルシュたちの回復と同時、敵も怯み状態を終えて次の攻撃に打って出ていた。地面をめり込ませるほどの蹴りにより加速した刺突が繰り出される。狙いは後衛のロンドだ。


「そうはさせねぇ!」


 叫び、レイドが前へ出る。

 ロンドと敵を結ぶ直線上に乗って盾を真正面に構えて敵の刺突を迎え撃ち――防御姿勢をとったすぐ後に刺突は到達した。

 絶大な運動エネルギーの乗った刺突が大盾の中心を穿ち、地面に傷跡を残しながらレイドを押し出していく。

 現実であれば足の裏が丸焦げになっていただろう攻撃を受け止め続けている彼のもとに颯爽と走り寄る影が一つ。ミリアだ。


「“サマーソルトキック”!」


 地面に対して平行に位置している二振りの剣に対し、宙返りしながら放つ蹴り技を放った。高いKB値を有し直行するベクトルを持つ下からの蹴り技が、レイドを押し出そうと突き進む剣を見事に捉える。

 相対速度などお構いなしとでも言うように、逆に二振りの剣が宙へと押し出された。


「ナイスだミリア!」

「当然っ!」


 刺突の衝撃でサンクチュアリから外れ、じりじりとダメージを削られていたレイドの叫びにミリアは笑顔で返す。

 ミリアが動き出した後に同じく動き出していたヴェルシュはこの機を逃すまいと攻撃を仕掛けた。


「どんどん削るぞ!」


 防御で硬直していたレイドを除いたパーティーメンバーが敵の怯みに追撃し、目に見えて体力を削っていく。

 敵はヴェルシュたちの攻撃から抜け出すべく一時後退。体制を立て直した。遠距離から魔法攻撃を放ってくる。

 機動力が高いヴェルシュ・ミリアは上手く躱す一方、機動力の低いレイド・ウェルネ・ロンドはいくらか食らってしまう。しかし、ロンドの回復支援で間に合うダメージ量だ。気にするほどではなかった。


 その後、魔法による中距離戦と斬撃による接近戦を何ステップか繰り返して残り体力が1割に迫った時、ステージは突如として推移した。

 ボスが高々と跳躍を行ったのだ。その先にあるのは降り注ごうとする隕石群。降り注ごうとする一つに接近し――勢いよくその足を振り抜いた。

 蹴りで加速された赤黒い隕石が魔法攻撃など比較にならないスピードでヴェルシュたちへと迫る。“即死“という恐るべき呪いを乗せて。


「ついにあのセリフを言う時が来たか――狙い撃つぜ!」


 脅威的な即死攻撃が迫っていながらも、ウェルネはノリノリで某ロボットアニメの決めゼリフを口にしていた。

 第三段階のロンドの活躍で何となく遠距離職としての立ち位置に自信を無くしかけていたウェルネなのだ。こんなに大活躍できる場面ではノリノリになって当然だろう。

 パーティー内で唯一飛行オブジェクト破壊能力を備えたウェルネの“バーストシュート”が、彼の高い技能に導かれて確実に隕石を撃ち抜く。


「グゥレイトォ!」


 言いながらサムズアップをしてみせるウェルネ。それら遠距離武装を使うキャラの名ゼリフはまさに今のウェルネの立ち位置にピッタリだ。


「すっごく生き生きしてるわね!」

「ああ、楽しそうでなによりだ」


 ヴェルシュたちもその様子に笑わずにいられない。ウェルネの楽しそうにゲームをプレイするさまは彼らに思わぬ活力を与えるというものだろう。


「こっちも最後まで楽しむぞ!」


 ノリノリで隕石を次々に迎撃していくウェルネを尻目にヴェルシュは次なる攻撃に備えて武器を構え直した。

 と、その攻撃は突然にやってくる。


「外さねぇ!」


 ウェルネの攻撃スキルがクリティカルヒットし、ハイスピードで迫っていた巨大な隕石が砕け散る。

 だが、破砕された隕石の残骸から現れる禍々しい漆黒の影。蹴り飛ばした隕石を盾にして急降下してきたのだ。


「決めるぞ、ミリアッ!」

「ええ、わかってる! “バーサーク“!」


 死ぬことすら厭わない背水の陣とも言えるダメージ強化スキル。ミスは死を意味する。だが、ミリアは恐れなかった。

 急降下していた敵が上空40メートルほどに達したとき、その行動は回転斬撃へと変わった。

 35……30……25……20……と距離を縮めていき――


「今だ!」


 10メートルを切ったとき、ヴェルシュの叫びが合図だった。二人は前回転で急降下してくる敵へ向かって跳躍し、武器を突き出した。

 ミリアが左の大剣を、ヴェルシュが右の大剣をそれぞれほとんど誤差なく同時に迎え撃ち回転を止める。金属同士の擦れる激しい音がエリアに響き渡る。だが、それはコンマ数秒のことだった。

 ウェルネの“バーストシュート”が敵の右足に現れたターゲットを寸分違わずに撃ち抜いたのだ。

 カウンターアタックである三点同時攻撃の成功により敵は大ダメージを負い、無残にも地面へと落下していく。

 誤差0.5秒以内の二つの大剣への同時攻撃と、それが成功してから1秒以内のランダムに現れるターゲットへの攻撃。ここに至るまでに自然と鍛えられた絶妙なコンビネーションが見事に発揮されたのだ。


「三人とも!」

「ラストアタックは任せたわ!」


 カウンターアタックの硬直で落下中のヴェルシュとミリアが叫ぶ。あとは任せたと、頼れる仲間にバトンタッチをするかの如く。


「任せとけ!」

「最後に狙い撃ってやるぜ!」

「ここで決めるよ!」


 バトンは確かに渡された。三人は最後の力を発揮するべく、武器を握る手に今まで以上に力を籠める。


「“ディスタブ”! そして、“ディバインスラッシュ”!」


 ボスの防御力向上バフを解除し、弱点である聖属性斬撃を放つレイド。


「“ストームアロー”!」


 暴風の如く矢を乱れ撃つウェルネ。その手元は早すぎて視認できない。


「“ホーリーアロー”!」


 ロンドを取り囲むように召喚された複数の神聖な矢が途切れることなく次々と敵を抉っていく。


「キュィイイン!」「グォォオゥ!」


 そして、不死鳥の炎弾と神聖竜のブレスがボスを直撃し――


『あり……えん! 我が滅びるなど……決してありえぬ! 野望を果たすまで、幾度となく闇より蘇ってみせよう……』


 ――ボスは闇の気を放出し、その姿を霧散させた。

 ヴェルシュたち、パーティーの勝利だ。


「うおおお! 勝った……勝ったぞ!」


 ヴェルシュたちは集まってハイタッチを交わし、喜びを分かち合う。

 彼らは感慨深さを感じていた。たかがゲームだと言われるかもしれないが、一緒に始め、目標を定めてから数年。ようやくこの瞬間を勝ち取ったのだから。


「みんな、本当にありがとう。こんな頼りないリーダーだったのに……」

「なに言ってるのよ。今回のボス戦で一番がんばってたの、ヴェルシュじゃない」


 「そうでしょ、みんな?」と問うたミリアにレイドたち他のメンバーは口を揃えてもちろんだ、と返す。


「私たちの誰よりも予習して戦術練って、準備に余念がなかったから」とロンドが。

「うちのパーティーにはヴェルシュほど司令塔が上手いやつはいないと思うぞ」とウェルネが。

「単体攻撃力はパーティー随一だぜ?」とレイドが。


 自分を卑下するヴェルシュの活躍を称えた。


「ほらね? みんな、ちゃんとヴェルシュの強さも、頼もしさもわかってるから」


 たとえゲーム。だが、パーティーメンバーの優しさにヴェルシュは思わず嗚咽を漏らしそうになった。


「みんな……ありがとう!」


 パーティーメンバーたちは優しい微笑みを浮かべ、その言葉にサムズアップで返した。


「ヴェルシュ、戻りましょう」

「ああ、帰ろうか。俺たちのホームへ――」


 ミリアの言葉に頷き、余韻を噛みしめながら歩き出そうとした時だった。


「こ、これはっ!?」


 なにやらウインドウを操作していたレイドが声を上げたのだ。


「どうした?」


 ヴェルシュが声をかけると、レイドはウインドウを他のメンバーにも見えるように可視化し、渡してくる。

 レイド以外の4人で覗いたそれは次のアップデートのお知らせだった。追加される要素が書かれているのだが――


「レベルキャップの解放だと!?」


 レベル上限の解放。そして、それに伴う新コンテンツの追加案内。

 ヴェルシュは笑うしかなかった。


「ははは……」


 嬉しいはずだが、さっきの感動がどっかに吹き飛んでしまいそうな悲しさが込み上げる。ヴェルシュの胸中は複雑な気分だった。

 だが、そんな気分を吹き飛ばしてくれるのはやはり彼女だった。


「まだまだ終わりそうにないね!」

「ロンド……」


 仲間との冒険をまだまだ続けられる嬉しさから来る満面の笑み。そんな彼女の前では悲しみなんてものはなぜかバカバカしく思えてしまった。

 ヴェルシュは吹っ切れ、


「よし、次のアップデートに備えるか!  帰るぞ!」

『おう!』


 彼らはすっかり黄昏に染まったエリアを後にした。

 エンドコンテンツに挑む彼らの軌跡は続く。

拙い文章ですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

PSP全盛期の頃のような友人との協力プレイをまたやりたいものですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ