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緑と断罪城


夢から覚める。


ーーーいつも通りの燦々とした白い朝日が窓から入ってくる。今日も麗しいわたくしを麗しい朝が迎えてくれる。キングサイズのベッドから一人で起き上がり、指をチョチョイと振ると執事が魔法のように表れる。


「あぁ!プライベス様!きょうもお美しゅうございます!」


現れたのは顔面が電球のように丸くなめらかなランプの頭を持った使用人、ランプ。この高貴なわたくしが自ら名付けてあげた使用人の一人。とはいうものの、スマホで見つけた簡単キャラクター命名表で選ばれただけのことだが。


良い目覚めですわ、こちよく軽やかな1日を始めましょう。それではウォーミングアップに一回ーーー


ガシャン!バリバリ!グチュリ


上半身を起こした状態で掛け布団の中に隠しておいた大きな大きな鉄斧を掛け布団ごと舞上げる。舞った布団はクラゲさながらコンマ0秒の世界を浮遊したが、中から鈍く光る斧がスルリと表れる。そのままジェットコースターのように急加速させて使用人ランプの頭部を粉々に砕き、首の骨と肉を裂いて見せた。

血飛沫を上げ、割れたガラスの頭蓋骨の破片がお椀のようにその滑る血潮を受け止めた。


「オホホホ!今日もいい日になりそうね。」


これが毎日の日課。

これをすることで朝からストレスのない良い一日を始められる。


ランプの死体から斧を引き抜くとそのまま斧を窓から投げ捨てた。パリンと音がした後、ガーンとがっかりした時のオノマトペが鐘のように鳴り響いた。魔法を使って濡れてしまった、血塗れてしまった寝巻きをエメラルドグリーンのドレスに一瞬で着替えた。

そしてもう一度魔法で執事を呼ぶ。


「あぁ!プライベス様!今日もお美しゅうございます!」


耳が取れるほど聞き飽きたセリフとともに現れたのはまたランプ。ここはわたくしの世界なのでわたくしのしたい放題。死んだ人も生き返るし、人間じゃなくても喋れるし、いっくらでも何でも作ることが出来る。

50代目くらいのランプは部屋に入るなり、前のランプの死体を片付けるべく他のランプを呼びつけ台車でランプの死体を運び出した。ランプは何人でもいる、だからいくら殺してもいい。逆に言えばこの城にはランプ以外の使用人はいないのだけれど。


「さて、今日はどこに行こうかしら。」


ランプたちが急いで片付けてる中、わたくしはゆっくり割れた窓から城下町を見下ろす。そうここはお城なのだ。


わたくし、プライベス様の城よ。


指を輪っか状にして覗くと望遠鏡の如く鮮明に遠くの景色が見れる。

はしゃぐ子供の姿、カフェでおしゃべりを楽しむ女の子たち、ブドウを持ち帰る老夫婦。

全てが美しく、全てが完璧なわたくしの町。いつ見てもいつまでも見入ってしまう光景ですわ。窓からあらかた眺め終えるとランプの仕事は終わったらしく、窓ガラスの破片も死体も血のシミもなくなっていた。 まぁそんなことはどうでもよかったが。


「決めたわ!あそこにしましょう!」


指で作った望遠鏡の中にすごい勢いで街中を走る女が一人、それを追う太った男ーーあれはきっと商人でしょうーーあの女は十中八九、盗みの犯人。



そう言った、考えたからにはそうでなくてはならない。



「嘆かわしい、実に嘆かわしいわ。わたくしの清らかな朝を汚す邪悪な罪。許されるべきじゃないわよね。」


我ながらに下手な演説に演技だと思う。が、わたくしはこの国の支配者、女王である。わたくしの言うことは正しく皆が賛同する。それを証明するように使用人たちも、ベットもはてはこの城も頷く。わたくしは全てに肯定される。だからわたくしの否定するものはこの国から消えなくてはいけない。

つまり奴らのような悪人はこのわたくしの世界から消えなくてはならない。

窓枠に足をかけ、見失わないように盗賊女のすぐそばまで一瞬で飛ぶ準備をする。足に力をこめてパチンコのように自分の体を飛ばすと、窓枠は爆破されたかのように跡形もなくなり、通り道にあった屋根はわたくしの一払いで吹き飛んだ。まるで拳銃から放たれた弾丸のような気分になり、思わず嬉しい金切り声を上げてしまう。


ズドンと音と土煙を上げて、城下町の人通りの多い道に着地する。道に一ミリもずれもなく敷かれたレンガは一口サイズに全て砕けてしまい土の地面がむき出しになってしまった。これは後で使用人にでも直させておこう。そんなことを考えていると案の定、盗賊女はわたくしの目の前に現れた。というよりかはわたくしが瞬間移動しただけなのだが。

土を払うように優雅に体を一回転させ、そのまま盗賊女に回し蹴りを食らわせてやる。


盗賊女は地面にめり込んで、某犬神の家みたいに脚だけ地面から生えている状態に追っていた商人や町の人民は驚きの表情で固まっている。数秒の間の後一人の人民が口を開いた。


「じょ、女王様だ!プライベス女王様だ!」


一瞬どよめきが起こるが、すぐに完成で溢れかえる。鐘の音が鳴り響き、空からは白い鳩達がわたくしの頭上で旋回する。

満員御礼オンセールの渦中、わたくしはさきほど盗賊女を追っていた商人に迫る。

商人は跪き、それでも足りないと思ったのか土下座までしてくれた。


「商人、面を上げよ。この女を追っていたけれどこの女は何をしたのかしら?」


商人は体を三つに折りたたみ、はち切れんばかりの脂肪を震わせながらゆっくりと真っ青になった顔を上げる。顎をガタガタと噛み合わせが悪そうに鳴らして、答え始める。


「じょ、女王様、実はこいつがうちのパンを盗み食いしやがったんです!」


「それはいけないわね。」


そうよ、盗み食いは犯罪だもの。完璧なわたくしの世界を蝕む邪魔者は処刑しないとね。

でも、それだけじゃなくてーーー


「でも、パンの一枚くらいあげるべきよ。困ってる人を助けるのは人として当たり前のことよねぇ?きっとこの盗賊女だってお腹が空いていたのよ。お金も食料もなくて死ぬくらいなら、盗みを働いてやると思うほど飢えていたのよきっと。それをあなたは追回し、挙句にはこのわたくしに、この女王に話した。絶対処刑になると思ったから。でしょ?」


わたくしの鋭い眼光を食らって、顔を伏せてしまう商人。しかしこんな美しい顔を前にして見ないとはわたくしへの当て付けと受け取られてもしかたないわよね?

そうならないようにわたくしは魔法を使って商人に顔を上げさせる。さっきまで土下座していた商人は強大な見えない力によって持ち上げられていく。その顔は青白さを通り越して青。とうとうつま先で立っていないと首がしまってしまうほどの高さにまであげられてしまう。

豚のように丸々太った商人はその豚のように鳴き声をあげ始める。


「も、申し訳ありませんでした女王様!お許しくだらいィイ!!」


「お許しくだらい?あなた、商人のくせにろれつがしどろもどろよ?そんなんじゃ商売にならないでしょう?商人なのに商売できない可哀想な人生は一生に一度しかない女王による処刑でせめて最後くらいは華やかに飾ってあげるわ。」


不意に商人の首をつかんでいた謎の力が消え、地面に顔から叩き落される商人。顔はさっきの真っ青な絶望一色に染まっていた。衛兵のブリキ人形達がへたり込む商人と地面に突き刺さっている盗賊女を拘束してわたくしお手製の処刑者待機室に連行されていく。


商人の涙交じりの絶叫が街に何度もこだましたが、街の人は一人として助けようとはしなかった。ただ顔を伏せ今度は自分が対象にならないのを願うだけ。不意にそんな臣民に怒りが湧いた。来た時と同じように地面を蹴り上げて帰る途中わたくしはさっき一部始終を見ていた臣民を全員石像に変えた。

理由?

そんな無粋なことあるわけないじゃない。

と言いたいとこだけれど、わたくし的にも無実の人間は殺したくない。

だからルールを設けた。


わたくしの作ったこの世界のルールそれは、【喧嘩全成敗】


喧嘩をふっかけたもの、喧嘩に応じたもの、喧嘩を見ていたもの全てを罰する。


加害者だけでなく被害者も罰せられることでいじめがなくなるのだ。いじめたら殺される、いじめられたら殺される、いじめに気づかないふりをしていても殺される。


唯一助かる方法は自分たちだけで解決して仲良くならねばならない。

これこそがわたくしの作り上げた完璧ないじめ対処法。


世界は平和となる。



「いじめのない平和な世界………。」


ぽつりと誰かの声が聞こえた。臣民は押し黙っているだけだろうし、第一ここは空の上だ。誰一人いるわけない。


きっと気のせいだ。そう思って聞いた言葉を雲の合間に隠しておいた。





「あぁ!プライベス様!今日もお美しゅうございます!」


城の三階にあるわたくし専用の食事部屋に外から壁を突き破って、突入するといつも通りの考えなしな言葉が飛んできた。

頭は光を発しているのに、結局はやはりただの真空とフィラメントしかないことが多いに伝わる。


「……今日で最後だったかしら?」


「いえ、明日で最後の一人となっています。」


後ろで一列に並んだランプ達が答える。

全くもってうざったらしい、腹立たしい。

思わず割ってやろうと思ったが、なぜか今はそういう気分にはなれなかった。


この特別な部屋は特別な時にしか使われない。その特別な時というのはわたくしの憎くて憎くて憎くて憎い女達がわたくしの手によって殺された時。


この世界はわたくしの能力で作られてる。以前似たような世界を作れる能力者にあったことがあったが、そいつは自分とそいつの殺したい奴しかその世界に入れなかった。


わたくしもそれは同じなようで、ここに外部から入ってこられたのは今まで九人……そして、あるいはもう一人。


ここはわたくしの復讐の世界。

憎むべきあの十人をとうとうわたくしは、わたくしは残り最後の一人にできた。そうしてわたくしは毎回一人始末できるたびにこうしてわたくしだけのパーティーを開く。

ショーケースに入ったそいつの死体と殺される瞬間の録画を何度もなんども見返す。そして最後はそいつの死体を跡形もなく焼いてしまう。骨すら残さない熱で消す。この城の真上にある太陽、わたくしの偉大さの象徴であるあの太陽に送ってやるのだ。


「うふふ、オホホホホ!」


思い出すと笑えてくる。毒殺、斬殺、絞殺、溺殺、感電殺、焼殺、凍殺、撲殺、爆殺。色々やったが、こうも全てが並ぶと圧巻の光景。ふともう一度、殺し方を指を折りながら数えるとやはり左手の小指が残ってしまう。

これはまずい。完璧で完全なこの世界に残り物や余り物はいけない。

というよりも、わたくしが気にくわない。

彼女だけはこの理由で殺してやろう。

お前の死因はわたくしが気にくわないからだ。

彼女の死に際にそう言ってやろう。


殺す動機も決まったところでステーキがでてくる。赤いソースをランプの光で煌めかせ、皿を彩るグリーンの野菜が優雅なわたくしのドレスとは程遠いものほんのりとした美しいバランスを皿の上に織り成す。

なんであれ、メインはステーキなのだけれどね。昨日殺したばかりの肉は食べがいがあるわね。


さて、誰の肉だったかしら?



女王の最後の晩餐は華やかに締まる


――――――――――――――――――――



「あら?ここはどこかしら?」


気がつくと真っ黒な闇の中にいた。わたくしのいるところにだけ途方もない上からスポットライトが当てられている。無の空間といえば想像しやすい。


「!!?」


女王の衣装じゃない!いつもの気に入ったエメラルドグリーンのドレスをわたくしは着ていなかった。それが何より一番驚き、一番腹を立たせたことだった。


「誰!?誰なのよ!このわたくしをこんなところに閉じ込めている輩は!!」


怒りで竜のように火の息を吐けるようになるくらい、わたくしは苛立っていた。そしてわたくしの苛立ちに答えるように暗闇の中のたった一つだけのスポットライトは大きく照らし出した。


「そう怒らないでよ女王様。シワが増えちゃうわよ?」


このわたくしが女王であると知りながら、軽口を叩くとはどんなやつかと後ろに振り返ると、シワシワの梅干しのような老婆が腰を曲げて立っていた。まるで梅干しのようと思ったのはその老婆は頭にボロボロの赤いフードをかぶっていたのだ。


「誰よ……貴方みたいな美しくない者、わたくしの国から出て行ってちょうだい!」


「キーッヒッヒッヒ!わたしが美しくない?醜いっていうのかい?」


老婆はその大きな緑の瞳を半月型に滲ませて、まるで待っていましたと言わんばかりに笑った。

なんなのよ、許せない!このわたくしを笑っていいやつなんて世界のどこにもいないのよ!


「ブリキ人形!ランプ!誰でもいいから、この老婆を取っ捕まえるのよ!」


暗闇に向かって命令するも、誰も現れないとは思っていたが本当に現れないとなると怖い。いつもだったらこんな老婆は簡単に斬首できるのに、それができないのがたまらなく腹立たしい。


「残念だな、女王様。ここには()()お前の味方はいないんだよ。」


不意にさっきの老婆ではない人間の声が聞こえてきた。今度は腹立たしさや怒りが込み上げず少し恐怖が湧いて出てきた。それでもわたくしは一国の主。女王様、臣民に崇められる存在としてこいつらの魔の手から逃げなくてはならない。

そう思った瞬間、声の主は現れた。上半身は白髪まみれでやはり醜い老婆、しかし下半身は茶色くくすんだ鯉のようになっている。その姿はなんともおぞましく絶対にわたくしの世界にはいない者と容易に判別できる。


「誰よ!あんた誰!?わたくしはあんたたちみたいな醜いやつは知らない!」


人魚がスポットライトの中に完全に入る前にそんな暴言を浴びせてやると、ずぶ濡れの顔がニタァっと笑みを浮かべた。


「おかしいねぇ、おかしいねぇ、わたしたちが醜いってか?」


やっぱり赤ローブの老婆と同じ反応。

こいつらは醜いことがどれほど罪なことをしないのか?それとも何か………


そんなことを思う暇もなく、どんどんと老婆たちが現れてきた。全員確認すると9人いた。さっきの赤ローブの老婆、人魚の老婆、ウサギを従えてる老婆、リンゴを持ってる老婆、ガラスの靴を履いた老婆、ボロボロの着物を着た老婆、羽衣を着た老婆、髪の長い老婆、クラゲや貝がついている老婆。


「な、なんなのよあんたたち……」


「なんなのよって、おせっかいやきに来ただけだよ。」


どういうことかわからない。

君の悪い老婆が9人も揃ってわたくしをこんな空間に閉じ込めて、それをおせっかいなんていう。まるで意味不明だわ。やっぱり、この人たちはわたくしの国の住人じゃないのね。


「そういえば、女王様あんた、わたしたちが醜いって言ったわね?」


赤ローブの老婆がその枯れ枝みたいに干からびた人差し指でわたくしの鼻をさして語りだす。

普段なら指を折ったりしているところだろうが、今はおとなしく聞いてやろうと思えた。


「わたしたちはみんなあんたの憧れだっていうのに?」


ガラスの靴を履いた老婆は言った。

わたくしがこいつらに憧れていた?こんな薄汚れて汚らしい老婆に憧れる理由もわからないし、憧れたこともない。わたくしが憧れるのは美しいお姫様だけ。


「わたしたちはお姫様さ、若干違うのもいるけどね。それでも全員あんたの憧れだったんだよ?」


は?お姫様?

老婆がふざけたことぬかすんじゃない!と顔を真っ赤にしていつもなら殴りつけていたが、ガラスの靴を履いた老婆に引っかかった。

ガラスの靴……


「だんだん気づいてきたんじゃないかい?」


もしかして、あれはシンデレラのつもりなのだろうか?


「つもりじゃなくて、あんたの中のシンデレラさ。あんたが大好きだったシンデレラさ。」


…………意味がわからない。やはり相手取るだけ無駄だろうか?帰る方法を早く考えなくては。


「私が赤ずきん、こっちが人魚姫であっちが不思議の国のアリスその隣がシンデレラ、それから彼女がかぐや姫と後ろが織姫、であっちがラプンツェル、最後に乙姫。みんなあんたの知ってる美しい童話の世界の人間さ。」


この醜い老婆たちが、お姫様でわたくしの憧れていた人たち?


「あんたの世界にはもうわたくしたちはいないからね、こんな姿になっちまうのも当たり前じゃない。ここは昔のあんたの壊れた世界さ、今じゃ何にも残ってない。」


海藻まみれの乙姫は悲しげに呟く。


「昔はあんなに何度も読み返してくれたのに。」


ラプンツェルは長い白髪を一本一本づつ数えながらそういった。

嘘、嫌だ。これが、みんな?


「昔々、あんたは童話が、私たちが大好きだった。そうだろ?」


違う。


「でも、高校生になってから周りが童話を読んでるあんたをバカにしてきた。」


違う。


「だんだんとそのバカにする行為はエスカレートして行った。」


そんなんじゃない。


「信じていた友達まで、いじめに加担するようになった。」


あんなの友達でもなんでもない。


「あんたは絶望と憎悪でこの世界で全てのストレスが吐き出しきれないまま、何度も心の中の住人を殺して回った。」


違う。私の正義なだけ。


「そしていつしか、自分がどんな人からも認められる正義の女王になった童話を作り上げた。」


違う!童話なんかじゃ!


「私たちのことは全部忘れて、いじめっ子たちをこの世界に引きずり込んで、正義の女王の名の下に殺したんだろう、プライベス女王様?」


「違うって言ってるでしょ!!」


暗い空間に悲しげに老婆たち私を見ている。それは自分たちが忘れられたことが悲しいのか、自分たちを愛してくれた私がこんな姿になってしまったのが悲しいのか。


私にはわからなかった。今はもう怒りも何も感じない。そこにあるのはただそんな事実を()()()として認めたくなかっただけという自分の心。


「もうやめようよ、女王様。いや、ーーちえちゃん。」


「悲しかったのも、辛かったのも私らは知ってるよ。」


「でも、もう一度だけ私たちを思い出して欲しかった。そして、もうこんなことしないで欲しかった。」


「ちえちゃんは知ってるだろう?悪い魔女がどうなってしまうか。」


「もう引き返せないところまで来ちゃったかもしれないけど、やり直そうよ。」


膝から崩れ落ちる私を優しく、老婆たち(お姫様たち)は抱きしめてくれた。なぜだか胸がぎゅっと締め付けられ、今までどこかに封じ込めていた感情たちが津波のように流れていった。



私がひとしきり泣いた後だった。

お姫様たちは言った。

もうこの暗い空間は長く持たないこと。

私の城も国も私がいらないと思えばなくなること。

そして、私がまだ最後のいじめっ子である友人を殺そうと思うかとも尋ねきた。

私は返事をしなかった。


お姫様たちは最後まで教えてくれと言ってきたがこれは私が解決することだからと、押し切ってしまった。


お姫様たちは心配そうに私を見たけど、この暗闇の空間が終わる間際は私を笑顔で送ってくれた。


がんばれとも言ってくれた。

こうして私はお姫様たちと別れ、一旦城に戻らず現実世界に帰った。






帰ってきた。と言うよりかは起きたのか?

ベットで寝ていていた私はお城では感じなかった目覚めの倦怠感に襲われ、再度睡眠に入ろうとしてしまったが、スマホをお城の世界で数えて2年ぶりに手に取る。


手にとって最初に開いたのは、メールアプリ。そこで私は友人のトークルームを開く。いじめられてなかった頃の楽しいトーク履歴に凍った心臓にお湯をかけられた気分になる。やがて一文字ずつ、ゆっくりと丁寧に文字を打って送信できるレベルの文を書いた。


【今日、6時に類縁水族館の前に来て】



ください。と丁寧にしておこうかな?と思ったが、やめた。せっかくのトーク履歴に冷たい敬語を残したくない。


送信ボタンに指が伸びる。でも、押せない。私はまだ……。


不意に声が聞こえた。がんばれ!

それは私があの暗い空間で会った9人のお姫様の声だった。


しわがれていて、応援したくなるのはこっちの方ですわ。


なんて心の中で女王様っぽく冗談を呟いてみるが、案外エセ女王感が出るようになっていた。


そんなことを考えながら、もう一回指を送信ボタンに向け直す。


「この指は魔法の指なんですから!」


なんでもできる魔法の指。執事も呼べる。丸を作れば望遠鏡にもなる。巨大で見えない力も使える。そんな指は最後の魔力を振り絞って送信ボタンをタップしてくれた。一瞬心臓が止まるかと思ったが、終わって仕舞えば緊張感などとうに忘れていた。



返事は意外なことにすぐに返ってきた。



……………来てくれるらしい。

正直、来てくれないでくれ、とちょっとだけ思ってしまった。でも、もう一つ。それよりも大きな希望を胸にしてたから嬉しい。

スマホについてる時計を見ると今は5時、我ながらよくこんな時間帯に頼めたものだ。


そして、よく受けてくれたものよね……。


急いで類縁水族館に向かう準備をする。

両親は私が部屋から出たのを見て、腰を抜かしてしまったようだが、今の私には関係ない。鏡を見てワカメのようにボサボサの髪の毛を櫛で溶かし、使ってこなかったありったけのお金をかばんとお財布に入れて出発した。


――――――――――――――――――――



先に着いたのは私の方だった。

約束の時間より10分早い。提案したのは私なんだし、久しぶりに再会するなら、遅れたくなかった。

しかし、これは誤算だったかもしれない。

やはりこの待ち時間の間不安がよぎる。



もし来てくれなかったら。



送信したメールのうつったスマホの画面を何度も見てしまう。緊張で手汗がすごい。

こんな手で握手でもした日にはいじめ関係なしに会いたくなくなる。ていうか、会う面目もなくなるよ。

ズボンでぱっぱと急いで手を拭いていると、遠くから久々に聞いたあの声がした。


「チエー!チエー!」


大きく手を振りながら、私の方へ全速力でこっちに向かってきている。間違いない、私の友人だ。

約束した時間よりも5分早い!ま、まだ心の準備が!

緊張はするがこの胸の中にある城と9人の私のお姫様の応援があるとおもうとプラシーボ効果並みの安心感はあった。


私達二人の間の距離があと僅かのところで、友人の足は止まってしまった。私の顔を見ると笑顔だった顔も下に俯いてしまった。今更罪悪感を持たれているらしい。


グイッ!


巨大な見えない力、ではなく私の両手が友人が顔を俯いたままの友人の胸元を掴んで引っ張り上げた。

びっくりする友人に私は言ってやった。


「何?そこで一生俯いて、私と遊んでくれないの?」


割と勇気を振り絞った行動に出てしまった。これも女王さま時代の名残だろうか。

嫌われちゃうかな……,。

胸ぐらを掴んでおきながら不安になってきた私だが、友人は私の言葉に半端泣き顔で首をブンブン振り、叫ぶように言った。


「うぅっ……うぅぅう……ごめんねぇええ!!ごめんねぇ!」


割と豪快に泣き叫ぶ友人に水族館から出てくるカップルやら親子だかが奇異の視線でこっちを見る。私はパッと両手を離して泣かないように説得する。


「これじゃあ、私が泣かせたみたいじゃない!ちょっと!泣き止みなさいよ!」


そう言うと、無理やり友人は口を閉ざして両手の袖で涙をぬぐった。その顔はもう完全にぐちゃぐちゃの泣き顔だった。やっとの事で泣き止んだ友人の手を引いて私は言った。


「行こ。」


友人も鼻をすすって、うん。と答えた。


ありがとうお姫様。私はやっと元どおりになれた。私の心の中にあった最後の重りが取れた気がした。その重りはだいぶ大きかったようで、大きさで言えば











お城くらいかな。


読んでいただきありがとうございます。

感想や評価をつけてくださると大変ありがたいです。

今後とも宜しくお願いします。

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