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戸塚の夜   作者: 新庄知慧
6/10

希望!?

もちろん好きだった。きまってるじゃないか。ツムラ氏は心の中で断言する。しかし、この娘のいってる「好き」とはずいぶん違うだろう。ツムラ氏はいった。


「マイさんが、君の母上と決まったわけじゃないでしょう」

「ねえ、あたしの母さん、札幌出身よ。それで、たしか若い頃、芝居やってたよ」

「・・・・・」

「聞きたくもない、どうでもいい話だと思ってたんだけどさあ。でも、やっぱり、間違いないみたいだから言っとくね。西田舞っていうのよ。マイって、その人?」


「じゃあ、やっぱり・・・」


「ひょっとして、おじさん、あたしの母さんの行方知らない?精神病院から逃げちゃって行方不明なのよ。あたしが売春までやって生活の面倒みてたのにさ、消えちゃったのよ。変装の町へ、エウリディケを捜しにいくとかいってさあ。このドタンバを乗り切るの、とかいってさあ。何のことかわかる?おじさんも、演劇やってたの?だったらわかるかなあ」


 言いながら、彼女は泣いているような顔をした。声は明るいのに。


「母さんは、あたしを生んで、すぐにどこかへ行っちゃった。あたしは父子家庭の子。なのに父さんは死んで、その後一人で生きてたら、二十になる少し前、母さんが現われた。一人暮らしの私のアパートにひょっこりと。ストリッパーをお払い箱になったらしくて、落ち込んで現われた。しばらくいっしょに暮らした。あたしが食べさせてあげた。でも、落ち込みが激しくて、だんだんに気が狂っていった」


「・・・・」


「ねえ、あんた、母さんの知り合いだったなら、母さんの若い頃のこと教えて。演劇で、少しはいい線いってたの?あたし、演劇とかって全然知らないから、わからないのよ」


また、母親そっくりの純真演劇少女の顔になった。


ツムラ氏は社会人になってからも、断続的に演劇は見ていた。マイが東京の小劇場の舞台に端役で出たのを見たことはある。端役のソープランド嬢の役だった。セリフは三言ぐらいはあったろうか。そのほか、泡沫劇団の舞台のいくつかに出たらしいことは昔の友人から聞いた。それも十年も前のことだ。その後ツムラ氏も演劇に疎遠になった。だから最近のマイのことは全く知らない。


「・・・そうなの。そんなもんだったの」


ツムラ氏の話をきいて、ナナは虚ろな目をしてうなずいた。そして沈黙した。


「それでストリッパーになったのか」

ツムラ氏は、どう感じたらいいかわからない。空虚な感慨に満たされた声色でいい、夜空を仰ぎ見た。


「でもすごいじゃないか。かなりの年齢になってからストリッパーなんて、なかなかやれないよ」

お馬鹿な褒め言葉だ。皮肉みたいだ。案の定、ナナは返事しない。闇の中で沈黙したままだ。


・・・いや、泣いていた。静かに泣いていた。


 ツムラ氏も泣きたい気持だった。あの純真そのものの表情を思い出し、それはツムラ氏の心の財産になっていたのだ。ナナが現われて、それに気づいた。さえない人生を送り、独り身で、もう人生の後半にきた中年が、どうやら生きてこれたのは、あの純真な表情の思い出が心の底にあったおかげだったのじゃないかしら?


 それが、その認識を得た途端、それが今やストリッパーを廃業し、気がふれて、行方不明だなんて。しかし感情を振り払うように、


「いや、希望はあるよ。これからだって女優になれるかも。人生、一寸先、どんないいことがあるかわからない」

と分別くさくツムラ氏はいった。


「・・・・そう?」

暗闇のなかから、濡れた声で、ナナはぽつりといった。


希望は、ある。はて・・・また、お馬鹿な言葉。

・・・・


諸君、希望が、あるか?



・・・・つづく


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