少女ナナの、母はマイ?
ナナが指差す水面は、妙に膨らんだり、へこんだりの動きをしている。コンクリで固められた川の岸辺に駆け寄って、ナナが水の中を真剣に観察した。
そこにいたのは、鯉の群れだった。真っ黒な、かなり大きくたくましい、うねるような魚の群れであった。
こんな川に、こんなに魚がいるなんて・・・。ナナは目をまるくした。
・・・しかし似ている。
ツムラ氏は、目を閉じて、二十五年前の、純真少女の顔を思い出し、それが鮮明になるにつれ、どうしてもナナがマイに思えてきた。
「似すぎだよ」
そうつぶやいて、目を開けて遠くをみると、「●●ホテル」という毒々しい原色のネオンがみえた。
「あそこに行く?」
急に声をかけられて、ツムラ氏はびくっとした。
振り返ると、いつのまにか、ナナがすぐ背後にいて、いたずらっぽく笑っていた。
まただ。この顔。このいたずらっぽい笑顔。カーテンの陰から、顔をのぞかせて笑った顔を思い出した。そうだ、あれは、高級住宅の展示場に、純真少女と散歩に行ったときのことだ。
場所は新宿の近く。「チューダーヒルズの家」という高級住宅。その部屋の中のカーテンの陰にいったん隠れ、顔のぞかせて笑顔をくれた。それが、当時のツムラ氏を救ったのだ。
「どうしたのよ!」
彼女は、さも愉快そうに、ははは、と笑った。びびってんの?面白いなあ。純情ね。おじさんのくせにい!
そして、彼女はふっと真顔になった。
「その、マイって人、ひょっとして、私のお母さんかな?」
「・・・」
「おじさん、あたしのお母さんのこと好きだったんじゃないの?」
電車の轟音。東海道線の電車だ。川を渡る鉄橋は、かなり遠いはずなのに、大きく耳に響いた。
・・・つづく