彼女はいくら?
「ナナさん。あなた、私の昔の知り合いにそっくりなんです」
と、ツムラ氏はおどおどと彼女にいった。彼女の名はメールによればナナだった。
「その人も、ナナっていうのですか?」
「いえ。たしか、・・・マイ」
「その人、いくらだったの?」
「いくらって・・・」
「ショートで、いくら?」
ショート・・・古めかしい売春用語だ。この女性はやはりそういう女か。
と、電車の走る音。東海道線の轟音が、カウンターを震わせた。ナナがいう。
「いやな音ね。あたしの父さん、あの電車に飛び込んだの」
「・・・」
「飛び込んで死んだの。母さんは、気が狂ったわ」
「母さんは、ひょっとして、女優ですか」
「さあ・・・?女優?日の出町の舞台で働いていたよ」
「ストリッパー・・・」
「うん」
「まあ、私のことはいいじゃないですか。あなたのことおしえてよ」
彼女はニッと笑った。
ツムラ氏は話を面白くするために作り話もまじえながら、話題にでた純真少女マイのことや、自分の、だいたい真実な身の上話を語った。
本当につまらない話だったが、彼女はときどき、いやに真剣な、まるであの純真少女のような真摯な目つきをして、話に聞き入った。それがツムラ氏には実に不思議だった。不気味とさえいえた。
「へえ。逃げられたの奥さんに。つらかったわね。さみしくない?」
かわいそうね、という目をして、ツムラ氏の顔を本当に心配そうにのぞきこむ。
ツムラ氏は妙にしんみりした気持ちになった。さみしいなんて気分はとうの昔に忘れた。むしろひとりで幸福なんじゃないかな。そう思って首を横に振った。
その店で、一時間ほども話していた。散歩に行こう、という彼女の言葉に従い、店をでた。
「川のほとりを、歩こうよ」ナナが誘った。
二級河川「柏尾川」に沿って設けられたプロムナードを二人で歩いた。
所々に灯る寂しいライトに照らされるそれは荒廃したプロムナードで、ところどころひび割れたコンクリの道、雑草は伸び放題、川にまで覆いかぶさって、川の中州も雑草だらけ。
流れる水は真っ黒なのだが、両岸に立ち並ぶマンションの窓の光が細かくときどき反射する。戸塚という人口密集住宅地のなかの、妙な「夜の静寂」地区だった。歩いている人はほかに誰もいない。
「あ、川の中に何かいるよ」
・・・つづく