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戸塚の夜   作者: 新庄知慧
4/10

彼女はいくら?

「ナナさん。あなた、私の昔の知り合いにそっくりなんです」


 と、ツムラ氏はおどおどと彼女にいった。彼女の名はメールによればナナだった。


「その人も、ナナっていうのですか?」

「いえ。たしか、・・・マイ」

「その人、いくらだったの?」

「いくらって・・・」

「ショートで、いくら?」


 ショート・・・古めかしい売春用語だ。この女性はやはりそういう女か。


と、電車の走る音。東海道線の轟音が、カウンターを震わせた。ナナがいう。 


「いやな音ね。あたしの父さん、あの電車に飛び込んだの」

「・・・」


「飛び込んで死んだの。母さんは、気が狂ったわ」

「母さんは、ひょっとして、女優ですか」

「さあ・・・?女優?日の出町の舞台で働いていたよ」

「ストリッパー・・・」 

「うん」

「まあ、私のことはいいじゃないですか。あなたのことおしえてよ」


 彼女はニッと笑った。

 ツムラ氏は話を面白くするために作り話もまじえながら、話題にでた純真少女マイのことや、自分の、だいたい真実な身の上話を語った。


 本当につまらない話だったが、彼女はときどき、いやに真剣な、まるであの純真少女のような真摯な目つきをして、話に聞き入った。それがツムラ氏には実に不思議だった。不気味とさえいえた。


「へえ。逃げられたの奥さんに。つらかったわね。さみしくない?」

 かわいそうね、という目をして、ツムラ氏の顔を本当に心配そうにのぞきこむ。 


 ツムラ氏は妙にしんみりした気持ちになった。さみしいなんて気分はとうの昔に忘れた。むしろひとりで幸福なんじゃないかな。そう思って首を横に振った。


 その店で、一時間ほども話していた。散歩に行こう、という彼女の言葉に従い、店をでた。

 

「川のほとりを、歩こうよ」ナナが誘った。


 二級河川「柏尾川」に沿って設けられたプロムナードを二人で歩いた。


所々に灯る寂しいライトに照らされるそれは荒廃したプロムナードで、ところどころひび割れたコンクリの道、雑草は伸び放題、川にまで覆いかぶさって、川の中州も雑草だらけ。


流れる水は真っ黒なのだが、両岸に立ち並ぶマンションの窓の光が細かくときどき反射する。戸塚という人口密集住宅地のなかの、妙な「夜の静寂」地区だった。歩いている人はほかに誰もいない。


「あ、川の中に何かいるよ」



・・・つづく


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