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戸塚の夜   作者: 新庄知慧
3/10

純粋演劇少女あらわる

あと三分。


 ツムラ氏はカウンター内のメーテルの顔をみた。目の前の男どうしが内緒ばなしして、ただならぬ雰囲気がただよったはずなのに、全然、平然としていた。あさっての方向の銀河のかなたのことでも考えているみたいだった。この店では、こういうことはよくあることなのだろうか?

 

 ドアが開いた。


 逆光だが、女性の姿。その顔。


 目を細めて、ツムラ氏は彼女を見る。彼女を見たのだが、ふと頭がクラリとした。そして、別なものが見えた。

急に見えた・・・


 それは二十五年も前の光景だった。


「ね。劇団つくろう!お芝居やろうよ!そいうお友達、いっぱいいるの。舞台芸術も、衣装も、大道具・小道具。できる人がお友達にいるの。もちろん役者は私!」


 ひたむきな無垢な目、というのに、その二十五年前、ツムラ氏は見つめられ、すくみあがっていた。心の中まで突き通してくる、逃げ出したくなるように純真な、黒目がちの瞳だった。


 あれは、北海道はF市の郊外にある、地元劇団の稽古場兼別荘に行く途中の汽車の中でのことだった。どういう事情によったかは忘れたが、当時大学生だったツムラ氏は、その純真少女と二人で汽車に乗っていた。


「ねえ、ツムラさん、大学の研究は、ダ、イ、ズ?・・・面白いの?」


 ツムラ氏、当時は大学で、ダイズの研究をやっていた。農学部だった。そして演劇は趣味でみていた。その純真少女とは、どこで知り合ったかよく思い出せない。合コンかな?


「脚本、書いてくれない?あたし、ツムラさんって、ダイズより脚本向きじゃないかって思うの」


 そういって、真剣にツムラ氏の顔を、まっすぐに見てきた。


 大きな青い空が広がっていた。ポプラの木々が沿線に並び、風に吹かれて、枝と緑の葉がさざめき、楽しそうに騒いでいた。歌うような丘陵の向こうに、少し霞んで青い山。そういう風景のことしか覚えていない。彼女の依頼に、なんと答えたのか、思い出せない。


「うん。ウーン」


 とか唸って、大人ぶって、はぐらかしたのだ、きっと。内心では嬉しかったのに、あの脚本はいい、とか、この作家は素敵だとか、相手の質問にきちんと答えもしないで、しかし脚本には造詣深いよ、と知ったかぶりの会話をしただけなのだ。


 そして、今、店の中に入ってくる女性は、あの純真演劇少女にそっくりだったのだ。当時、ツムラ氏は二十二歳。彼女は高校を卒業したばかりの十八歳・・・

 

「こんばんは」


 彼女はツムラ氏に挨拶した。若々しい声。どう考えても二十歳そこそこ。目の前にいるこの女性が、あの純真少女のはずはない。純真少女は今頃四十三歳になっているだろう。


 彼女はツムラ氏の隣に座った。そしてツムラ氏と同じくビイルを頼んだ。


つづく

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