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戸塚の夜   作者: 新庄知慧
2/10

バア「きみまろ」へ行く

 「・・・?」


 見覚えのある顔で、ぎくりとした。その写メールのことが気になった。

彼女と会うことにした。自分の名前や住所(無防備にも全部本当のもの)を送り、会ってほしいと頼んだ。


それが今夜だ。ツムラ氏は、戸塚駅そば、二級河川「柏尾川」ほとりの雑居ビル五階の

「バアきみまろ」で、彼女と待ち合わせることにした。


「バアきみまろ」にツムラ氏は行ったことがない。通勤の毎日、その雑居ビルの前を通りかかるのだが、その「バアきみまろ」という名前が気になっていた。スナックではなくバアだし、きみまろというのも奇妙だから、一度行ってみたいと思っていたのだ。


 夜八時。

 ドアを開けると、薄暗くて青いランプが点々と灯る店内だった。十席のカウンターだけしかなくて、その向こう側には、銀河鉄道九九九のメーテルに似た、長い髪の黒い服の細い女性がいて、背後には、熱帯魚の泳ぐ水槽があった。客はカウンターに一人だけ。すでに酔いつぶれたのか突っ伏して眠っているみたいだった。


 ツムラ氏は、「きみまろ」というからには、もっと平安時代なものを想像していた。意外に思ったが、平然と席に着いた。

 ビイルと「さきいか」を注文し、少しづつ飲みながら、約束の八時三十分を待った。


 約束にはまだ早い時刻にドアが開いた。


 現れたのはすらりと背の高い男。バスケの選手のような、「のっぽ」だった。

 彼は空席がいくらもあるのに、なぜかツムラ氏の隣に座った。ツムラ氏は、ぞくっ、とした。そんなツムラ氏を無視して、彼はトマトジュースを注文した。そして、不意にツムラ氏に問いかけた。


「お待ち合わせですか?」


「・・・・」


 は?と、心の中でツムラ氏はのけぞったのだが、声は出さず男の顔を見た。男は続けた。

「お待ち合わせでしょう?」


 男はツムラ氏よりかなり若い。二十歳代のなかばだろう。ツムラ氏はいう。

「失礼ですが、あなたさまは・・・?」


 こういう者です、といって彼は胸ポケットから分厚い横開きの丸い金物バッジみたいなものが貼り付けられた手帳を出してみせた。


 何の手帳か初めはわからなかったのだが、バッジに刻印された文字を解読してツムラ氏は驚いた。警察手帳?刑事?。 

 刑事は、ひそひそ声で、手短かに忙しく、ツムラ氏に耳打ちした。


 これからやってくる女性を、ある理由から警察は監視している。理由はいえない。女性は、あなたを誘惑するはずだ。売春もやりかねない。そうなったらあなたも犯罪者になる。そんなことは絶対にしないこと。

 

「忠告しましたよ。いいですね」

 刑事は鋭い目つきでツムラ氏を見た。ツムラはびびった。

「わかりました。そんな相手なら、私は、帰ります」


 ツムラ氏はコップに少し残っていたビイルを一気に飲み干した。

「お会いにはなりませんか」

「会いませんよ」腕時計を見ると、あと十分で彼女はやってくる。「とっとと消えますよ」


 すると険しい表情をして、刑事はツムラ氏にまた耳打ちした。 


「そこでお願いなんですが、彼女に、会っていただけませんか」


「へ?」

「会って、いろいろと、話をきいてほしいんです。どんな素性の女か。何をしようとしているのか。何でもいい、聞きだしてほしいんですよ。つまり、捜査協力の依頼です。なに、危険な女ではないはずです。われわれが、遠巻きに、張り込んでいますから安全です。私のケータイ番号もお教えしておきますから、何かあったら連絡ください。すぐにかけつけます」


 そういって刑事はツムラ氏への耳うちをやめた。手帳にケータイ番号をメモして破り、ツムラ氏に渡した。ツムラ氏のケータイ番号も聞き取り、それから有無を言わさぬ調子で、ツムラ氏を鋭くにらんだ。あまりに鋭くて、ツムラ氏は、びびった。当然、承諾せざるをえなかった。刑事は猛スピードで勘定すませ、風のように店外へ去った。


・・・つづく

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