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戸塚の夜   作者: 新庄知慧
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ツムラ氏は惨めだ。

銀河鉄道の夜があり、カビリアにはカビリアの夜があり、サテンの夜やチュニジアの夜があるように、戸塚には戸塚の夜がある。


 戸塚とは横浜市戸塚区の戸塚である。


 ツムラ氏は戸塚駅から歩いて十五分ほどのマンションに住み、毎日東京へと通勤している。今年四十八になるが見てくれは若く、知り合いの談によれば、四十くらいにしかみえない。だが他に取り得はない。ブ男で背が低い。


 彼は十年前、なんとか結婚した。初婚だった。妻は夫ときわめて不釣り合いに若い女性だった。しかし結婚して数年後、彼女には男との「真の出会い」が訪れ、「ときめき」を初めて知り、その男のもとへ走り去った。純愛なのだという。


 しかし、ツムラ氏のほうにはそのあと何の「出会い」もなかった。今だに独り者だ。おそらくもう一生独りだろう。


 ツムラ氏はみじめだ。


 住んでいるマンションは二十五年も前に父(故人)が衝動買いしたものだった。住む必要があって購入したものではなかった。住宅ローンというものをしてみたくて買った。何年かして父の友人の娘夫婦に一年間、賃貸した。その後、数年前から弟夫婦が住み、弟夫婦はかっこいいマンションを買って転居した。今年七月、転勤でひさびさに地方から帰ってきたツムラ氏が住むことになった。


 ツムラ氏はケータイをもっている。横浜駅前で淋しくぶらぶらしているとき、かわいいミニスカートの営業娘が現われ、うきうきし、ふらふらっとして、つい買ってしまった。しかしほとんど使っていない。電話する相手もいない。メル友などもちろんいない。使う機会はなく、使い方もよく知らない。


 だからメールが来たときには本当にびっくりした。永遠に鳴ることもないと思っていたケータイから、ラヴェルの「ボレロ」(購入当初からセットされていた着メロ)が鳴ったとき、本当にびっくりした。慌てふためき、ボタンをデタラメに押し、やっと画面にメールが出た。


 それはいわゆる迷惑メールで、英語文字でバイアグラの購入を勧めるものだった。


 最近、迷惑メールがますます頻繁である。が、最近のはバイアグラではなかった、

「●●でお待ちしています」

とか、


「あなただけに私のメアド教えます」

とか、


「場所指定してくれれば、すぐお邪魔します。素敵な夜をいっしょにすごしましょう」

 とかいってくる。


 文面はいろいろだが、いわゆる出会い系だった。


 こんなにメールが来るのは、ツムラ氏のメールアドレスがあまりに単純(学生時代にかかわった劇団名をローマ字にしたもので、その名があまりにも単純)だったからだと思われる。出会いサイトが発信先に想定するメアド内に容易におさまる名称だったのだ。


 来るとその都度、消去する。また来る。このくりかえし。


 アドレスの変更にはトライしたのだが、パスワードを忘れてしまい、うまくいかなかった。そのうち、面倒くさくなってほったらかしにした。


 そのため、また、メール来る、消す、この日課になった。


 ある日、若い女性の顔写真つきのメールが送られてきた。


・・・つづく


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