拉致、からの依頼
「…………っ、………………………~~……!!」
「……………………………………、……………!」
かすかに聞こえる人の声にルークは目を覚ました。
自分がどこにいるのか分からず、記憶を手繰る。確か、やっと再開した友人に喜んだ矢先、問答無用で拉致られたのだ。
あの不思議な光は今はもう消えていて、ルークはテントの中に横たえられていた。
そして外だろうすぐ側で聞こえてくる会話の方に意識が向いた。
「あー……、やっぱり知らないまま陣に入れたら不味かったか?」
「あたりまえでしょう! あたしは説明したもんだと思って従ったのよ、あたしのせいじゃないわ!」
「アラン、もう少し周りの順応度に理解を示してください。飛び抜けたあなたと一緒に考えられたらお友達もそのうち去っていきますよ」
アランが攻められている声が聞こえてきた。
「だって急げってロズが言ったんだろ、だからまとめて解決する方法で…………」
「その結果を見なさい! お友達は昏倒、あたしは頭痛に苛まれ、到着地点の目印だったレグルスには激突する! 全部あんたのお友達の拒否信号からこうなったのよ。魔法は繊細なんだからもっと気を遣えっていつもいつもいつも言ってるでしょうがっ!」
「流石に今回はあなたに非がありますよアラン。俺にぶつかっただけなら気にしませんでしたけど、被害に合わせ過ぎです。ロズからの叱責も当然です、ちゃんと反省してください」
「……悪かったよ」
「反省が遅いわよ! 声も小さい! もっと誠心誠意、心の底から謝りなさい脳筋顔だけ勇者!」
「そこまで言うか⁉」
アランへの罵倒に内心拍手を送るルーク。
聞こえているだけで誰と話しているのかルークにはわからなかったが、さっき現れた謎の女の声だけはわかったので、彼女(その他)に叱られているらしいアランをいい気味だと思う。
(そうだ、もっと言ってやれ。言いすぎなくらいが丁度いいんだ、アランには)
説教はまだ続いていた。
「まったく……この魔法だって人によっては意識がどこかに放り出される場合だってあるのよ、ひょいひょい誰でも連れていけるわけじゃ…………」
「一定の体力と精神力があれば平気なんだろ? なら大丈夫だ、詐欺師と疑った俺をなぎ倒そうとしてきたし、勇者の肩書にビビりもしないヤツさ」
「そういうことではないと思いますが………」
「なんだっていいわよ。で、そろそろ起きてくれないと困るんですけど、どうやって起こす気? あんな後じゃ無理に起こすのは良くないわよ。精神的に疲労はあるだろうし」
「もう起きてるよ」
「!?」
いつまでも盗み聞きはどうかと思い、話題が逸れたところでルークは起き上がってテントの外に出た。顔を見せると3人は驚いた顔をする。
「何よ、盗み聞きとは図々しい奴ね」
ロズがじっとり睨んでくる、しかしルークに戸惑いはない。
「それは謝る、すまなかった。どっかの幼馴染が説明もなく妙な手段で俺を誘拐したもんだから叱られる姿がいい気味だと思ってな、聞き入ってたよ」
「なにっ!?」
「ああ、それは当然ね」
「ちょ、ロズまでひでえっ。急げっていうから提案したのにっ………」
「「それだけのことしてん(のよ)だよ」」
はもった二人のセリフにつまり、反論できないアランが落ち込んだ。
「二人とも、もうそろそろ勘弁してあげてください。彼も大分まいっていますから」
うなだれる姿にそろそろいいかと頷いて、そばで黙っていたもう一人が口を挟む。しかしロズはキッともう一人を睨んだ。
「レグルス、あんたはアランに甘い。もっと反省させるべきよ!」
「レグルス……味方はお前だけだっ」
「はい、アランの味方ではないですから、反省は大いにしてくださいね」
まだ説教したりないと騒ぐロズをなだめ、感極まるアランを流す。そうして彼にとってのいつもの光景をすませた後、いい加減状況が気になりだしていたルークへと目を向けた。
「初めまして、私はレグルス・コルマーと言います。神官です。向こうの女性はロズ・ベルーナ、国に仕える魔法使いです。あなたはご友人のルークさんですよね、アランから話は聞いています。どうぞよろしく」
「あ、ああ…よろしく。それで、その………」
改めての自己紹介に頷くも、気もそぞろなルーク。想定通りなのでレグルスは特に気にせず続けた。
「こんな状況になった理由が知りたいですよね。突然こんな形で呼び出してしまってすみませんでした、実はあなたにお願いがあってこんな無理やりな方法で連れてきてしまったんです」
「お願い?」
どういうことかと問うルークの視線にこちらへどうぞと言われ、今まで寝ていたテントから簡素なテーブルへとみんなで移動した。
周囲を見回すと、彼らがいる場所が建物も見えない森の中だったのに気づいた。
湿地なのかどことなく暗く感じる。木々の間を利用してテントを広く使っていたようでなかなか居心地がよさそうだ、布を張った屋根を付けただけのほとんど外の場所だったが仕事の野宿を考えると大分落ち着くつくりになっていた。
話が長くなるからと、レグルスはロズに頼んでお茶を用意した。
ロズは不思議な言葉を発してなれた様子であっという間にお茶を用意した。茶器が勝手に浮いて作業するという信じられない様子にルークは驚いて言葉も出ない。
「………さて、まずどこから話しましょうか」
全員分のお茶が配られると、一口飲んでからレグルスは口を開いた。
「まずは確認しましょうか。ルークさんはアランが勇者となって旅に出ていたことは知ってるんでしたね?」
ルークは頷く。
「ああ。アランと別れるときに本人から聞いた、勇者になるための修行だかに連れてかれてそれ以来だったけどな。それとルークでいい、さん付けは苦手なんだ」
「わかりました。ではルーク、私たち3人は勇者とその供として王に選ばれ、共に戦ってきた仲間です。それぞれ得意とする部門がありましてその力で勇者の助けになるよう命じられ、旅を共にしてきました」
解説に思い出して理解したと頷くルーク。
新聞を読んでるときに、詳しくはないが仲間のこともちょくちょく載っていたので読んでいたルークはとくに驚くことはない。
そんな様子を伺いながらレグルスは続ける。
「勇者が選ばれた目的は、突如現れた魔王を討伐し世界を平和にすることです」
頷く。事実それを誰もが願って、唯一対抗できる勇者に託したのだから。
「長かった旅の末、魔王は倒し、世界に平和が訪れました。ただ、そのあとに起こったことで少々あなたの手を借りたい状況になってしまいまして……」
「俺の?」
「はい。じつは、子供を一人預かってもらえませんか?」
「子供?」
勇者の仲間に頼まれるなんて、どれだけ重大なことを頼まれるのかと身構えていたルークは、想像よりかなり普通な頼み事に拍子抜けした。
「はい。5~6歳程度の子供です。現在わたしたちが臨時で預かっている子なんですが、しばらく全員別行動しなければならない理由がありまして。その間だけでも預かっていてほしいんです」
「………つまり、仕事の依頼ってことか?」
「そう思ってもらって構いません、謝礼も払います。誰もそばにいられなくて、連れてもいけないのでどうしたものか迷っていたらアランからあなたの話を聞いたので、アランの友達だというなら信頼もできるので是非と思いまして」
にっこりと、人好きのする笑みを浮かべるレグルス。隣では真剣にルークの変化を観察するロズ。
さっきのアランのぎこちなさといい、なにか怪しい話な気がして仕方ない。というかまず、なぜ勇者一行が子供の世話など引き受けているのか謎だ。
「……ちなみに、謝礼はいくらだ?」
疑問はとりあえず横に置いて、仕事ならば気になる報酬を聞いてみた。
「考えていたのは銀貨五十枚ほどですね」
「五十!?」
ありえない額に目を剥くルーク。
銀貨1枚でも子供の面倒見るには高い額だというのに、それを五十枚も支払う神経がわからない。
「ちょちょ、ちょっと待て! まさか貴族の子供を預かれなんて言うんじゃないだろうな? だったら無理だぞ。作法も何も知らないのに世話できるかっ。苦情がきても困るっ」
「いえ、普通に町の子ですよ。山暮らしの方が多いくらいの」
向こうも驚いた表情になって補足を入れる。冷静に考えてみれば勇者に子守を頼むような貴族はいないだろうとわかるものだが、今現在自分のまわりで起こっている事を考えると否定できないと思ったのだ。
ほっと安堵して、しかし結局は不審が残る話なのでさらに質問していく。情報は多くて困らない。
「じゃあ余計にその金額はおかしいぞ。民家の子守なんて一日やって銅貨五枚がいいとこなのに、銀貨で五十って………」
「別行動の間、いつ戻ってこれるかわからないので。生活費や季節の衣服の買い物なども考えて多めに出したんです。いかがですか?」
「いかがですか、たって……。そんなに長い期間になるのか?」
「はい、おそらく。こちらの事情によっては年単位になるかもしれません」
「移動中は何の危険があるかわからないから子連れはあたしたちにとっても危険なのよ」
確かにいつ戻れるかわからないというのであれば、こんなに高い額で頼むのも頷ける、か…?
しかしこんなに高額な仕事を受けたことなどないルークは正直しりごみした。
子守は慣れが必要だがわかれば簡単だ。多少の怪我をしようと治療してやればいいし、町の子なんて食べ物は味より量な奴が多いから男の作ったものでも文句も言わない。ルーク自身も子供は好きな方だ。
仕事的には美味しい話だと思うが、簡単に引き受けていいものか迷った。
これがどこぞの成金とかからなら引き受けた。しかし目の前にいるのは国の英雄だ、どう考えても何かあるようにしか思えない。
「……………………………………………。」
それらをふまえて考え、やがて結論は出た。
「……わかった。引き受ける」
「! ありがとうございます!」
「現金前払い、必ず家で手渡しってことにしてるけどいいか?」
「大丈夫ですよ。では後ほど自宅にうかがいますね」
怪しい裏事情や危険性は十分考えたが、やはり金額に負けたルーク。銀貨五十など、どんなに美味しい話でもそうそうでる額じゃない。
(腹くくってやっちまおう、そうすれば家のローンも早く返せる。そうだ、そう考えりゃいい)
自分も納得の上で引き受けるのだから、そうなれば依頼者に文句もない。
内容と金額の不一致、アランたちの言動の怪しさ、連れられてくる謎の子供。
どうしても不安は残るが、最終的にはやっと再会した親友を信じて助けてやることにした。彼が自分を騙すようなことはしないだろうと思って。